命の次に大切な物は、金と衣食住
マリーの経営する喫茶店『青い春』は、レトロな雰囲気の内装と店内に流れている音楽が相まって、ストレスを抱え込んでいる社会人でも落ち着いて食事が出来る空間になっている。この店の前を通る人は、お客の数を見て「そんなに繁盛していないんじゃあないか?」とよく言ってくるが、そんな事は無い。開店時間の7時半には、通勤中のサラリーマンや通学中の学生が朝ご飯を食べにちょいちょい来るし、昼頃になると子供を持つ母親達が息抜きも兼ねて昼ご飯を食べによく来ている。豊富なメニューと料理の美味さ、お手頃な値段設定という事もあってリピート客が多いのである。それだけではない、この喫茶店は夜の9時になると閉店までの3時間の間バーになり、未成年は入れないようになる。この時間に来るお客さんは大体疲弊した・・・もしくは、クソみたいな上司や新人に日頃から悩まされているサラリーマンなのだが、彼らは酒を飲む事よりマリーに自身の悩み等を相談する為に来ていると言っても過言ではない。日頃の愚痴をこぼすサラリーマンに対し、マリーは嫌な顔一つせずにしっかりとアドバイスを出す。この構図が現代のサラリーマンの心を掴んだのか、店はたちまち悩めるサラリーマンにとっての癒しの場所になった。昼と夜、それぞれ別の顔を持つ店だが共通して言える事は、『店とお客との間にしっかりとした絆がある』という事だ。こういうお店は、どこの世界も長続きするものである。
自己紹介を終えて、桃太郎は今更ながら気付いた事がある。それは、金と宿をどうするかという事である。金が無いと食べ物は買えないし、宿にも泊まれない。最悪、飯に関しては廃棄弁当を当てにすればいいが、それでもお金は必要だ。桃太郎は、その場で大きな溜息をついた。
「(これは・・・アルバイトしないといけないパターンだな・・・。)」
人間、いつかは働かないといけないのである。同じクラスの陽キャ達は、既にコンビニやファミレスでバイトをして金を稼いでいるし、オタク気質なクラスメイトも『嫁の為』だあ何だあ言ってバイトをしている。桃太郎は、学生の時は出来るだけバイトはしたくは無かったが、やらざるを得ない状況になったので渋々マリーに尋ねた。
「ここってフリーの求人情報誌は置いてないのか?『マチワーク』とか『ワークィン』みたいなヤツ。」
『マチワーク』と『ワークィン』は、桃太郎の世界のフリー求人情報誌の名前である。勿論、この世界には存在しないのでマリーは首を傾げた。
「・・・その『マチワーク』は知らないけど、求人情報誌ならあそこにあるわよ。」
マリーが指を指した方向には、フリーの求人情報誌が20冊位山積みになって置かれていた。その隣には、『ご自由にお持ち帰りください』と書かれたポップが飾られている。ちなみに情報誌の名前は『ARUYO』。桃太郎は手に取り、パラパラとページをめくっていった。
「(異世界にはどんな職業があるんだ?・・・モンスター退治とかか?まあ何にせよ、面倒なのには変わりは無いが・・・)」
しかし、どのページをめくっても目新しい職は見当たらない。サービス業にドライバー、販売業等と言った桃太郎の世界のそれと同じものばかりだった。今までに色々な本を読んできた桃太郎は、異世界が元の世界と比べて大して変わらないという事に少し残念な気持ちになった。だが創作物は創作物でしかないので、『まあ、これが現実か・・・』という感じに受け止め、割の良い仕事を1ページずつ万遍なく調べ始めた。
「もしかして・・・働きたいの?やめなさいよ、せっかく自由になったのに。」
マリーが桃太郎からARUYOを取り上げる。桃太郎は、
「ああっ!!何するんだよ、こっちは金が無いんだ。働くしかないだろう?面倒臭いけど。」
と、マリーに取られたARUYOではなく、山積みされているとこからまた一冊取ってページをめくった。マリーは、また桃太郎のARUYOを取ろうと本の上側を掴んだ。
「いい?あんたは、脱獄犯なの。そんな奴がふらふらと外に出たらまた地下牢に逆戻りよ!!ほらほら、これを見てみなさいよ。」
