17.「劣った才能」
いよいよ、第一試合が始まった。
開始直後は、どちらもまだ動かない。
今は二人とも、間合いをはかりつつゆっくりと横に移動している。
飛び込む機を窺っているのだ。
ガンス・ヴァーハイトは、足捌きが得意との情報を得ている。
おそらく足で引っ掻き回してくるタイプだろう。
過去に戦闘授業で戦った者の中には、試合中ガンスと一度も剣を合わせずに負けた者もいると聞く。
聖遺跡攻略では、切り込み隊長でもあるらしい。
前線で魔物の攻撃を引きつけながら躱し続け、そこから仲間の攻撃へと繋げる役割。
足捌きの巧みさのおかげで、乱戦化しても邪魔にならないのだとか。
乱戦で強いということは、状況の判断力に優れ、視野も広いということだ。
そして、その判断力と視野の広さを活かし切る自慢の足捌き。
この試合は、その自慢の足との勝負になるだろう。
状況が、動く。
先に動いたのは、アイラさん。
剣を後ろに引いたままガンスとの間合いを詰める。
ガンスは、ステップで斜め後ろへ移動。
アイラさんは足の軸を回転させて方向転換し、追いかける。
ガンスは今ので、アイラさんの瞬発力と方向転換の速度を測ったのだろう。
ステップの素早さも本物だ。
普通に、速い。
それでも、アイラさんはガンスとの間合いを詰めた。
剣の届く距離まで。
試合前、俺はアイラさんと戦い方を話し合っていた。
『相手は足捌きが得意みたいです。そこで二つ、戦法を考えました』
『二つも!? すごいね、クロヒコ!』
『いえ……戦法といっても、言うほど大層なものではないですが……ええっと、一つ目は開始直後から相手の足を徹底して狙う戦法です。とにかく攻撃の届く範囲まで近づいたら、相手の足をひたすら狙ってください。あ、最初は無理に有効打を狙わなくてもいいです』
『狙わなくていいの?』
『まずは、足を潰しにきてるな、と相手に理解させるだけでいいです。そうすれば相手の防御の意識を、足に集中させられますから。足が強みなら、ほぼ確実に守ろうとするはずです』
『そっか……そこで、防御が薄くなった他の部位を狙うんだね?』
『そうです。そしてもしこちらの意図が読まれたと感じたら、別の部位にも適度に攻撃を散らしてください。そして、他の部位への攻撃もあるな、と思わせてから再び足を狙いにいってください。とにかく足が狙われてる、と感じるだけで相手はやりづらくなると思います』
『うん、とさ……相手の速度が予想以上で攻撃が届く距離まで近づけなかったら、どうしよう?』
『追いつけないと感じた時は、相手の目や初動を見て移動方向を予測し、術式を移動予測方向に放ってみてください。それを意識させるだけで、相手も多少は動きづらくなるはずです。ここは、アイラさんの予測力の領域になりますが……』
『あ、そっか……あはは、ついつい剣だけで考えちゃってたよっ』
『大会の規則上、術式の威力の方にはほぼ期待できませんが……足止め程度の使い道はあるはずです。ともかく、まずは相手の動きを阻害して自慢の速度を落とす。これが、一つ目の戦法です。そして、二つ目は――』
足を狙ったアイラさんの剣撃を、ガンスが防いだ。
「やはり、私の足を狙ってきましたか」
アイラさんが二撃目を放つ。
次も足。
ガンスが防ぐ。
三撃目、四撃目もターゲットは足。
五撃目。
最初に話した戦法通り、今度は腕に攻撃を散らす。
だが、ガンスはアイラさんの攻撃を回避。
やはり足の使い方が上手い。
距離感を測る感覚も抜群だ。
その後もアイラさんは連撃を放つが、ガンスは自由自在に自慢の足を使い回避していく。
足捌き以外に、動体視力もいいみたいだ。
「さすがはガンスだな。相手の子の攻撃、全然当たんねーぜ」
「いやいや、あの速度についていけるのなんて一桁台の候補生くらいだろ。攻撃が届くところまで間合いを詰められてるだけ、あの子もよくやってるよ」
「まあな。けどガンスの素早さについていけるのは、一桁台以外だとせいぜいセシリー・アークライトくらいだろーな」
観戦者の言葉通り、ガンスの動きが速いのは事実だ。
