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第2話 遠い再会、夢現(まぼろし)の狭間

 いつもの見慣れたはずのバス停。けれど、この街の空気はどこか肌を刺すように冷たい。

 バスを待つ列の中で、庚はふと足元をふらつかせ、隣に立っていた人物に肩をぶつけてしまった。

「……あ、ごめんなさい」

 慌てて謝ろうとした庚の言葉が、喉の奥で凍りついた。

 隣にいたのは、見上げるほど背の高い男子高校生。鋭く、厳つい眼光が、射抜くように庚を捉えている。その胸元には、自分と同じ瑞波(みずは)学園の校章が鈍く光っていた。

 彼が庚を睨みつけた瞬間、左手の甲の『猫』が、悲鳴を上げるように脈打った。

 彼の方も、目に見えて不機嫌そうなオーラを纏い、眉間に深い皺を刻んでいる。

 庚は申し訳なさそうに顔を伏せ、ただ身をすくめてバスの到着を待つしかなかった。


 庚を睨みつけてきた少年、加賀美流(かがみながれ)は目の前の少女に一瞬だけ申し訳なさそうに身をすくめて顔を伏せている少女に、わずかな引っかかりを覚えた。

 もしかして、庚か? その疑問に打ちひしがれながら顔をふいっと逸らせば、流は小さくちっと舌打ちをした。

 早くバス来ないだろうか、調子が狂う……。


 学園の正門に辿り着くと、そこにはひときわ目を引く好少年が立っていた。

 周りの生徒たちにちやほやされ、少年は愛想よく微笑んでいる。けれど、その瞳の奥はどこか虚無的で、心ここにあらずといった様子だった。

 ふと、庚の姿を認めた瞬間、少年の表情が春が来たようにぱっと明るく華やぐ。

「おはよう、庚!」

 少年は溢れんばかりの情愛を込めて、弾むように駆け寄ってきた。

 周りの視線がこちらに注目されて気になって仕方がない。

 それにバス停で睨みつけてきた少年の視線が、まだこちらに残っている気がした。

 その視線が冷たく、怖かった。

 それ以上に、周囲の注目が痛くて、余計に居心地が悪い。

 転校してきたばかりで右も左もわからなかった時、一番先に優しく手を差し伸べてくれた人、確か夢睦だっけ。

 けれど、今の庚にとって、その真っ直ぐな熱量はあまりに眩しすぎた。

「……あ、うん。おはよう、夢……さん」

 他人行儀な庚の返事。夢の瞳に一瞬だけ寂しげな色が走るのを、庚は気づかない振りをすることしかできなかった。


(やっぱり、覚えてないか……)

 遠慮がちに自分の苗字で呼ぶ彼女の態度に、睦の胸がちくりと痛む。

 どこか、彼女の手が震えてる気がした、手を繋ぎたかったが、スタスタと歩き去る彼女の背中を左の手の平にある『子』が主人の孤独に呼応するように、重く、鈍く疼いた。


 やがて訪れた休み時間。

 校舎の裏手、人目のつかない場所で、一匹の「獣」がうずくまっているのを庚は見つけた。

 この街に潜む守護獣か。その足には深い傷を負っており、痛みに激しく顔を歪めていた。

「大丈夫……? その怪我……」

 獣は怯えたように視線を泳がせた。

(……治さなきゃ)

 理屈ではない本能が、庚を突き動かす。そっと傷口に手をかざすと、耳元で涼やかな鈴の音が響いた。

「……『鈴癒(りんね)』」

 柔らかな黄色の光が獣を包み込む。瞬く間に傷は消えた。

「……すごいね」

 不意に聞こえた声に、庚ははっと振り向くと、そこには、おどおどとした、幼さの残る少年が立っていた。

 自分の力を見られた。まずい、という焦燥感が庚を襲う。彼女は申し訳なさそうに軽く会釈をすると、逃げるようにその場を走り去ってしまった。

(あ、待って……!)

 少年の呼び止める声を背に浴びながら、右手の甲の『猫』が、警告するようにズキンと強く痛んだ。


 その様子を、2年B組の窓から冷徹に見下ろしている少年がいた。雷だ。

「……りんねか」

 にやり、と唇が歪む。

 やはりな、という確信。あの獣を傷つけておいて正解だった。

 

 一方、壁の陰でその光景をすべて見届けていた睦は、静かに拳を握りしめた。

(やはり君だった。ピースが、ようやく噛み合った)

 そっけない庚の態度に、一瞬だけ不安がよぎった。

 本当に、あの庚なのか

――恋を誓った、あの彼女だったはずの存在。

 けれど今、それは確信に変わった。

 あの凄惨な過去。

 君の両親を助けられなかったあの日から、

 そして、君と交わした約束の日から、僕の時計は止まったままだった。

「……何があっても君を守る。あいつの呪縛から解き放ってみせる」

 睦の瞳に、宿命を背負った『子』の一族としての激しくも静かな覚悟が宿った。

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