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非エス三原則のハットを破り、フラチに恋慕るユリとユラ ~大正から令和へ受け継がれる百年の掟を打ち破らんと、二人の乙女が愛を誓う~  作者: 団田図


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第40話 自由な未来

 前代未聞の熱狂を巻き起こした超絶大ロングラン舞台の大成功から数日後。

 帝都・東京の最高級ホテルの巨大なバンケットルームにおいて、年に一度開催される「華ノ乙女ノ歌舞劇會會員役員総会」が開かれていた。

 会場には、親会社である「さぬきホールディングス」のオーナー社長を筆頭に、御子柴みこしば理事長をはじめとする重役陣、そして華會に所属するすべての劇會員が一堂に会している。


 広大な会場の壇上に立ち、冷徹な声で進行を務めているのは、マネージャーの氷室弘樹だった。

 彼は銀縁眼鏡を微かに押し上げると、静まり返った会場に向けて、歴史的な議題を口にした。


「本日の特別動議に移ります。創設者・飯倉蘭様より正式に提出された、『非エス三原則』の完全撤廃を求める推薦状を参考とした決議です」


 その言葉に、会場が大きくざわめいた。百年間、乙女たちを縛り付けてきた絶対的な掟の撤廃。

 たまらず、最前列に座っていた御子柴が立ち上がり、声を荒らげた。


「待て、氷室!創設者の意向とはいえ、あの三原則は我々が百年にわたって守り抜いてきた劇會の秩序そのものだ!それを撤廃し、団員同士の私情を公に認めるなど、伝統を汚す行為に他ならない。スポンサーの皆様も到底納得されまい!」


 保守的な重役たちが次々と同調の声を上げる。劇會員たちが不安そうに息を呑む中、氷室は一切表情を変えず、手元の端末を操作した。

 背後の巨大なスクリーンに、圧倒的な数字のグラフとデータが次々と映し出される。


「ご覧ください。先の百周年記念特別公演『凍てつく星のシベリア~完全編~』が叩き出した、興行収入、関連グッズの売上、映像配信の利益、そして国内外のメディアからの絶賛の評価です。……これらはすべて、劇會百年の歴史において、過去のいかなる公演をも凌駕する、空前絶後の最高利益です」


 氷室の冷たく研ぎ澄まされた声と、圧倒的な事実の前に、御子柴たちの抗議の声がピタリと止んだ。


「劇會は巨大なビジネスです。そしてビジネスにおいて、これほどの利益と熱狂を生み出すものこそが絶対的な『正義』。時代遅れのルールで、この至高の芸術家でもある役者たちを縛り付け、その輝きを殺すこと……それこそが、我々にとって最大の損失であると断言します」


 氷室の冷徹で隙のないロジックは、最強の防波堤となって保守派の異論を完全に封じ込めた。

 オーナー社長が深く頷き、賛成の意を示すと、もはや御子柴たちに反論の余地は残されていなかった。

 採決が取られ、満場一致で「非エス三原則」の撤廃が正式に可決された。


 百年間、数多あまたの乙女たちを苦しめ、創設者たち自身をも引き裂いてきた冷酷な掟の檻が、ついに完全に打ち砕かれた瞬間だった。

 会場の劇會員たちから、割れんばかりの歓声と喜びの涙が溢れ出す。天海ユリと八千草ユラもまた、仲間たちの輪の中で、誰の目も気にすることなく堂々と互いの手を強く握り合い、熱い視線を交わしてから力強く抱擁した。


 総会で全会一致の可決を見届けた後、氷室は一人、銀座華劇場の執務室へと戻っていた。

 窓の外には、夕暮れに染まる帝都の街並みが広がっている。

 冷徹なビジネスパーソンとして、劇會の利益を管理し、いくつもの若き才能の火種を無慈悲に消し去ってきた彼の手で、ついに歴史の重い扉はこじ開けられたのだ。


「……まったく、世話の焼ける演劇バカばかりだ」


 氷室は銀縁眼鏡をゆっくりと外し、窓ガラスに映る自身の顔を見つめた。

 その顔には、いつもの爬虫類のように冷たい無機質な表情はなかった。初めて見せる、氷が完全に溶け去ったような、穏やかで深く満足げな微笑みが浮かんでいた。


 +++


 掟が撤廃され、自由で新しい風が吹き抜ける華ノ乙女ノ歌舞劇會。

 ユリはさぬきでの特別公演の出張を終え、本拠地である東京・銀座華劇場へと戻ってきていた。

 そして、ユラもまた、さぬきでの圧倒的な実績と特別公演での大成功が評価され、堂々と東京の組への凱旋異動が決定した。


 銀座華劇場の廊下。

 ユリとユラは、もはや薄暗い倉庫や夜のベランダでコソコソと隠れる必要はなかった。二人は堂々と隣に並んで歩き、すれ違う劇會員たちと笑顔で挨拶を交わしている。


「ユリユラ先輩!おはようございます!」


 桜組の長谷部リコが、純粋な憧れの眼差しを向けて手を振る。藤組の岡村マキも「もう私がダシに使われなくていいから楽になったわ」と呆れたように笑いながらウインクを投げてきた。


 仕事としての最高の舞台と、互いへの狂おしいほどの恋慕。その両方を完全に手に入れた二人の間には、隠し事が一切なくなったことで、演技にもより一層の磨きがかかっていた。互いの存在が最大のインスピレーションとなり、舞台上で放つアンサンブルは、もはや誰にも真似できない至高の芸術領域へと達していた。


+++


 抜けるような青空が広がる、銀座華劇場の屋上。

 心地よい東京の風が、ユリの短い髪とユラの艶やかな黒髪を揺らしている。

 誰もいない空間で、ユラは躊躇ためらうことなくユリの正面に立ち、その首元へ白く細い腕を回した。


「本当に、夢みたいね」


 ユラが愛おしそうに目を細め、至近距離でユリを見上げる。その大きな瞳は、隠すことなくユリへの貪欲な愛情をたたえていた。

 ユリは自身の大きな手を伸ばし、ユラの華奢な腰を引き寄せると、もう片方の手でユラの頬を優しく撫でた。


「ああ。……でも、これは夢じゃない。俺たちが、自分たちの手で勝ち取った現実だ」


 ユリの涼しげな目元に、ユラへの果てしない慈愛が満ち溢れる。

 不器用だったユリは、もうユラの愛から逃げない。ゆっくりと顔を近づけ、青空の下で堂々と、その艶やかな唇に深く、甘い口づけを落とした。

 ユラは嬉しそうに喉の奥で声を鳴らし、ユリの広い肩にそっと頭を預けた。

 百年前の創設者たちが果たせなかった想いを受け継ぎ、時代が押し付けた檻を自分たちの愛で打ち壊したふたりの乙女。


「これからは、舞台の上でも、降りた後でも……ずっと一緒よ、ユリ」

「ああ。俺たちの新しい舞台は、まだ始まったばかりだ」


 青空の下、二人は互いの体温を確かめ合うように、しっかりと手を繋いだ。

 百年の掟の足枷あしかせから完全に解き放たれ、どこまでも自由に、輝く未来へと躍進していく二人の姿は、美しく壮大な浪漫劇として次の百年に向けて長く語り継がれることとなった。

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