第23話「遅れてきた男」
広い空間。
半円形の教室。
低い位置にある教壇を見下ろす、一列ごとに一段ずつ高くなっていく長い机。
テレビとかで目にする外国の大学みたいだ。
ていうか、黒板でかっ!
教室内の生徒の数はけっこう多かった。
席の数的に……一クラス、五十人〜六十人ってところか?
で、俺はどこに座ればいいんだろう?
席って、やっぱり決まってるのかな?
指定席?
それとも、自由席?
「…………」
つーかなんだ?
あの教室の後ろの方にある人だかりは?
「ほら、セシリー様は見世物じゃないぞ! 散れ! まったく、何度言ったらわかるんだ!」
張りのある声が響いた。
ん?
どことなーく、聞き覚えのある声のような……。
「あ」
人の壁が散って姿を現したのは、昨夜、酒場の前で出会った金髪の男――ジークさんだった。
で、その隣で涼しげに天使のような微笑を浮かべて座っているのは……セシリーさん!
さらにセシリーさんの隣には同じく昨日会った亜人種の女の子……ええっと、誰だっけ?
不覚。
なんで男の名前は覚えてて、女の子の名前を忘れてんだ、俺は!
にしても、セシリーさんたちも同じ学園の生徒だったのか……って、そりゃそうか。
三人とも昨日、学園の制服着てたもんな。
モブの人たちも、セシリー様が今年ルノウスレッド学園に入学がどうとかって言ってたし。
でも、まさか同じクラスだったとは……。
と、セシリーさんが、教室に入ったところでボケッと突っ立っている俺に気づいた……んだよな?
「!」
に、ニコニコ笑って……俺に手を振ってくれている!?
俺?
俺にだよな!?
ていうか、覚えててくれたんだ!
なんかすげぇ嬉しい!
うん、それに知ってる顔がいるってだけで、かなり気持ちが楽になった気がする。
はしゃいでセシリーさんに呼びかけようかとも思ったが、チキンな俺は、ぺこりと会釈だけ返した。
ふふっ、といった感じで微笑み返してくれるセシリーさん。
天使、降臨――!
ああ、なんだか楽しい学園生活がはじまりそうな気が……。
「ほらー、席につけー」
お、先生到着かな?
背後を振り向くと、いかついおっさんが立っていた。
まさに、筋骨隆々という言葉がぴったり。
「ん? どうした?」
他の生徒が席に着く中、俺はどうしたらいいのかわからない。
恐る恐る、挙手する。
「あのぅ、実は俺、今日から入学になった者なのですが……」
「ああ、例の天然野生児か。話は学園長から聞いてるよ。おれはこの獅子組の担当教官、ヨゼフ・ベイガンだ。よろしくな」
「は、はぁ、よろしくお願いします……」
「よし、じゃあここで、みんなに紹介しておくか!」
ばんっと背中を叩かれる。
「はい、ちゅうもーく!」
先生……もとい教官が、声を張り上げる。
生徒たちが一斉に視線を俺に注ぐ。
「こいつは道に迷って入学式の日に学園まで辿り着けなかったという、大物新入生クンだ!」
……みんな、苦笑してるんですけど。
「えーっと、名前は……なんだったかな?」
「黒彦です。相楽、黒彦……」
「そうそう! クロヒコだ! なんでも東国の人里離れた山奥で暮らしていて、たまたまそこを通りかかった聖樹士がスカウトしたらしい!」
改めて聞くと、無茶苦茶な設定だよな。
「だからこの世界の常識をほとんど知らんと聞いているが……本当に、何も知らんのか?」
教官が聞いてくる。
「昨日、少しだけ勉強しましたけど、多分、ほとんど何も知らないに等しいです……」
「けど、いくらなんでも、この大陸の名前くらいは知ってるんだろ?」
……しまった。
そういえば俺、大陸の名前だけピンポイントでミアさんから聞き逃しているのか……。
というか、出身地ということになってる東国とやらがどのへんにあるのかすら、俺は知らないわけで。
「……知らないです」
教室内が、ざわっ、となった。
クスクス笑いも漏れている。
「いいか? 大陸の名は、ミドズベリア大陸だ! よく覚えておけ、天然野生児クン! ミドズベリアだぞ! ミドズ、ベリア!」
また背中を叩かれる。
はいはい、ミドズベリアね、ミドズベリア……。
「とはいえ、聖樹士がスカウトしたという希少なケースで入学した男だ。きっと、何かすごいものを持っているんだろう! というわけでみんな、遅れてやって来た新しい仲間に、拍手!」
申し訳程度のまばらな拍手が起こる。
ちゃんと歓迎気分で拍手してくれてそうなの、セシリーさんとジークさんくらいじゃないか?
