其之1 或る日、或る夕、奇しき出会いは突然に
<ご挨拶>
8月も下旬に入って、猛暑も一段落してきましたが、皆様、如何お過ごしでしょうか。
暑さに限らず、熊本大地震、千葉集中豪雨、と立て続けに大変な事態が起こり、中~西日本では渇水危機に瀕している地域もあったりして、今年は、なんとも前代未聞なことばかりに見舞われるものだ、と青息吐息が絶えませんね。
被災した皆様には、心よりお見舞い申し上げます。
また、陰ながら皆様のご無事を案じ、一日でも早いご復興をお祈り申し上げます。
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当方もまた、連載中の代表作があのような事態になってしまいましたので、本当に心が折れ、一時は、書くのをやめようかと本気で苦しんだ時期がありました。
※その詳細については、
『王太子殿下(攻略対象)は、溺愛がうんざりなので、今度こそ本格ファンタジーを目指します !?』
(https://ncode.syosetu.com/n5153mf/)をご参照ください。
ただ、こちらの連載とは、まったく別のお話ですし、現在、代表作は更新停止中ですので、ご覧になるのは、ご興味ある方だけで構いません。
しかしながら、このままでは、きちんと前に進めそうもないので。
初投稿より3ヶ月という節目を迎え、不安な中、重い腰を上げ、新作を書いてみました。
メンタル低迷状態でなんとか捻り出した作品なので、クオリティ的にはどうなんだろう、と心配がつきませんが。
この作品が、ひとときでも皆様の心の愉しみになれば、幸いかと存じます。
世間で「散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする」なんて言葉が持て囃されたのも、もう50年以上も昔のこと。
時は、大正。
巷では、すっかり和洋折衷も定着したので、洋館、路面電車に、葡萄染め矢絣袴にブーツを履いた女学生なんてのも珍しくなく――。
それでも、さして裕福でもない庶民の女の子には、それすらも高嶺の花みたいなもので。
たとえ、女学校に入学できても、皆がみんな、学校公認の学生寮に入れる訳でもない。
なぜなら、寮も無料じゃない。
多額の寄付金があるとか、試験で特待生になったとかでなければ、そこで「ごめんなさい」と門前払い。同じ学生でも線引きされてしまうのだ。
そのため、片田舎から出てきたわたし、神谷紗江は、学費を稼ぎながら女学校へ通うため、新宿の裏道にひっそりと建つ、純喫茶「ともしび亭」で女給として働いている。
風俗喫茶でなく、純喫茶。
つまりは、このお店では、本当なら、給仕は男性が務めるものだけれど。
上京したその日に、わたしは入学手続きを終えたものの、その帰り道、スリによる窃盗被害を受けてしまい、お金も下宿先への紹介状も無くしてしまった。
行く当てもなかったところを、純喫茶「ともしび亭」の女将、道重千代子さんが拾ってくれた。そのうえ、なんと、わたしを住み込みで雇ってくれたのだ。
(女将さんへの御恩返しのためにも頑張らなくっちゃ)
そう心に留めながら、いつもの帰り道を通っていた、或る日の逢魔ヶ刻に――。
キャンキャンと、ものすごく泥まみれの野良犬がこちらに走ってきた。
「コラ! 待て!!」
どうやら、憲兵さんに追われているみたい。
昨今、狂犬病の大流行で死者も多数出ているからかしら? って、わたしも気になったものの。
田舎では、野良犬どころか、キツネもタヌキもそこら中でうろうろしているから、なんだか可哀想になってきて。
「おい。そこの女学生! こっちにずいぶんと汚い犬が逃げてこなかったか?」
「あ。はい。あっちに逃げました」
思わず、わたしは、まったく別の方向を指差した。
すると、憲兵さん達は、「助かった!」と私に御礼を言って、バタバタと私が指差した方向へと走っていった。
ほどなく、ぽつ、とわたしの頬に冷たい雫が落ちてきて。
「夕立かしら?」
わたしがつぶやいた直後、滝のような大雨がザアザア降ってきた。
