16.「火蓋」
「あれが、ヴァラガ・ヲルムードですか」
大聖場を出た俺とキュリエさんは、大通りを歩いていた。
「嫌な感じのやつだろ? 前にも言ったが、私は苦手だ」
「そう言いますけど、ああいう時はキュリエさんがいると安心感がありますよ」
「安心感?」
「ヒビガミやロキアの時もなんですけど、キュリエさんってあしらいに慣れた古い知人みたいに話すじゃないですか。物怖じもしませんし」
先ほどのヴァラガの変貌ぶりを目にしても、キュリエさんは『本来の自分を抑えられないのは、確かに悪癖だな』と呆れ顔を見せただけだった。
「そうか? 昔と同じ感覚で喋っているだけなんだが……」
キュリエさんを除いた今まで出会ってきた第6院出身者は、得体の知れないやつばかりだった。
敵として戦うのに躊躇はないが、ああいう空気を纏う相手に苦手意識がないわけでもない。
しかしキュリエさんが一緒にいる状態で喋っていると、奇妙な安心感があるのだ。
あれは、過去の相手を知る同郷人だからこそ醸し出せる空気なのかもしれない。
「あの男も……強いんですよね? ヒビガミが宿敵候補としてキュリエさんと同列に扱ったくらいですし」
「ロキアと同じで底を見せない男だから、真の実力は私も知らん。ヴァラガが本気で戦った姿は見た記憶がない。ただ、防御では確実に私を上回る。あいつが本気で防御に徹したら、ヒビガミですら崩せんかもしれんな」
「ヒビガミって相手の戦う動機を作り出すのが得意みたいですけど、その……ヒビガミは、ヴァラガの世界とやらにちょっかいを出すとかはしなかったんでしょうか?」
害虫とやらに過剰な憎悪を抱くあの感じだと、本気にさせるのも簡単そうだが。
「だから、さっき名前が挙がった六人に対しては正攻法――単純に力でねじ伏せるという手法をとらないつもりだろう。挙がっていた六人にはヴァラガも別の対策を用意しているはずだ。その点はノイズと同じだな。6院時代も、ヒビガミの興を削ぐ策をいくつも考えていたようだし」
まあノイズの対策はもう必要なくなったがな、とキュリエさんは言い足した。
「ヴァラガ・ヲルムードも一筋縄じゃいかない相手みたいですね」
「そもそも、あいつの言う《僕の世界》とやらも昔から不鮮明なんだ。つまり、何があいつの気に障るのかなんてのは究極のところヴァラガ本人にしかわからんわけさ。普段の性格はなかなか寛容な一面もあって、滅多に怒らん男でもあるんだが……どうにも、気を許せん感じがあってな」
「あー……わかる気がします……」
「な? 面倒な相手だろ?」
ヒビガミが認める実力者と聞いていたから、できるなら模擬試合の一つでもお願いしたいと思っていた。
だが、あれなら関わり合い自体を避けた方が賢明か。
「聖武祭が終わったらあいつにはさっさと帝国へお帰り願いたいところだな――って、何を愉快そうな顔をしている?」
「いえ、キュリエさんって6院の出身者相手には本当に物言いが辛辣だなと思って」
「わ、私だって好んで辛辣な物言いをしているわけではないぞ? 勝手にやって来るあいつらが悪いんだっ。フン……まったく、あの《蛇》のせいでクロヒコに悪印象を持たれてしまったではないかっ」
キュリエさんがプリプリ怒り出す。
「それにしても、第6院の創設者はあの濃い面々をよくまとめ上げていましたね」
「ノイズによれば、タソガレも一部の者には頭を抱えていたらしいがな」
もっと超人的な人物を想像していたが、第6院の創設者にも人並みの感覚が備わっていたようだ。
ヒビガミにロキア、ノイズ、ヴァラガの四人をまとめ上げるだけでも気苦労が絶えなかったに違いない。
「それにしてもノイズって、ヴァラガに物凄く嫌われていたんですね」
「6院でノイズに好意的だったのなんてタソガレとヒビガミくらいだろう。ただ好き嫌いはともかく、ノイズの実力は当時から誰もが認めていたと思う。戦闘能力や一点集中の特化能力なら他の6院の者に軍配が上がるだろうが、総合力ではノイズが抜きんでていた気がするよ。もはやありえん話だが……ヴァラガの言うように、もし味方だったらあれほど心強い味方もいなかっただろうな」
