其之22 女3人寄れば姦しい
翌日、女学校へ登校すると、同級生らは、熱心に授業を受ける傍ら、休み時間は、やっぱり、御家の愚痴やら艶聞ロマンスやらのおしゃべりに夢中だった。
いつも通りの光景すぎて、平和な反面、「なんだかなあ」とも思う。
特に、最近は、名だたる高等学校や大学などに通う男子学生との付文が流行っているみたいで。その出会いの場はいろいろ。通学中の路面電車は大定番だけれど、あとは図書館とか、劇場とか、喫茶店とか。
(あ。そういえば。昨日、あの欧風紳士さんにいただいた名刺、ちゃんと見てないままだったわ)
考えてみれば、簡単なお礼しか言ってないので、お茶菓子の1つでも買って、改めて、ご挨拶に伺った方が良いかもしれない。
そんな風に考え、放課後、帰り支度をし終えたところで、名刺を見返してみた。
可能なら、下校の際に、ちょっと寄り道して訪問しようと思ったから。
「……。株式會社蘇芳屋代表取締役社長、九鬼庚興……」
そこには会社の所在地と電話番号も書いていた。
やっぱり、お店は日本橋にあるみたい。
(名刺もらった時にも聞いた気がするけど)
「――??」
わたしはきょとんとした。
(あらら? このお店のお名前。なんだか、どこかで聞いたことあるような……)
なんて首を傾げていると、
「まあ! 神谷さんっ、あなた、蘇芳屋の社長さんとお知り合いだったのっ!?」
と、同級生が黄色い声を上げてきた。
「え」
「そうなの!?」
「どうして教えてくださらなかったのっ」
「抜け駆けなんてヒドいっ」
「お付き合いしてるのっ?」
「ただのお知り合いなら、わたし達にもご紹介してくださいなっ」
などと、一斉にわらわら、周りの子まで騒ぎ出した。
あまりに降って湧いたような状況に、わたしもたじたじになる。
ただ、変にごまかしても何か反感を買いそうだったから、
「大切なお供えのためにぜんざいを作ろうとして、材料を買いに行ったら買えなくて。たまたま、通りがかったその人に助けていただいたの」
と、琥狐のことは伏せて、簡潔に説明した。
これに同級生達は、きゃあきゃあ言って、頬を赤く染める。
「さすが! お仕事のできる御方は御心も広いのね」
「ステキ! ハンサムな殿方は何をなさっても様になるんだわ」
「でしたら、改めて御礼を申し上げなきゃダメなんじゃない?」
「でも、お若い男女がお2人きりでお会いするのは不味いんじゃなくて?」
「じゃ、こうしましょう。わたし達もお付き合いして差し上げるからっ」
「そうよ。神谷さん。これから、わたし達と一緒に蘇芳屋さんに参りましょうよ」
なんて、勝手に皆で盛り上がってしまった。
わたしはヒクッと顔が引き攣って、御守りに擬態している琥狐からは、
〔人間ノ娘トハ、ナカナカ、げんきんナモノダナ〕
と、諦観の感情が伝わってきた。
いえ、すべての女の子が皆「そう」である訳ないんだけれど。
まあ、少なくとも、今、ここにいる娘達の目指しているところは「玉の輿」のようだから。
(でも、あの社長さん、女学生より一回り御歳が上のようだったけれど?)
と、呆れたところで、年齢不詳なおキツネ様に惹かれてる、わたしが言うのもお門違いだったかしら。
しかして、この夢見る乙女の一団の圧はすさまじくて。
わたしも断り切れず、つい、
「あ。ええ。そ、そうね。皆さん、ありがとう……」
と、何故か、この大所帯で蘇芳屋さんを訪ねる羽目になってしまった。
だから、この賑やかな女学生集団に、行き交う人々も「これはいったい何事か」と目を丸くするのが、わたしとしては、かなり恥ずかしかった。
また、御礼のご挨拶なのに、手ぶらでは訪問できないから。蘇芳屋さんへ行く前に、わたしは、明惠女学校の近所にある商店街で手土産を購入した。
いろいろ迷ったんだけど、男性だし、「甘いお菓子よりは、しょっぱめの方が良いかな」と、選んだのは、橘花堂の塩せんべい。
東京には、もっとたくさん有名なお店があるから、「本当にこれで大丈夫かしら?」とも気になったものの。この辺りでは人気の和菓子屋さんだったから。
もちろん、日本橋の百貨店で買う選択肢もあったけど。蘇芳屋のご近所すぎる手土産もどうかな、って感じがしたのよね。
そうして、わたし達は、一路、路面電車で蘇芳屋さんのある日本橋へ向かった。
流石に、百貨店立ち並ぶ大通りは、その建物の大きさに圧倒されるし、歩道も往来する人々で埋め尽くされているから、それらを掻き分け、前に進むのが一苦労。
件の蘇芳屋さんは、表通り界隈ではあるけど、細い角をまがって、1本、小径に入ったところにあった。それでも、人気があるのか、客足が絶えない様子だった。
「ごめんください」
一声掛けて、店内に入る。
あれだけ女の子の間で噂になってたから、女性客が多いのかと思ったら、存外、老若男女、いろいろなお客さんが訪れていた。
