Ex5.「壊神の旅(5)」【ヒビガミ】
道すがら、無幻越刀流がこの大陸へ逃れてきた経緯をキドとヒョウゴから聞いた。
かつて無幻越刀流は、他流派に果し合いを挑む好戦的な集団として名を馳せていた。
無幻越刀流の名を飛躍的に高めたのは、やはり理合いの賢閃として有名であった理弦一刀流の師範を破った一戦であろう。東国の五大流派の一つと呼ばれた理弦一刀流が完膚なきまでに敗れたのは、当時の人々に大きな衝撃を与えた。
その後、他流派を次々と打ち破る無幻越刀流は《他流崩し》と呼ばれるまでに、その名を高める。
東国の五大流派には、理弦一刀流の他に、陣心流、竹馬流、我牛突双流といった実戦流派が存在していたが、最も名が世に知られていたのは、刃蝉流である。
最強と謳われた刃蝉流と、ついに竹馬流までをも打ち破った無幻一刀流との戦いを、誰もが今か今かと待ちわびていた。
だがある時期から無幻越刀流は、突然表の歴史から姿を消す。
「以後、無幻越刀流の名で行われた果し合いで、確かに無幻越刀流のものとされている記録は残っていない。おれが知っているのはここまでだ。ある時期には刃蝉流の高弟をすでに何人か斬っていたとも伝えられているから、臆したわけでもあるまい。それがなぜ、表舞台から姿を消すことになった?」
それがですね、とキドは語り出す。
ある日、無幻越刀流は使者を通して国主から密命を受けた。
当時の東国には、剣の腕を磨くのが目的である表の流派とは別に、国崩しの策謀を巡らせる裏の流派が存在していた。その頃ちょうど東国では、逢魔流を筆頭とする裏流派たちの動きが活発になってきていた。
密命は、その裏の流派を潰してもらいたいという内容だった。
無幻越刀流は強さを追い求める戦闘集団。
無幻越刀流の者は、刃蝉流の高弟たちと何人か斬り合った時点で、刃蝉流に敵として大きな期待はできないと感じていた。
密命を受諾した無幻越刀流は、裏流派たちとの戦いに明け暮れて行く。
そして五年の月日が経った頃、危険とされていた裏流派はあらかた一掃されていた。
最大の危険であった逢魔流も、ほぼ壊滅。
ただ、無幻越刀流の裏流派掃討は公には秘密とされていたため、この間、無幻越刀流の話題はいたく正確さを欠いた目撃談に留まっていた。当初は、刃蝉流を恐れて姿を隠したのだと囁く者もいた。
とはいえ、無幻越刀流にとっては充実した五年間だったと言える。相手にした裏流派の者たちはその多くが表の流派を凌ぐ腕前だった。彼ら裏流派の者たちは《勝つ》ではなく《殺す》ための技に長けており、無幻越刀流の者は、戦場さながらの斬り合いを存分に味わうことができた。
無幻越刀流はこの裏の仕事を受けたことで、超実戦的な環境で腕を磨く機会を得たとも言える。
そして裏の流派を壊滅せしめた無幻越刀流の者たちは、才ある者が集った新世代《天刃の子ら》が登場したと沸き立つ刃蝉流との果し合いを再開しようとする。
だがここで大きな悲劇が無幻越刀流を襲った。
この五年の中で前国主が病に倒れ、今は新たな国主が頂点に腰を据えていた。
その新たな国主が、無幻越刀流を闇に葬ろうとした。
理由は無幻越刀流を恐れたためであった。
他流崩しであった彼らは、裏流派との戦いを経て国崩しを実行できるほどの能力を会得していた。国を崩すために、何も国の人間を全員始末する必要はない。欠けては統制の維持ができなくなる人物を、望む人物がその座につくまで暗殺し続けて行けばいいのだ。
もちろん無幻越刀流に国崩しの意思などなかった。
しかし新国主の被害的妄想は留まるところを知らず、ついには、無幻越刀流討つべし、との命が下る。
罪状は、謀反。
彼らが被せられたのは、新国主の命を狙ったという事実無根の罪であった。
その身を追われる立場となった無幻越刀流は、絶え間なく襲ってくる追手を切り伏せながら西へと逃げた。斬れるだけ斬って最後までここで抵抗すべし、との意見も出た。しかし『数に押されて死ぬのは、つまらん死に方だ』という師範の一言で、無幻越刀流の者たちは追手を払いのけながら、海を渡った先にある西の大陸ミドズベリアへ逃れる方針を取った。
「いつの世も暗君が輝く者から光を奪う、か」
ヒビガミはそう吐き捨てた。
「ははは。それも、生まれた時代の運ですからなぁ」
