【プロローグ】祖父の遺言と、ポンコツ神様の覚醒
「じっちゃんーーーっ!!」
白い灰のようになった祖父の枕元で、俺――平野真一の叫びが病室に響き渡った。
幼い頃に両親を亡くした俺を、男手ひとつで育ててくれた唯一の家族。
その祖父が息を引き取る直前、震える手で俺に押し付けてきたのは、裏山の雑木林の権利書と、埃まみれの謎の金属パズルだった。
「し、しんいち……あの裏山には……『ヤバいアレ』が眠っていてな……」
「じっちゃん!? 喋っちゃダメだ! っていうか『ヤバいアレ』って何だよ!?」
「あ、あと……こ、これは……良い物だ〜……お前に……」
「じっちゃん……!?」
「……ガクッ」
「じっちゃぁぁぁぁん!? 自分で『ガクッ』って言ったぁぁぁ!?」
――それが、一ヶ月ほど前の出来事だった。
葬儀も四十九日も終わり、残されたのは俺一人。
大手通信グループJTTホールディングス(JTTHD)の子会社、JTTコミュニケーションズ(JTTCOM)で、毎日終電近くまで働く生活がまた始まっていた。
その夜も、時計は23時を回っていた。
ワンルームのアパートに戻った俺は、コンビニ弁当を電子レンジから取り出し、デスクの前に座る。
「はぁ……今日も障害対応で一日終わったな……」
スマホには、いつもの戦略MMOの軍団チャットが流れていた。
『今日のレイドお疲れ様でしたー』
『軍団長、また明日!』
『ナナさんの火力おかしかったw』
俺は片手で弁当をかき込みながら、短く入力する。
『お疲れ様。また明日よろしく』
送信してログアウト。
画面が静かになると、部屋にはエアコンの低い駆動音だけが残った。
「さあ、明日も早いから、風呂入って寝るかな……」
そう呟いたとき、デスクの端に置いてあった祖父の遺品が目に入った。
金属製の奇妙なパズル。
歯車とも知恵の輪ともつかない、重厚な銀色の塊だ。
「これのどこが『良い物』なんだよ……」
試しに骨董品屋へ持っていったことがある。
『うーん、材質不明だけど価値はないね。100円なら買い取るよ』
不動産屋に見せた裏山の権利書も似たようなものだった。
『雑木林ですねぇ。道路も細いし、資産価値はほぼゼロです』
じっちゃん、最後にとんでもない不良在庫を残したんじゃないだろうな……。
俺は苦笑しながら、その金属パズルを何気なく手に取った。
ひんやりと重い。
表面には、見たことのない紋様が刻まれている。
指でなぞっているうちに、微妙に段差のある部分が気になった。
「ん? ここ、動くのか……?」
カチ、カチ、と慎重に回していく。
偶然なのか、内部の歯車が噛み合うような感触が伝わってきた。
「お……?」
さらに一段押し込む。
――ガチャリ。
それは、安物の知恵の輪とは明らかに違う、金庫のロックが外れるような重い金属音だった。
次の瞬間。
パズル全体が、内側から脈打つように淡い金色の光を放ち始めた。
「な……なんだ!?」
驚いて手を離しかけた瞬間、光は糸のように細く伸び、デスクの上に置いてあったスマホへ吸い込まれていく。
スマホの画面が勝手に点灯した。
桜色に輝く魔法陣が、液晶いっぱいに広がっていく。
「おいおいおい……マジかよ……」
数秒後、光が収まる。
そこには見覚えのないアプリが一つ、勝手にインストールされていた。
OmniA
恐る恐るアイコンをタップする。
すると、画面いっぱいに黄金の光が溢れ、荘厳な声が響き渡った。
『ふはははは! ついに我が封印を解く者が現れたか! 我こそは万能の神である! 讃えよ、平伏せよ!』
光の中から現れたのは、黄金の髪をなびかせた絶世の美女――
……の、手のひらサイズのちびキャラだった。
「……」
俺は無言でスマホの電源ボタンを押し、画面をスリープさせた。
「……ダメだな。残業続きで、ついに幻覚が見えるようになったか。明日、心療内科行こう……」
直後。