あまりに酷い土砂降りだったので、番傘も持っていないわたしは、慌てて近くの神社に逃げ込んだ。鳥居の近くに佇んでいた、樹齢300年はあろうかという巨大なご神木の木陰で雨宿りさせてもらったのだ。
そこが、一番近い退避場所だったから。
(とりあえず、雨が弱まるまでここにいよう)
そんな風に考えながら、辺りを見回してみると、その神社は、鳥居もご神木も立派なのに、肝心の社殿や手水舎は、ボロボロだった。
廃仏毀釈で悲惨な有様になったお寺はよく見たことがあるけれど、街中の神社でここまでボロボロなのは珍しい。
「あら。あなたも来たの?」
よく見ると、さっきの泥だらけの野良犬も一緒に逃げてきていて、泥も大雨ですっかり落ちていた。すぐ、わたしの隣で、プルプルと毛についた水を払うように身震いする。わたしも既にずぶ濡れだったから、その水滴が袴の裾に飛んできても目くじらは立てなかった。
そうしたら、その姿は、白くて、ちょっとシュッとした感じのほっそりした面立ちで。
「え。あー。犬じゃなくて、キツネだったのね」
「……ふう。酷い目に遭ったわ」
どこからか、清涼感のある女性の声が聞こえてきた。
気づいた時には、キツネがいた場所には、白拍子っぽい服装をした白銀髪の絶世の美女が立っていて、わたしにニッコリ微笑んだ。
(うわぁ。綺麗なヒト)
女性なのに、すごく背が高い。
よく見ると、その耳は大きな三角のモフモフした狐の耳。フサフサの尻尾もあるみたい。
「祟り神だなんて言われて【御社持たず】になった神の眷属の末路なんて、悲惨なものね。汚い野良犬呼ばわりされて、野蛮な人間に棒で叩かれ、挙句、抜身の仕込み杖をぎらつかせられながら、しつこく追い回されるんだから」
「オヤシロモタズ? じゃあ、あなた、元は、お稲荷さん??」
わたしが不思議そうに尋ねると、その白銀キツネ耳の白拍子はクスと困ったように苦笑する。
「まあ、そんなトコロかしら。正確には、私は神使だけれど」
「お稲荷さんなのに、どうして、『祟り神』なんて呼ばれたんですか?」
「簡単なことよ。稲荷の主祭神に祈願しにきた、さる豪商が事業に大失敗したの。とはいえ、神にだって、願いを叶える相手を選ぶ権利はあるもの。その豪商はたいそう欲深でご利益を与えるに値しなかったから、適当に放置していたら、仕返しされたの」
わたしは困惑してしまった。
「……神様なんですよね?」
「神様じゃなくて神の眷属!」
「あっ。ごめんなさい。けれど、神様が人間に仕返しされるなんて事、あるんですか?」
「それがあるのよ。だって、神が神でいられるのは、それだけたくさんの信者がいる、ということだから。でも、ほら、巷で流行っているでしょ? 野良犬が媒介する病気――」
「ああ! 狂犬病!!」
わたしが心得たように目を見開いて、ポンと手を打つと、元お稲荷様は悲しそうに眉を下げる。
「私がキツネだから、私の主祭神まで、『その病を流行らせる瘴気を放っている』って難癖つけられて。信者だった人達も病を恐れるあまりに、悪徳商人らに煽動されるまま、私達の御社をぶち壊したの。その際、破壊された御社の倒壊に巻き込まれて、死傷者が何人か出てしまって。それを嘆いて、私の主祭神はお隠れになり、眷属の私も、大御神様に神格を取り上げられたのよ」
「ええっ? 天災に遭ったなら、ただただ、お気の毒って心が痛みますけど。人の手で壊して、そうなったなら、それ、御社壊した人の自業自得ですよね??」
「それでも、私達の領分が血の穢れに染まったことに変わりはないし。主犯は悪徳商人で、ソイツは無事なまま、煽動された実行犯の元信者の人ばかりが非道い目に遭ったから」
「……」
わたしは、キョロと辺りをもう一度見回した。
すると、鳥居の両脇に何かの像の残骸もあった。
わたしは、てっきり、阿吽の狛犬だと思っていたんだけれど。8割が壊れて、足先ぐらいしか残ってないから、これらが狛犬である確証はない。そして、真紅の腹掛けの残骸っぽいものも落ちていた。
あれが、実は、狛犬でなく雌雄の狛狐だったとしたら――。
「……もしかして。ココが、その神社ですか?」
「あら。よく分かったわね」
あっけらかんと言う元お稲荷さんに、私は、ガクンと肩を落とした。
(そんな偶然ってある!?)