貫禄あるお爺様がお若い御供といらしたと思ったら、洗練された上品な訪問着の奥様方が舶来品を前におしゃべりしてたり。
如何にもお勉強が出来そうな大学生が分厚い洋書を探しているかと思えば、欧風の装いの華族の子息令嬢が流行りの最新衣料を物色してたり。
そして、明らかに日本人とは異なる容姿の西洋人なんかは、他所では手に入りにくい異国の御品を買い求めていた。
ご近所に百貨店はあるのに、それに負けず劣らずの、洒落の利いた総合雑貨店という感じ。だから、好きな人には確実にウケが良くて、はまる。
たぶん、常連さんがたくさんついているというか。
最近、横浜から進出してきたばかりのご新規さんとは思えないくらい。
(ふはぁ……。立地が良いこともあるけど、これだけの営業力。ここの社長さん、きっと、だいぶ遣り手なんだわ)
気おくれしながらも、わたしは、店員さんにお店を訪ねた理由を言った。
「左様でしたか。申し訳ございませんが、現在、弊社社長は外に出ておりまして」
店員さんは眉をハの字に下げて、丁寧に対応してくれた。
それに、わたしが答えるより早く。
「まあ、残念」
「いらっしゃらないんなら、しょうがないわね」
「出直しましょう」
「さ。神谷さんも」
と、女学生仲間が口々にお店を出るよう急かす。
「そ、そうね。いらっしゃらないんじゃあ――」
突然のことで、わたしも少しおろおろする。
しかし。
「あらぁ? お紗江ちゃんじゃなぁーいっ!」
なんか、背後から、聞き覚えのある鈴ふる声がした。
振り返ると、そこには、背の高い、洗練された洋装の美女が1人立っていた。
その艶やかな黒髪は、結い髪の女学生とは違って、耳ぐらいの高さでくるんとカールしたおかっぱ頭。それに上品な花飾りが付いた釣鐘帽子を被って。すらりとしたオシャレなワンピースは、着物以上に、その艶やかな肢体の輪郭を際立たせていた。
(瑤子様っ!? 何やってんのっ……)
わたしはギョッとしたものの。
そんなのお構いなしに、モガ*(:*モダン・ガールの略)な瑤子様は、誰もが見惚れる美貌で妖艶な笑顔を振り撒きながら、コツコツと、こちらに歩いてきた。
これに、女学生仲間はもちろん、蘇芳屋の店員さんも度肝抜かれたように、ポーッとしていた。
しかも、瑤子様ときたら、並みの日本人男性より背が高いのに、ハイヒールを履いているから。その颯爽とする姿は、いかにも外国の百貨店とかにいそうな西洋人のマネキン・ガールみたい。
果たして、やがて、同級生らはハッと立ち返り、
「か、神谷さん。あの御方、お友達?」
「ずいぶん迫力のある御方ね」
「どういうお知り合い??」
と、見るからに動揺している。
(というか、わたしもそっち側で驚いていたい!)
ほどなく、モガな瑤子様は、ぐいっとわたしと腕を組む。
「ウフフ。私、ともしび亭の常連なの。ごきげんよう。可愛いお嬢さんがた!」
(常連って! あなた、その姿で、一度もうちの店来てないじゃないっ……)
わたしはうろたえたけど、同級生らも、そこまで「ともしび亭」に入り浸っている訳ではなかったから。
「ま、まあ……。そうなの?」
「お客さんなのに、とても仲がおよろしいのね」
「そういう御方と、こんなお外で会われるなんて。すごい偶然!」
みんな納得しつつ、あまり関わりたくない風な雰囲気が出ていた。
たぶん、美人すぎるモガな瑤子様と並ぶと、どうにも見劣りするから、玉の輿狙いの女の子達にとっては、目の敵になるんだ。
「そんなお友達がいらっしゃったなら、わたし達、きっとお邪魔ね」
「そうね。わたし達はいつでも神谷さんと会えるんだし」
「じゃ、わたし達は、お先に失礼するわね。神谷さん」
「また、明日。女学校でね」
「ごきげんよう!」
等々、次々言って、同級生らは、わたしとモガな瑤子様を置いて、そそくさと帰っていった。
わたしは、「あ」と反射的に引き留めようとしちゃったけど。
結局、わたしは、やり場のなくなった手を引っ込めて、最後は、その場で、しゅんとうつむくしかなかった。
<執筆後記>
「姦」(=かしましい)という字は、難読な上、あまり印象が良くない気がしたものの、タイトルにはルビが振れず……。「間に句読点を入れて平仮名にしようかな?」とも思ったんですが。それもなにやら違和感があり。
ちなみに、本文のルビなんですが、難読漢字はもちろん、人名・固有名詞や地名は、読める漢字でも一応、初回にルビを振るようにしています。
後は、なにか特殊な読みをしたい時にとか。
それと、読みやすさのためにルビに漢字は入れません。平仮名かカタカナのみです。ただでさえ、見づらいのをさらに小さい字で読みづらくするのは、あまりにも読者のことを考えてないかな、と感じたので。
いずれにしても、今回は、やっぱり、婚活に熱心な若い女の子達が集まると「そうなりますよね」ってところでしょうか。
そうして、次回は、とうとう、あのヤンデレハイカラ紳士が登場します!