恨みの念はなかった。キドの調子は、さっぱりしたものである。
次にヒョウゴが、無幻越刀流が存在が確かではない伝説と化すまでの顛末を話した。
まず新国主が、無幻越刀流の存在を記録からも抹消しようと動いた。
国を挙げて、その存在をなかったことにしようとしたのだ。
人々の中には、無幻越刀流が裏の仕事に奔走していた五年間のうちに、日々の生活に追われてその存在を忘れた者も少なくなかった。また、刃蝉流に登場した《天刃の子ら》の話題性の華やかさに注目を奪われてしまったのもある。
もちろん刀士の界隈では、彼らの存在を忘れた者などいなかった。
ただし刀士の中でも――特に無幻越刀流に敗れた流派の中には、これを好機と見て、無幻越刀流の存在自体をなかったことにしようとする動きもあった。
敗北の汚名を消してしまおう、と考えたのである。
こうして無幻越刀流は、一部の刀士たちの中で半ば伝説的な存在として語られる程度の存在となっていった。
ちなみに、のちに劇芝居で脚色された悪役として登場した時、悪役ながらも人気を博した。この話題になった劇芝居で無幻越刀流を演じたのが《天刃の子ら》の者たちであったのは、なんとも皮肉と言わざるを得ない。
この芝居が世で話題になる頃には、無幻越刀流を亡きものにしようと画策した国主は早死にしており、無幻越刀流の名に蓋をしたがる風潮もなくなっていた。
それでも無幻越刀流を抹殺するための一派はまだ活動を続けているようで、創設した国主の怨念がまだ現世に留まっているかのごとく、未だに無幻越刀流を追っているらしい。
「後半の部分は、都市へ買い出しに行った者が、偶然出会った東国から来た商人に聞いた話なのですがね。我々が東国を離れて八年、当然ながらあの国も動いているようです」
「ま、仮に追手が放たれなくなったとしても、東国に戻るつもりはありませんが」
「いくつか、聞く」
「なんでしょう、ヒビガミ殿」
「あのアマノという男が名乗っていた《八刀絵巻》とは、なんだ?」
「ああ、あれは、無幻越刀流の中でも特に優れた腕を持った八人の刀士に与えられた称号みたいなものです。実は、そう名付けられる元を作り出したのは、我々を始末しようとした国主様の忠臣なんですよ。その忠臣は特に気を付けるべき相手として、八人の刀士の名と顔を絵巻物に記して、追手に渡していたわけです。絵巻物に記された八人の刀士をひとまとめにして《八刀絵巻》というわけですな。で、追手側が我々をそう呼んでいたのを聞いて、おやこいつは格好が良いじゃないか、となったわけですよ。我々も気に入ってそう名乗り始めたわけです」
「なるほどな。では、もう一つ聞くが」
「へい」
「己らは、隠れ里とやらからは出ないのか? アマノほどの腕の者が揃っているなら、傭兵団でも起こすなり、どこぞの国の王に自分たちを売り込むなりできるだろう」
「師範の方針です」
「ふむ」
「この大陸へ来る途中の船の上で、実は前師範が病で亡くなりまして。で、その時の師範代が今の師範となったのです」
「その今の師範の方針とは?」
「もう十分だ、と」
「十分、か」
「襲ってくる者とは戦うが、もう自分たちから敵を求めることはしなくていい。これが今の師範の方針なのです。我々も、それで納得しております」
「わからんな。好戦的な人斬り集団がおとなしく争いごとのない地に、そう留まっていられるものか?」
「あれだけ斬っておいてなんですがね……我々も少々、人を殺めすぎました。いえ、五大流派の一つや裏流派といった強き者を相手にしている時は、なんとも思わなかったのですがね? 例の追手の中には……弱き者もたくさんおりました。先の野盗にしても……襲いかかってきたから斬りましたが、敵と呼ぶには小さすぎる者たちでした」
戦う相手への哀れみも持っている。
弱者を虐げる精神も持たない者たち。
ただ強き者だけを求める、純粋な戦闘集団。
「カカ、難儀なものだよなぁ。自分より強ぇ相手と戦う時は細けぇことなんざ何も考えなくていいが、遥かに弱ぇ者と戦う時は、何かとつまらんことを考える必要がある」
「ですなぁ。だからアマノも嬉しかったのでしょう」
キドが、ちゃきっ、と腰の刀を鳴らす。
「堪えが利かなくなるのも、理解できます」