右手はARUYOを掴んでいるので、左手でテレビのリモコンの電源ボタンを押した。すると、天井に吊り下げている薄型テレビがつき、ニュースキャスターが出てきた。キャスターの衣装も桃太郎の世界とそこまで変化は無い。キャスターは無表情で手元の原稿をスラスラと読み始める。
「昨日の未明、不法入国及び国家侮辱罪で逮捕された男が何者かの手により、地下牢から逃げ出した事が明らかになりました。」
そこには、遠目からだが桃太郎の写真が出ていた。きっと、あの公園で撮られたのであろう。
「もうニュースになってんのか・・・」
「当たり前よ!街中兵士だらけだし、ほとんどの関所に強いランクの兵士が見張っているのよ!?マスコミが気付かないわけがないじゃない!!」
「やれやれ、こういうのはどこも同じなんだな・・・。」
そうこうしている内にテレビは、ウマシカ王子と国の重役の人達が討論している場面になった。今まさにやっている最中なのか『LIVE』というテロップが左上にある。
「王子、これはとんでもない事ですよ!!何がとんでもないってね、あ~た!!不法入国した挙句国を侮辱するような奴をこうもあっさりと取り逃がした事ですよ!!あれだけの兵士がいて何で逃げられるのか!?国の予算削減の為に無能でクソ雑魚な兵士はリストラするべきですよ!!強いのが少数いればいい。それだけで十分でしょう?今の時代、平和条約もあって他国からの攻撃は一切無いんですからね。」
頭のてんこちが禿げたおっさんが王子に大声で言った。王子はいつものように腕を組んで、堂々としている。茶髪のおばさんがおっさんに続けて発言する。
「そうですよ。平和な世の中なんですから、兵は少なくていいはずです。それとも何ですか?兵はいっぱいいなくちゃいけないんですか?少数じゃだめなんですか?」
今にも仕分けをしそうな口振りで言うおばさんに周りの人間が『オオーッ!!』と拍手を送った。しかし、ここで王子が立ち上がった。
「よし、お前ら二人をリストラして予算を削減しよう。」
沈黙する会場。テレビ越しに見ている桃太郎達も黙り込んだ。
「・・・え?」
急なリストラ宣言に戸惑う二人。王子は、こう続ける。
「朕は国家なので、国家の為に働いてくれている者は朕の為に働いてくれている者ッ!!そんな奴を朕はリストラしない。・・・それに比べてお前ら二人は朕に何をしてくれた?誕生日プレゼントはおろかお中元もお歳暮も何一つ寄こさない上に国の税金で浮気三昧!!リストラの理由にするには十分すぎるな。」
「な・・・何だってえぇぇーッ!?」
さっきまで拍手を送っていた人達が声を出して驚く。二人は、同時に
「くだらない。それなら、証拠を出してみろ!!」
と、強気に言った。ここで阿呆鳥が二人の前に立ち、封筒から何枚か写真を出した。何枚かある写真の中には、若い女性とおっさんのベッド写真と若いイケメンな男とおばさんのベッド写真があった。もう言い逃れは出来ない!!阿呆鳥は、にやりと笑うと二人に近づき、小声で
「馬鹿だねぇ~こういう事するなら、もっと周りを確認しないと。クックックッ」
と、ほくそ笑むような感じで言った。テレビのニュースは緊急速報というテロップを入れ、『不法入国等の男 脱走』から『重役二人 電撃解任!!』に変わってしまった。討論とは一体何だったのか・・・。桃太郎は、元の世界では起こらないであろう今の出来事を新鮮な感じで見ていた。
「本当、滅茶苦茶な男ね。この国の将来が心配だわ。」
溜息混じりに言うマリーに
「でも、国民の税金を使って浮気していたからこの二人も相当な悪よね・・・。」
と、楓が言った。桃太郎は思った。
「(どこの世界にもこういう連中はいるんだなあ・・・)」
と。そして、テレビに飽きたのか再びARUYOで職を探し始めた。写真が出ている以上、外には出られない。しかし、いつまでもここにいるわけにはいかない。ここでマリーが桃太郎に声をかける。
「そんなにお金を稼ぎたいなら、ここでアルバイトしない?」
「・・・え?」
「貴方は客から見えないとこで仕事をすれば良いだけの話だし。」