それから俺たちは、客人たちの印象を話しながら大通りを歩いた。
大通りを抜けたところで、大聖場の方角を振り向く。
客人たちも出揃った。
ついに明日、聖武祭が始まる。
自分は参加者ではないが、参加する本人以上に俺は緊張しているかもしれない。
みんなこの聖武祭のために頑張ってきた。
確かに結果は大事だ。
だけど何より、いい大会になってほしいと思う。
聖武祭一日目に行われるのは、各部門の第一戦である。
場所は学園の修練場。
勝ち進んだ場合、第一戦は一日で最高三試合行われる。
今日だけで、参加者の半数以上が第一戦で脱落する。
とにかく数が多いため、今日は朝から試合がぎっちり詰め込まれている。
第一戦の試合は、第二戦以降と比べて一試合あたりの時間が短い。
このため、第一戦では短期決戦を見込んだ戦い方が有効となりそうだ。
「いよいよ初戦ですね、アイラさん」
「うん」
「とにかく、落ち着いていきましょう」
「大丈夫、落ち着いてる。じゃあ……行ってくるね、クロヒコ」
アイラさんが赤い髪を揺らしながら、軽い足取りで修練場の中央へ歩いて行く。
表情や足取りから緊張は窺えない。
顔色からしてコンディションも悪くなさそうだ。
ここは、第八修練場。
無学年級、アイラ・ホルンの第一戦が行われる修練場だ。
相手は三年双蛇組の男子候補生、ガンス・ヴァーハイト。
ガンスは小柄だが、身体つきは戦士のそれを持っている。
優雅な気品に満ちた雰囲気。
しかし剥き出しの腕には、薄っすら浮かぶ数本の傷。
聖遺跡攻略で受けた傷だろうか。
その眼光には、戦いをくぐり抜けてきた者の戦気が宿っていた。
レイ先輩の情報網を借り、事前に相手の情報は得ている。
現在の小聖位は十五位。
十位台だから、実力者と言っていい。
ガンスは三年生。
二年半で積み上げてきた結果としての十五位には、重みがある。
二人の会長やセシリーさんが話題に上がるが、無学年級にはああいう実力のある生徒も大勢参加している。
そして、無学年級はどうしても三年生が多くなる。
ほとんどの一、二年生は各学年の部門に登録したと聞く。
やはり三年生の方が経験値が高くなりがちなので、実力で敵わない下級生が多数を占めるからだ。
なので、アイラさんのように一年生で無学年級に参加している生徒は珍しい。
「君は、ホルン家の娘ですね。兄上は聖樹騎士団で八剣を務めるノード・ホルン殿、でしたか」
「はい」
訓練用の剣を選んで手に取り、アイラさんが頷く。
「アタシは将来、兄を越える聖樹士になるつもりです」
両者が、相対。
調子を確かめるみたいに、ガンスが剣をひと振り。
「君の小聖位は、決して高いとは言えない。ですが――」
ガンスが半身になり、剣を突き出した構えを取る。
「一年生ながらあえて無学年級へ出てきた相手……手加減せず、全力でお相手させていただきます」
聖樹騎士団への入団を考えている三年生は卒業までに一つでも多く結果を残しておきたい。
入団審査の際に有利となるためだ。
四凶災の件で聖樹騎士団への入団を希望する者が減ったとも言われているが、それでも聖樹士になりたい者は一定数いると聞く。
騎士団に入団している聖樹士が得るのは、名誉だけではない。
国から様々な恩恵を受けられる。
中には退団後に適用されるものも存在する。
この恩恵に与りたいと考える者も多いのだとか。
この聖武祭、三年生は部門を選ぶ際の判断も重要となるだろう。
基礎評価点は低いが、ベオザ・ファロンテッサ以外に強敵らしい強敵のいない三年生部門で上位を狙うか。
基礎評価点が高いが、二人の会長とセシリー・アークライト、さらには腕に覚えのある候補生たちと戦うのを覚悟で無学年級に飛び込むか。
そもそも無学年級は、力試しを望む候補生たちがこぞって出場の意思を示したそうだ。
この未来の聖樹士たちの意気には、ソギュート団長も喜んでいた。