だけれど、よくよく考えたら、壊された御社がココだからこそ、「このヒト」がキツネの姿で付近をウロウロしていたという訳で。
「……なんで、泥だらけだったんですか?」
「兵隊ゴッコしている子供達に竹槍で狙われて。逃げている間に肥溜めに落っこちたのよ」
「いやいや。元神様なら、それこそ、ご神力とかで何とか……」
「だから! 神じゃなくて、神使!! 神格を取り上げられたんだから、今の私に出来るのは、人間に化ける事と狐火を出すくらいの事しか出来ないわ」
「でしたら、狐火で驚かせて追い払えば――」
「加減が効かないのよ。無礼な子供達だけれど、流石に、それだけで黒焦げにしてしまったら、申し訳ないし。人殺しなんてしたら、ますます私の神格復帰が遠のくでしょ?」
子供達を心配しているんだか、自分のためなんだか――。
ただ、竹槍もそれなりに殺傷能力のある武器だから、それを遊びに使う子供達にも少し問題があるし。仮に反撃して悲惨なことになっても、或る意味、正当防衛ともいえるところを「逃げるが勝ち」で済ませたのは、やっぱり、信者を見守っていた神様の御使いだったからなのかもしれない。
私は少しモヤモヤしながらも、とりあえず訊いてみた。
「ええと……。あの、元神様の御使いにこんなこと、おっしゃるのは失礼かもしれませんけれど。お名前をお伺いしても?」
「神格を失っているんだから、元の名前は名乗れないわ」
「では、なんとお呼びすれば……」
「そうねえ。じゃあ、『ヨーコ』でいいわ」
「……妖狐?」
ダジャレのつもりかな? って、私はますますモヤモヤしてしまった。
でも、すごく分かりやすいから、理には叶っている。
「人間らしくした方がいいなら、あなたが好きな漢字をつけなさい」
「そんなこと、急に言われても……」
私がまごまごしていると、廃神社の鳥居の向こうで、ワンワンッと、今度こそ本当に野良犬の声が聞こえてきた。
頓に、ザザァッと風が吹いて、次の瞬間、ヨーコ様は消えていた。
「……?」
私は首を傾げた。
(妖狐なのに、犬が怖いのかな?)
ただ、普通のキツネなら毛皮目当ての狩りに遭って猟犬に追い回されることもあるし。悪霊やアヤカシの類なら、犬とか猫とかに見破られて退散する、という話も聞く。
「……。まあ、いっか」
通り雨だったのか、ヨーコ様が消えた直後に止んで、空には黒い雲もない。
けれど、街並みより彼方に夕日は落ちて、見渡すところ、爽やかな群青色に。すっかり辺りは暗くなってしまっていた。
「あれだけ綺麗な女の人だから、漢字を当てるなら、やっぱり『蓉子』か『瑤子』かな? あ。でも、お稲荷様なのか」
稲荷神は、商売繁盛の神様という印象が強いけれど。その名に「稲」の漢字が入っている通り、元々は、農耕神だ。
「男の人なら、太陽の『陽』と農耕の『耕』で『陽耕』もアリだったかも」
つぶやいたところで、あんまりのんびりもしていられない。
夜間の女性の1人歩きは危険なので、私は廃神社を出て、下宿先へと足を速めたのだった。
<執筆後記>
本来、短編として書いていたのが思いのほか長くなってしまい、読みやすさの観点から、短編連作でなく中編連載とした方が良いとの判断にいたった結果の新連載です。
本作は、現在のところ、10~15話くらいでの完結を見込んでおります。
いずれにしても、この物語も、設定的には、まだまだ色々広げられそうな部分があるので、気が向いたら、完結後に第2部スタートとなることもあるかもしれません。
そのような訳で――。
もし、この作品が、何か皆様の琴線に触れることがありましたら、ご反応、ご感想いただけますと本当に嬉しいです。それは書き手として、大変励みになりますし、ありがたいことです。
メンタルどん底状態では、まったく何も浮かばないというか、書こうとしても筆が止まって、頭が真っ白になってしまう。そういう経験をしましたので。
つたない作品ではありますが、どうぞ、今後とも、よろしくお願い申し上げます。




