表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

第1話 追憶の夕焼け、目覚めの鈴(おと)

第1話 追憶の夕焼け、目覚めのおと


 ゆっくりと沈む夕日。

 港へと帰る漁船のエンジン音が、遠くで心臓の鼓動のように響いている。

 すべてがスローモーションに見える。(かのえ)はぼんやりと、自分の手の甲を見つめた。

 そこには『猫』という文字が、陽炎のように薄く浮かんでいる。

「……いつから、これがあるんだっけ」

 思い出そうとすると、頭の奥が霧に包まれたように白くなる。

 大切な何かを、この街に置いてきたような違和感だけが、ずっと胸に澱んでいた。

 不意に、スマートフォンの震動が思考を遮った。画面には養父、涼風冴(すずかぜさえ)の名前。

(もう帰る時間くらい分かってるわよ、しつこい……)

 ため息をつき、無言で養父からの着信を切り、重い腰を上げたその時だった。

――ズシンッ!

背後で、空気が震えた。


 その衝撃を、高みから見下ろしている者がいた。

 その少年、夢睦(ゆめちかし)の瞳には、夕日に染まる町――かつて「彼女」と笑い合った思い出の景色が映っている。

 ふと左の手の平を見れば、そこには『子』の文字。

 毎日、この文字に誓ってきた。いつか必ず、彼女を見つけ出すと。

 その時、左手に焼けるような痛みが走った。

「っ……共鳴してるのか……!?」  

 睦が下を見下ろした瞬間、心臓が跳ねた。

 そこにいたのは、ずっと探し続けていた、忘れもしない後ろ姿だった。


――もうだめだ。

 そう思ったとき、鈴の音が聞こえた気がした。と同時に、鮮烈な黄色の輪が視界を走る。  

 その輪は吸い込まれるように、獅子の鳩尾に突き刺さった。


 はっと目を覚ますと、そこは無機質な自分の部屋だった。

 さっきの夕日の光景、巨大な獅子、鈴の音……。すべてが夢のようだが、手の甲に残る鈍い熱だけが、嫌に現実味を帯びていた。

「…………」

 だんと、乱暴な音が聞こえ、どきりとして顔をあげると、ドアの隙間に、仮の兄

九十九雷(つくもあずま)が立っていた。

 雷も涼風の養子だ。

 この街に来たとき、一緒に暮らすことになった。理由は知らない。

 それよりいつからそこにいたのか、物音一つしなかった。逆光で顔はよく見えないが、彼がまとう空気だけがひどく冷たく、湿っている。

 血の繋がっていない、仮の兄の存在。養父の計らいでこの街に戻ってきてから、彼は以前にも増して、私を閉じ込めるような視線を送ってくるようになった。

「……学校、遅れるぞ」

 低く、抑揚のない声。

 乱暴に叩かれる扉の音よりも、その静かな声の方が、庚には何倍も恐ろしく感じられた。

 返事をする前に、雷は音もなく姿を消した。

 庚はうんざりしたように溜息をつき、二度寝したい欲求を抑えてベッドから足を下ろした。

 窓の外には、かつて両親と暮らしたはずの街が広がっている。

 まるで、自分だけがこの街に属していないみたいだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