修練場を囲む四方の壁際を見渡す。
観戦者の数は、俺を含め六人。
聖武祭の出場登録は必須ではない。
出場者は八割ほどと聞いた。
また第一戦は自分の試合がある候補生も多いため、出場者の観戦者は少ない。
それでも、この第一戦では不参加の者や一般の王都民の観戦が認められている。
観戦者自体はそれなりの数が学園に集まっており、ここへ来る前に見た学内はいつもより賑わいがあった。
だが、とかく試合数が膨大。
だから参加者の関係者以外で観客が湧きそうな試合は、二人の会長やセシリーさんの試合くらいか。
俺から少し離れた位置でヒソヒソ話している二人組も、今回は参加を見合わせた生徒らしい。
アイラさんの対戦相手のクラスメイトのようだ。
さっきから、二人の会話が耳に入ってきていた。
今も二人は聖武祭について会話を交わしている。
「そういやおまえ、なんで聖武祭に出なかったんだ?」
「だって聖武祭って、術式の威力が抑えられてるだろ? そもそも今回不参加になったやつのほとんどが、術式が得意な連中だって話だぜ? ベオザが無学年級を見合わせたのも、それが原因だって言われてるしな」
「武器は訓練用のものを作れるけど、訓練用の術式自体は存在してないからなぁ……まあ俺が不参加なのは、足の怪我が理由なんだがな」
二人組のうち一人が、横目で俺を盗み見た。
「不参加といえば、禁呪使いとキュリエ・ヴェルステインも不参加なんだってな」
「あの二人は四凶災とやり合える腕だから、参加させたら大会にならないと学園側が判断して不参加扱いにしたって聞いたぜ? 不参加でも、評価点は貰えるらしいが」
「俺は正しい判断だと思うぜ。力差がありすぎたら大会として成立しないしな。お越しになった他国の客人だって、そんな格差の開いた試合を見せられても興ざめだろうし」
「でもよ……その不参加が、あの二人が四凶災を倒したって話の真偽を決定したみたいなもんだよな?」
「だな。いずれにせよ大したもんだよ、うちの学園の禁呪使いは。あの左目だって、四凶災との戦いで失ったって話だろ? きっと、俺たちが想像もつかないほどの壮絶な戦いだったんだろうな……」
「しかしその禁呪使いが、どうしてこんな試合を観戦にきてるんだろうな?」
「あの赤い髪の子が同じ組なんじゃないか?」
「同じ組なら、セシリー・アークライトの試合を見に行くんじゃないか? 仲もいいって評判だし」
「だよな? おまえ、あの子が誰か知ってる?」
「うーん……すまん、知らない」
「んー、けど……あの子、けっこう可愛いくないか?」
「いやまあ、それは同意するけど……」
俺がアイラさんの稽古相手を務めていた話は、あまり知られていないのか。
学内における禁呪使いに関連した話題は、どうも生徒会長との試合の一件に終始した感がある。
まあ、下手にマークされるよりはずっといいか。
そして――いよいよ、試合開始の刻が迫る。
開始前に両者共、腕にクリスタルの嵌った腕輪型の魔導具を着用。
あの腕輪に嵌っている緑のクリスタルの色が赤くなり、さらに音を発すると、その時点で失格となる。
どうなると音を発するのかは、聖素量によって決まるという。
試合では術式の得意な候補生の存在を考慮し、術式の使用も一応は認められている。
だが聖素の量が多すぎると、相手に致死量のダメージを与えかねない。
聖武祭の試合形式はあくまで模擬試合。
戦いであるため、当然ある程度の怪我は覚悟しなければならないが、これは命のやり取りを目的とした大会ではない。
攻撃術式の中には強力なものも多々ある。
そこで一定量までしか聖素を練り込ませないよう、学園側が特別な腕輪を用意したわけである。
ちなみにこの聖武祭、俺が術式を使えないのもあって、術式関連はほとんどをアイラさんに一任してあった。
「腕輪は着け終えましたね? では両者、位置について――」
試合時間は、九分。
判定員が高らかと手を挙げ、勢いよく振り下ろした。
「――始め!」