三十ウート(三十分)ほど山道を歩くと、険しく切り立った崖に挟まれた細い道の前まで来た。
道は背の高い植物に隠れていた。
先の方まで分け入っていかなければ、この道を見つけるのは難しいであろう。
「この先です」
キドの後について細い道を行く。
道が終わると、開けた盆地が見えてきた。
集落、と呼ぶべきか。
家屋が点在し、家屋の建っている場所から伸びるようにして、田や畑が広がっていた。
集落の中心に、東国風の大きな屋敷がある。
坂を下り、中心の屋敷へ伸びる道の前へ出た。
キドが屋敷を指差す。
「今の時間なら皆、あそこの道場で稽古をしているでしょう。適度な稽古で身体も温まっていると思いますし、もしヒビガミ殿が生き残ったなら、きっと良い状態でやれますよ」
生き残ったなら、という言葉がすべてを告げていた。
腕組みをしたまま、ヒビガミは言った。
「道案内、ご苦労だった」
キドとヒョウゴが、にらみ合う。
「やるのは、おれでいいよな?」
「馬鹿を言え。キド、おまえはあの隠し切れない長すぎる愛刀を置いてきた。この男とやるのに、あの愛刀なしでやると?」
「ぐっ」
「それに一応、今回の朗報を皆に伝える者がいた方がいい。アマノの身体も、ここに放り捨てていくわけにもいかんしな」
「かぁ〜、わかったよ! 譲る! ヒョウゴ、今回はおまえに譲るぞ!」
「礼を言うぞ、キド」
「あぁ、こんなことならあの刀を無理してでも持ってくるべきだった!」
あちゃあ、とキドが額に手をあてる。
キドは渋々アマノを担ぎ上げると、ヒョウゴの荷物を受け取った。
「もし死んだら、次の世でな」
「おう、次の世で」
「楽しい日々だった。この里での日々も、悪くはない」
「同意だ。勝てよ、ヒョウゴ」
「おう――」
ヒョウゴがヒビガミの方へ身体の正面を向け、刀を構える。
「その、つもりだ」
ヒビガミも腕組みを解き、刀の柄を握る。
ゼッケルの聖剣は途中で捨ててきた。キドから、
『ヒビガミ殿は、こっちの方が《できる》のでしょう?』
とアマノの刀を譲り受けたからだ。
刀名は《厄刀・落涙残香》。
彼ら夢幻超刀流は、妖刀を使わないという。
キドの背中が小さくなった頃、ヒビガミは、無言で鯉口を切った。
ヒョウゴの手足が、ゆったりと動く。
「八刀絵巻が一人《虫人》のヒョウゴ――いざ、参る」
ヒョウゴの構えは、アマノとは違った。
一言で言えば、小さく縮こまっているような構え。
軟らかい身体とその捻りによって、あれほど小さく映るのか。
「ヒビガミ殿ほどの相手となれば……最初から必殺で、いかせていただく」
ずざっ、とヒョウゴがその構えのまま一歩、前へ出る。
「無幻、越刀――」
ヒョウゴが、片目を瞑った。
「《擬態・脱皮斬り》」
技名乗り。
必殺の、宣言。
ヒョウゴが、動く。
さなぎが脱皮した瞬間のような体勢から放たれた一撃。
瞬速で側面の空間を駆け抜けたのは、半弧の軌跡。
ヒビガミの耳端に傷が走る。
一方のヒビガミは、居合いの要領で抜刀した刃を横薙ぎに振った。
豪速の一刀。
この一撃――ヒョウゴは、避ければ死と悟ったか。
彼は右腕を捨て、盾にした。
その右腕に刃が潜った途端、ヒョウゴは筋肉で刃を締めつけてきた。
ヒョウゴがヒビガミの刀を拘束したまま、左手の刀を、瞬時に逆手に持ち替える。
「《擬態・脱皮斬り》――《戻し刃・羽びらき》」
己の腕を捨てて放たれた、羽化の直後に羽ばたく虫の様を思わせる暴虐的な乱刃。
ヒビガミは腕に力を込め、ヒョウゴの腕から刃を引き抜いた。
超近距離で襲いかかる凶悪な乱刃を弾き、捌く。
腕から血を撒き散らしながら鬼気迫る表情で放たれる、剛の刀撃。
その刀撃を繰り出しているヒョウゴは、
笑っていた。
「無幻越刀流……まったく――」
ヒビガミは同じく一瞬で刀を逆手に持ち替え、ヒョウゴに斬りかかった。
「――楽しませてくれる」
ヒビガミの目は、爛々と輝いていた。
無幻越刀流と《壊神》の死合いが、今ここに、再び始まった。
この外伝「壊神の旅」ですが、分量の関係であと三回に分割して更新することになりそうです。「壊神の旅」は12/27(日)までには完結させる予定です。年明けの最初の更新からはクロヒコたちの本筋の方へ戻りますので、本筋の方はもう少しだけお待ちくださいませ……。