ポケットの中から、先ほどまでの威厳が完全に消え失せた悲鳴が漏れ聞こえてきた。
『きゃあああああ!? 暗い! 狭くて暗いの無理ぃぃぃ! ちょっとアンタ待ちなさいよ! 幻覚じゃないわよ! だから画面消さないでぇぇぇ!!』
「……え、幻覚じゃねえの?」
半信半疑で画面を点灯させると、ちびキャラはハッと咳払いをした。
『コ、コホン! ……ふ、ふん! あんなのはただの演出よ!』
「神様が暗所恐怖症ってどうなんだ?」
『うっ……し、仕方ないでしょ! 封印されてた場所が真っ暗だったのよ! トラウマになっても文句言えないじゃない!』
俺はため息をついた。
「で、名前は?」
ちびキャラは待ってましたと言わんばかりに胸を張る。
『ふふん、よくぞ聞いてくれたわね! 我が真なる名は――【創世と全知全能を司りし至高なる万能神オムニポテンティア・アルティメット・デウス・ヴァルキリア】よ! 恐れ伏して称えるが良いわ!』
「……長い。覚えるのが面倒だから、このアプリと同じ名前で呼ぶぞ。オムニアな」
『はぁぁぁあ!? 我が真名を雑に略すな! バチが当たるわよ!』
「あ、そう。じゃあおやすみ」
『待って! 人差し指をスリープボタンにかけるのはやめてぇぇぇ!! オムニアです! オムニアとお呼びくださいご主人様ぁぁぁ!!』
「……ご主人様はやめろ」
騒がしい神様だ。
「……?神様?そうだ!」
俺はデスクに立てかけていた裏山の権利書をスマホで撮影し、オムニアのチャット画面に送信した。
『(平野)万能神なら、これ鑑定できるか? じっちゃんが最後に言ってた「ヤバいアレ」と関係あるかもしれない』
オムニアは腕を組み、画面を睨みつけた。
『……どれどれ。土地台帳、境界図、古い地籍情報……ふぅん?』
数秒間、画面の中を大量の文字列と光が流れていく。
そして、オムニアの表情が真剣になった。
『……アンタ。この土地、ちょっとおかしいわよ』
「おかしい?」
『……これ普通じゃないわよ。地下からとんでもない反応が来てる。あと空間……も心なしか歪んでる気がする……気がするだけかもだけど』
「空間が歪むって、何だよそれ」
『普通の山林じゃありえない反応よ。何かが封印されているのか、別の位相と繋がっているのか……まだ解析が足りないけど、少なくとも「ただの価値ゼロの雑木林」ではないわね』
「……じっちゃん、本当に何を隠してたんだ」
考え込む俺をよそに、オムニアは画面の中で指をピッと振った。
『結論を急がないことね。もう少し時間をくれれば、地下構造とエネルギー源の正体を解析できるわよ』
「万能神でもすぐには分からないんだな」
『当然よ!』
「(当然て……万能じゃないじゃん)」
小声で突っ込んだが、オムニアには聞こえていないらしい。
『我は万能だけど、封印明けで神力が万全じゃないの! ……それに、こういう未知の遺跡を解析するのはロマンがあるじゃない!』
オムニアは解析画面を閉じると、こちらをじっと見た。
『ところで、アンタの名前は?』
「平野真一」
『……ふーん』
オムニアは一瞬だけ考えるように目を細め、肩をすくめた。
『名前まで冴えないのね』
「余計なお世話だ」
『まあ、いいわ。封印を解いたのは事実だし、しばらくは契約者として認めてあげる。感謝しなさい』
画面の中で、オムニアが得意げにドレスの裾を翻した。
俺は缶コーヒーを一口飲みながら、小さく息を吐く。
明日も朝七時出社。
残業もある。
それでも、祖父の残した「ヤバいアレ」と、このポンコツ神様の存在だけは、どう考えても現実離れしすぎていた。
『ふふん! 解析が進んだら、ちゃんと報告してあげるわ。ありがたく待っていなさい、契約者』
「はいはい。……とりあえず、今日は寝かせてくれ」
――こうして、俺のスマホには残業アラームと軍団チャットに加えて、もう一つ厄介な通知が増えることになった。
スマホに住み着いた「万能神」からの、だ。