「(だったら最初からそう言えよ・・・。)」
桃太郎が求人情報誌を最初に見ていた時に何で言わなかったのだろうか・・・。今までのやりとりは一体何だったんだろうか・・・。桃太郎は何となく無駄な時間を過ごしたような感じがして、ドッと疲れが出て来た。可能な事なら今すぐにでも寝たいところだが、まだ泊まる所が決まっていない。最悪、誰にも気付かれないような場所で野宿をするしかないと思っていた矢先、楓がこんな事を提案した。
「だったら、私の住んでるアパートに来ない?ここの隣の建物なんだけどね、大家さんが部屋が空き過ぎて困っているの。ほら、家って人が住まないとすぐにボロボロになるじゃない?今なら、格安で住めると思うんだけど・・・」
なんて運が良いのだろう。アルバイトだけではなく住む所まですぐに決まりそうな展開、元の世界だったら早々無い。言うなれば『異世界補正』とも呼ぶべき展開に桃太郎は、『何か裏があるな・・・。』とでも言いたそうな顔で楓をじっと見た。そりゃそうだ。話が出来過ぎている。これが普通の人間の反応なのだ。
「ちょっと、何その目!!疑っているの?」
「いや、別に・・・」
顔を逸らしてコーヒーを口に運ぶ桃太郎に納得がいかないのか、今度は逆にじっと桃太郎を見る楓。ここで二人の様子を楽しんでいるマリーが言った。
「だったら、今すぐに大家さんのとこへ行けば良いじゃない。あ、勿論・・・これかぶってね。」
マリーが取り出したのは、ダンディーなおっさんが被りそうな帽子だった。要するにばれないように大家のとこまでこれを被って行けという事である。桃太郎はファッションセンスを気にしない男なので、すんなりと帽子を受け入れた。ついでにコートも借りて、服装でバレるのを予防した。
「・・・で、大家さんはどこの家に?」
「ああ、それなら私が道案内してあげるから大丈夫!!」
「そうね。楓ちゃんの料理はまだ出来ていないから、待つのも兼ねて案内してあげなさい。」
こうして、一旦店から出る事になった。店のドアを開けると朝食を食べに来たサラリーマンのような男とすれ違った。男は、桃太郎の方をちらっと見ると『んん?』と鋭い目つきになった。しかし興味が無いのか、そのまま奥の二人用テーブルまでスタスタと歩いていき、カフェオレとフレンチトーストを頼んだ。
あの電撃解任の後、王子は物凄く苛立っていた。何故か?それは、あの二人が勝手に自分の金(国民の税金)を勝手に不倫するための場所代や食事代として使っていたからだ。しかも一回や二回ではないので、合計金額はカッチョイイ高級車が余裕で一台買える程高い。王子は頭をわしゃわしゃと掻き回し、貧乏ゆすりをしながら唸った。
「クソがぁ~・・・朕は国家なので、国の金は朕の物!!それをあのクソ共・・・よくも盗みやがって・・・しかも、不純な事に朕の金を使うとは!!どうしてくれようかぁ~・・・」
隣にいる阿呆鳥は、貧乏ゆすりが鬱陶しいのか物凄く嫌そうな顔で王子を見ていた。
「(お前の金じゃねえよ、ボケ!!・・・しかし、あの馬鹿二人がやらかしてくれたおかげで俺様が税金使って音ゲーに課金した分もなすりつけれたからラッキー・・・とでも言うべきか。)」
ここにもクズがいた。もっと詳しく調べたらきっと国の未来を担う重役のほとんどが税金を自分勝手に使っていそうだ。自分の隣にクズがいるのを気付かない王子はいきなり立ち上がり言った。
「あの陰キャが不法入国してから、朕の周囲で変な事が起き過ぎているッ!!奴は一体何者なんだ!?朕に災いをもたらす者か!?クッソ~・・・一刻も早く捕らえて正体を探らねば・・・」
王子の中の桃太郎の存在がとんでもない者へと変貌していた。桃太郎はただの人間なので、勿論そんな能力は持ち合わせていない。隣のクズ鳥は、にやりと笑った。
一方、桃太郎は楓と一緒に大家さんの家の前まで辿り着いていた。店から10分位歩いたところにあるので、そんなに遠くはなかった。楓はもう慣れているのか、躊躇なく玄関の門を開け、チャイムを鳴らした。ピンポーンという音が家全体に鳴り響く頃、ドアを開けて白髪のごついおじいさんが出て来た。
