ジョージ・ヒジリ
ノリで書いてます。
───夢を見た。
薄ぼんやりとした暗闇に鉄と脂が混じった臭いが広がっていた。
見慣れた筈の室内が妙に狭く、気味が悪い。揺れるカーテンの向こう側で明るく街灯が街を照らしている。
その光だけでは室内は照らされない。だから目の前で沈黙したナニカが何なのかを理解することさえ拒絶してしまう。
カチリ、灯りを付けた。
闇が光に駆逐され、突然の明るさに目眩を覚える。しばらく閉じていた目蓋を開けば、見慣れた室内に異質が一つ。
白い肌をしている。陶器のようだとからかえば頬を染めて苦笑していた。
艶やかな黒髪が美しい。秘訣はと聞けば恋をしなさいと茶目っ気たっぷりに笑われた。
薄い胸は相変わらず。指摘すれば怒りのビンタが飛んでくる。
変わらぬ表情は絶望一色。素敵な笑顔は二度と帰らない。
───ああ、なんて悲しい。
白い首筋が赤く濡れている。冷たい身体はもう柔らかさを残さない。澱んだ瞳は私を写す事は出来ないのだ。
〝───ジ〟
苦しい、胸が内側から裂けてしまいそう。臓物が熱に溶かされてぐしゃりと混ざっている。ああ、───吐いてしまいたい。
〝起き───ージ〟
もう会えないなんていやだ。貴女を守れずに生きるなど無価値だ。なら私も今すぐ貴女の側に、───姉さん。
「起きろつってんだろうが田舎者ッ!!」
◆
私の目覚めは抉るようなジャンピングニーで始まった。咳き込みながら腹を押さえて動けないでいる私に87歳児がこめかみに青筋を浮かべて吠えている。
「トロ臭いわ阿呆ッ! さっさと働かんかいッ!」
将来美人になるだろうと多くの者に期待させ、しかしそれ以上成長できない憐れな87歳児───リリシア・ローレライに対して恨みで人が殺せればと視線を向ける。
それに対して彼女は鼻息一つで笑い飛ばし、人が寝ている布団を剥ぎ取り無言で一階へと降りていった。……私も行こうか。
◆宿屋「森の泡沫」
一階部分は食堂(酒場?)、二階が宿屋となっているベーシックな宿屋。
一拍500z、食事付なら100z追加料金、掃除付で50z追加料金、お湯は一回10z追加料金、風呂は一回500z追加料金。更に言うなら娼婦/男娼を連れ込むには1000z払えば良い。その際に防音障壁用の魔術具が借りられるが壊した場合は目が点になるような金を取られる。
格安で風呂もある。立地条件が非常に悪い点を除けば超優良物件なのだが、しかし問題が一つ。
この宿の女将であるリリシア・ローレライが非常に暴力的であることと、彼女が誰にも教えない条件を満たさない限り泊まれる人間が限定されるという点だ。そのせいで今日も宿は閑古鳥、しかしその逆に親父さんが経営する飲食店は恐ろしい程に繁盛していた。
さて、今日も指定の席に腰を下ろして日替わりメニューを一つ頂く。
本日はオムレツにウィサーと呼ばれる葉菜類のサラダ、貴族くらいしかお目にかかれないと言う白パン二つという豪華な朝食だ。ちなみに白パンは私が親父さんと共同開発した。私が持つスキルと呼ばれる無意識化で制御されている能力──胡散臭いが、これは世界から認められると得られる才能が具現した代物らしい──の一つを使用したおかげで完成したという事もあり、ここの親父さんとは仲がよく、
「おう、ジジじゃねえか。たっぷり食いやがれこの野郎ッ」
「もちろん、ここの料理は美味いからな」
「ガハハハッ、当たり前だバカ野郎ッ」
朝になればガハハ笑いと共に現れるスキンヘッドの御仁とは酒を時たま飲むこともある。その時出されるツマミの絶妙な美味さと言ったらもう饒舌に尽くしがたい。酒の味が締まるんだよ、恐ろしいことに。
まあ、ともかくそんな友人と言っても過言ではない親父さんの料理は相変わらず最高だ。
素材の味を活かしているとしか言い様がない。ふわふわのオムレツには砂糖等は入っていない。なにせ高級品だ、入っているのは貴族様くらいしか食べられない。だと言うのにほんのり甘く、おまけに舌先とろける度に卵の風味が広がる広がる。サラダは新鮮なだけではなく、どうにも一手間──後日聞いたがお湯洗い(正確には50℃)しているらしい──加えているらしい。シャキシャキとした食感に僅かに香る青臭さがなんともこのオムレツに合う。パンも柔らかく、小麦の甘さが、風味がよく分かる。程よい柔らかさが口内で心地よく、噛むたびにその味が深くなっていく。最後に挟めば至高の一品だ。朝食で食べていいレベルじゃない。
ああ、美味かった。
心の中で呟いて、口では感謝を籠めて手を合わせる。言葉にすればご馳走さま、実際に出たのはいってきます。
さて、今日もギルドに行きますか。仕事をしなけりゃ生きられないから。