ガンスが短く息を整える。
「なかなかやりますね、アイラ・ホルン。今まで君の力を測っていましたが、一年生とは思えない力量です。ですが――」
言いながら、今度はガンスが攻撃の姿勢に移った。
アイラさんは、じりじり距離を詰めている。
「その程度の速度と剣撃では、二人の会長はおろか……小聖位十桁台の候補生にすら、勝つのは難しいでしょう」
ガンスが、床を踏み込む。
「残念ですがここまでです、アイラ・ホルン」
「ようやく、わかりました」
「何?」
「どっちの戦法で、いけばいいかが」
瞬間、アイラさんがガンスの飛び込みを《封じた》。
ガンスの動き出しにタイミングを合わせて、アイラさんの方から飛び込んだのだ。
その飛び込みの速度は、今までの速度を遥かに上回っていた。
「なっ!? この、速度……っ!?」
間合いに飛び込んだアイラさんが、剣を振りかぶる。
「戦法は――《二つ目》」
小声で、アイラさんがそう呟いたのがわかった(その呟きが聞こえたのは、禁呪の宿主の力でアイラさんの周囲に聴力を集中させていたからだ)。
二つ目の戦法。
それは――
『二つ目の戦法は、もしアイラさんの速度が相手を上回っていた場合の戦い方です』
『えぇっ? そ、その戦い方……使えるかなぁ?』
『試合開始から一分と少しくらいの間は、相手の力量を見極めるのに使ってください。なので、最初は全開でなくてもいいです』
『うん、わかった』
『で、もし相手より自分の速度が上回っていると判断した場合は……アイラさんの判断で、一つ目の戦法は捨てていいです』
『相手の速度を落とす戦い方をしなくてもいいってこと?』
『はい。その時は――』
全力で勝ちに行ってください、と俺は伝えた。
「お、おいおい! 回避しようとしたガンスが、ま、回り込まれたぞ!?」
「げ、げぇ!? しかもあの子、今、ガンスの背後に浮遊型の攻撃術式を発生させたぜ!? 数秒だけど、背後の退路を奪いやがった!」
術式はアイラさんに任せていたが、あの術式を撃つ速度は予想外だった。
速い。
使い方も上手い。
そして、移動速度。
確かに、ガンスは速かった。
だが、あくまで《普通に》速いだけだ。
アイラさんの剣撃が、乱撃となってガンスに襲いかかる。
「くっ!」
しかし、ガンスも足だけの男ではない。
勢いのある剣速で迎え撃つ。
さらにガンスは、攻撃にも得意の足捌きを利用していた。
足の軸移動や適度な踏み込みで、身体の重心を上手くコントロールしている。
だが――
「マジかよ……ガンスが、相手の攻撃を捌き切れてないなんて……」
「ガンスは、攻撃にも足の動きを利用する。だからガンスの攻撃は勢いもあって、何気に威力がすげぇんだ……なのに、押し負けるのかよ……」
「……わかったぞ、手数だ」
「手数?」
「手数で、ガンスは負けてるんだ……よく見てみろよ」
「……ほんとだ。手数で負けてるせいで、防戦一方なのか……有効打までは至らないけど、小さい攻撃ももらっちまってる……」
アイラさんの攻撃の戻しは、すべて直線の軌道を描いている。
攻撃の時もそうだが、アイラさんの攻撃と戻しの軌道はほぼ直線軌道。
彼女の得意な軌道。
戻しが速い分、次の攻撃の発生は速くなる。
彼女の得意なあの直線軌道は、絶え間ない連続攻撃にも向いている。
しかも――
「あ、あの子の攻撃……速度がさっぱり衰えねぇ。なんて体力だよ……」
これまでの過酷な長期間の訓練でアイラさんが得た副産物。
それは、圧倒的なスタミナ。
この短い試合時間なら、フルで攻撃してもスタミナは切れないだろう。
その時ガンスが、無理矢理に攻撃の軌道を変えた。
身体の捻り方からして、痛めるのを覚悟で無茶をしたのは一目瞭然。
しかしその一撃によって、アイラさんの攻撃から逃れるのに成功。
相手の攻撃を弾いた勢いを利用し、そのままガンスは距離を取った。
――土壇場で、こうきたか。
ガンスの右指が光る。
術式。
おそらく盾や煙幕の代わりに使い、呼吸と体勢を整える時間を稼ぐつもりだろう。
ガンスの右指が、術式を描き――
バシッ!