「はいはい・・・おお、楓ちゃんじゃあないか。どうした?今月の家賃はもう払ったじゃろうに。」
「おはよう大家さん。実はアパートの入居希望者がいて・・・」
「んん!?あのオンボロアパートにか?物好きな奴じゃのう。」
がっはっはっと笑うじいさんに桃太郎は少し引いたが、悪い人ではないので安心した。
「・・・で、そちらが入居希望者なのかね?」
じいさんが桃太郎に指を指して言った。桃太郎は答えるようにゆっくりと首を縦に振った。その時、じいさんは何かを察したのか周りを見渡して、早く家の中に入るように二人をせかした。
「ほら、はようせんか。遠慮する事はないぞ。」
「どうしたんですか?急に・・・」
「後で話す。」
こうして、二人は大家さんの家の中に入っていった。そして、恐らく客室であろう所に招かれた。
「君達・・・どら焼きは好きかね?粒あんのやつだけど。」
「はあ・・・まあ、甘過ぎなければ・・・」
「私は好き。」
大家さんは、二人の目の前にどら焼きを二つずつ出した。渋そうなお茶と共に。楓は、『いただきます』と言うとどら焼きの封を開けて、食べ始めた。一方桃太郎は緊張しているのか、固まっている。そんな二人に大家さんは踏み切った質問をした。
「君は・・・あの王子達を凌ぐためにあのアパートを借りたいんじゃな?」
ドキッとしたのか桃太郎の背筋が余計にピンと張った。楓が驚いて大家さんに聞いた。
「大家さん、何で分かったの?」
「さっき、ニュースで写真が出とったからなあ。そりゃあ、分かるさ。」
「ええ・・・あんな遠くから撮られた写真なのに・・・」
「(変装の意味ねえじゃん・・・)」
桃太郎は、心の中でそう思った。しかし大家さんは動じる事無く、話し続ける。
「まあ、あの馬鹿の事じゃ。どうせ、オーバーに騒いどるだけじゃろうて。」
不法入国は事実なのだが、このセリフから察するに日頃から王子は国民に信頼されていない事が分かる。
「は・・・はあ・・・(あの王子、国民から全然支持されてねえじゃん!!そりゃあ、あんな性格なら当たり前だけどさ・・・)。」
桃太郎は、何かあの王子が可哀相に思えてきた。そんな中楓は、もぐもぐとどら焼きを食べていた。やがて、自分の分を食べ終わると『ごちそうさま』と言って、どら焼きを包んでたビニールをポケットにしまった。大家さんは、楓が渋いお茶を飲み干して一息入れたところを見計らって、優しく言った。
「・・・さて、自分の分を食べたのなら帰りなさい。ちょっと二人きりで話したい事があるんじゃ。」
「・・・え!?」
桃太郎は『今会ったばかりのじいさんと二人きりになるの!?』と言いたげな感じに驚いた。一体、何を話す気なのだろうか。
「え?アパートの契約なら私がいた方が良いと思うけど・・・?」
「分からなければ儂が説明するから。楓ちゃんは戻りなさい。忙しいんじゃろう?」
「ま・・・まあ、この後バレーの練習があるけど・・・まだ、時間に余裕があるし・・・」
「それなら、なおさら帰った方が良いじゃろう。ちと長くなりそうなのでな。」
「分かりました。・・・じゃあ、桃ちゃん。しっかりね。」
ブーッと渋いお茶を吹く桃太郎。
「(桃ちゃん!?何で急にあだ名で呼んでんのこいつ!!いや、何であだ名勝手につけてんだ!!)」
この間からくどくて済まないが桃太郎は女性慣れしていないので、勿論あだ名で呼ばれた事も無い。本当、『異世界補正』ってすごい。桃太郎が戸惑っている間に楓は、既に外へ出ていた。ここからは、桃太郎と白髪のじいさん(大家)とのタイマントークタイムだ。最初に口を開いたのは、大家のじいさんだった。
「君はどこの国の人なんじゃ?」
「ええ・・・とですねえ・・・」
いきなり答えにくい質問をされ、桃太郎は焦った。『異世界から来ました』と言って信じてもらえるだろうか?絶対、信じてもらえないと思う。元の世界なら確実に痛い子認定だ。黒歴史確定も良いとこである。困っている桃太郎を見た大家さんは、信じられない単語を出してきた。
「もしかして君は・・・・・・・・・『日本人』・・・なのかね?」