「そうだな……じゃあおまえは一番後ろの一番左、その隣の席に座れ」
「はい」
しかし、散々な自己紹介だったな……。
で、えーっと、俺の席は――
「!」
あ。
「ほら、何してる? さっさと席に着かんか」
「あ、すみません」
俺はそそくさと指定された席まで行き、腰をおろした。
「…………」
ちらっ、と隣を見る。
頬杖を突き、つまらなそうな顔で教官を眺める女子生徒。
俺は、彼女に見覚えがあった。
教室に入った時はセシリーさんに意識がいっていて、気づかなかったけれど。
彼女は、俺がこの世界に来てはじめて出会った、この世界の人間で――。
『おまえ、どうしてこんなところで倒れていた?』
そして、意識を失った俺を医療室まで運んでくれた人。
そう、隣の席の女子生徒は――
あの、銀髪美人さんだった。
*
軽く説明を受けたことで、この学園でのおおまかな生活の流れは掴めた気がする。
あの獅子組担当教官、そう悪い人ではないようで、おそらく俺のために、昨日一度したのであろう学内生活に関する説明を、ショートホームルーム(みたいなもの)でしてくれた。
授業は、午前中に二時限、午後に一時限。
で、一つの授業は、一時間半。
つまり一時間半の授業が、一日に三回あるわけだ。
科目は、
一時限目、教養の授業。
二時限目、戦闘の授業。
お昼休み。
三時限目、術式の授業。
となっている。
シンプルといえば、まあシンプルか。
*
で、一時限目はさっそく教養の授業。
座学である。
ちなみに昨日は学園内の施設を見て回るのが主だったため、本格的な授業は今日からだったらしい。
俺としては、ありがたいことである。
一応、俺はここの世界の文字や言語を理解できるため、授業を受けることに支障はなかった。
……が、教官が一定のリズムで発する言葉を聞いていると眠くなってくるのは、前の世界と変わらない。
「ふーむ、わからん」
今日は聖樹士についての話だったが、歴史から入ったので、いきなり知らない単語が出まくってチンプンカンプンだった。
とりあえずわかったのは、聖樹士っていう人たちが、
聖樹騎士団に所属し、
聖樹を守り、
聖王様を守り、
聖ルノウスレッドを守り、
聖遺跡を探索し、
危急の時には剣を取って戦う、
まあ、とっても偉くてすごい人たちだってことだ。
ああ、そういやこの学園って、聖樹士の候補生を育てる学園だったな。
ふーむ。
成り上がるなら、まずは聖樹士を目指すべきか。
一応、選択肢には入れておこう。
あと、聖樹士には『聖位』ってのがあって、まあすっごく噛み砕いて言えば、聖樹騎士団内でのランキングみたいなもんらしい。
この学園にも『小聖位』っていう、聖位の候補生版みたいなのがあるんだってさ。
獅子組教養科目担当の眼鏡教官が、小聖位についての説明を続ける。
「小聖位は、教養筆記試験、戦闘実技試験、術式実技試験、そして聖遺跡探索の成果によって、決まります」
「教官」
女子生徒が手を挙げる。
「はい、なんでしょう?」
「小聖位を決める際に最も重要視されるのは、今挙げたうちのどれですか?」
「んだよ、そんなことも知らねぇのかよ」
教室の空気が凍りつく。
不穏な調子で口を挟んだのは、ちょうど生徒席の中心あたりに座っている短髪の男子生徒だった。
質問した女子生徒は、ぐぬぬ、という顔で手を下げる。
と、俺の近くに座っている男子生徒二人がヒソヒソと、
「おい、あれ、確かマロー侯爵の……」
「ああ、なんか、嫌なやつと同じ組になっちまったな……」
「けど、セシリー様と同じ組ってのは、あたりだよな」
「ま、相殺だな」
「ああ、相殺だ」
などと言葉を交わしていた。
麻呂侯爵?
何?
彼、和洋折衷系の新貴族か何かなの?
しかし眼鏡教官は麻呂侯爵の横やりをまったく意に介さず、女子生徒の質問に淡々と答えた。
「どの試験も重要な評価基準となりますが、やはり聖遺跡探索の成果が、最も評価を左右するでしょうね」
「ありがとうございました」
女子生徒がお礼を口にした。
んーと、何?
聖遺跡?
探索?
どゆこと?
しかし授業はまた内容がスライドし、眠気と闘うヒストリー的内容へと戻っていった。
*
そんなこんなで、一限目終了。
身体を伸ばす。
くぅ〜、しっかし久々に授業らしい授業なんて受けたけど、それなりにしんどいもんだな〜。
一時間半っていうと、大学の講義一コマ分だもんな〜。
なかなかに疲れるわい……。
興味ある話の部分は、集中できるんだけどね。
「…………」
さて。
実は授業中、ずっと俺はソワソワしていた。
その理由は、もちろん――
俺は隣の銀髪の女子生徒をチラ見する。
そう――
この授業が終わったら、彼女に話しかけようと決めていたからだ。