「――――っ!」
アイラさんの剣が、術式を描きかけていたガンスの右手を打った。
身体への負担を度外視した無茶な姿勢からの一撃で、ガンスは斬撃の嵐から抜け出した。
だがアイラさんは、ガンスの想像以上のスピードで再び間合いを詰めた。
驚きながらも、自慢だった足さばきでその場を離れようとするガンス。
そのガンスが《移動しようとした方向》から、横なぎが放たれた。
「ぐっ――はっ!?」
ガンスの移動を阻むがごとく、先に動いていたアイラさんの横なぎがヒット。
「ゆ、有効打!」
判定員がアイラさんに有効打を出す。
「くっ……!」
首をおさえ、ふらつくガンス。
アイラさんが追撃を試みる。
狙いは――足。
ここに来て、相手の最後の頼みの綱を破壊しにいった。
試合開始直後にどちらの戦法でいくかを判断した時も。
相手の足を狙っていくことも。
忠実に、俺の指示をこなしている。
それほど信頼してくれている、ということなのだろうか。
「……待ってくれ!」
ガンスが手で制した。
アイラさんが、攻撃を止める。
「判定員……私は、降参します。私の……負けだ。これ以上、続ける意味はありません」
判定員が一度、ガンスとアイラさんを見比べる。
そして、アイラさんの側に手を挙げた。
「ガンス・ヴァーハイトの降参により……勝者――アイラ・ホルン!」
勝った。
アイラさんの、勝ちだ。
ようやく張りつめていた緊張の糸が緩み、おれは息を吐き出した。
観戦者たちは目を丸くしている。
「が、ガンスが一年生に負けた……?」
「今日はガンス、調子が悪かったのか?」
「ど、どうだろうな……相手が可愛い女の子だったから油断したとか、つい手加減しちまったとか……」
「いずれにせよ、信じられねぇぜ……」
アイラさんが、ガンスさんにぺこりと頭を下げた。
「あ、あの……ありがとう、ございました」
ガンスが打撃を受けた首に手をやりながら、微笑する。
「ふっ、敗者に礼ですか……嫌味だとすれば、逆に鞭打つ行為ではありますが」
「え? あ、いえいえいえ! アタシ、そんなつもりじゃ……っ」
ぶんぶん手を振って否定するアイラさん。
「まあ、君が勝ったのは事実です。悔しいですが、これが結果です。私よりも君が強かった。ただ、それだけです。ただ、言わせてもらうなら――」
ガンスの双眸が細められる。
「私は、二人の会長と戦ったことがあります。生徒会長とは、戦闘授業で。風紀会長には、非公式の腕試しの試合を受けてもらいました。これでも私は、負けず嫌いでしてね……あの二人に敗北してから、ずっとあの二人に勝つべく今日まで努力をしてきました。そこに、この聖武祭……最高の舞台が用意されたと、そう思っていました」
ガンスが、アイラさんの手を眺めた。
「ですが……あの二人に勝つ自信があったかと言うと、実は微妙なところなのです。その理由は……才能の差です」
「才能……」
「ええ。今まで腕試しを含め、私は多くの候補生と戦ってきました。そんな中、圧倒的な才能の違いを感じたのが――三人」
三人。
「ドリストス・キールシーニャ、クーデルカ・フェラリス、ベオザ・ファロンテッサ」
やはり名が挙がるのは、その三人か。
「才能に恵まれた者は、私の目から見ると《類似》がありません」
「類似……?」
「真に才能のある者は、その者だけの《何か》を持っています。放つ空気、纏う雰囲気……戦いの際の型も、一般の枠には収まらない。誰にも真似できない《何か》を持っているのです。私は、そういった者こそが天才だと思っています。例えばあのセシリー・アークライトも、そういう意味では天才の側でしょう。実際、彼女には彼女にしかない攻撃の形があるように思えます」
よく把握している。
ガンスの言う通り、セシリーさんの攻撃の型はそう簡単に真似できるものではない。
「ですが、アイラ・ホルン。君には確かに一定の才能と素養があると感じます。だが――その天才たちの域には才能部分で、遠く及ばない。圧倒的に、劣っている。私は、そう感じました」
遠慮なく、ガンスは言った。
アイラさんは俯き、拳を握り込んだ。
「はい……わかってます。アタシの才能は、あの人たちほどじゃないって」
「だからこそ、君には勝ってほしい」
「え?」
アイラさんが顔を上げる。
「悔しいですが、私も才能で劣る側の人間です」
自らの手のひらに視線を落とすガンス。
「そして……今の君の実力のほとんどは、君自身が努力の積み重ねで得たものだと見ました」
ガンスの目がもう一度、訓練で皮が破れ、マメの潰れたアイラさんの手を見た。
「私は……君のような人間が《努力を積み重ねた天才たち》に勝つところを、見てみたいのです」
ふっ、とガンスが微笑む。
「本当は私がそういう人間になりたかったのですが……私はまだまだ、努力が足りなかったようです」
ガンスが手を差し出した。
「勝ち進んでください、アイラ・ホルン。遠巻きながら、君を応援しています」
「あ、ありがとうございますっ……アタシ、がんばりますっ」
そうしてアイラさんは、訓練の証の残る掌で、差し出されたガンスの手を力強く握ったのだった。




