51. エピローグ それぞれの明日へ(完)
山あいの地に、ひとつ、またひとつと季節が巡っていった。
特訓が始まった当初、ジャンはラルフさんのしごきに息を切らし、魔力の制御にも悩むような事もあったが、今では見違えるような佇まいを見せている。
「――そこだっ!」
山頂近くの開けた場所で、冷気を纏った青い軌跡が閃いた。
ラルフの大剣とジャンの氷結の剣が正面から激しくぶつかり合い、金属音とともに鋭い風が周囲の木々を揺らす。
「へっ、いい腰の入りになったじゃねえか!」
ラルフが楽しそうにニカッと笑い、手応えを感じながら大剣を引き戻した。
リセは、汗を拭いながら剣を収めるジャンの横顔を見て、「男らしくなったなぁ」とふと胸がキュッとなった。
出会った頃は、リセとあまり変わらぬ身長だった少年は、すっかりたくましい青年へと変わりつつある。
◇
ジャンが剣技を磨く一方で、私も負けてはいられなかった。カトリーンさんに教えを請いながら気配察知や結界魔法を猛特訓し、素材集めに精を出していたのだ。
とにかく収納が大きなマジックバッグをおじいちゃんが持たせてくれたおかげで、珍しい素材を見つけると、次々に収集して保存していった。たまにラルフさんが転移のスクロールを使って、素材の一部をおじいちゃんへ届けてくれたりもした。
おじいちゃんが、若い頃に焦って一緒にしまって、ポーチのなかで爆発させたという『破裂石』と『空間トカゲの抜け殻』も、足が竦むような乾いた崖の上で無事に採取成功!
月明かりの夜にしか採取できない『月光花の月明かりの雫』や、この山の川でしか取れない『宝石白砂』。ブランの閉じ込められていた本に書いてあった『瑠璃透かしの葉』、『爆ぜ胡桃』に『シャボン草』など、初めて見る珍しい素材も多く、その度に私は大興奮だった。
美味しい食べものもたくさん見つけた。深い渓谷の奥に群生していた半透明のカラフルな小さな実は、収穫の時に力を入れすぎると割れてしまうけれど、食べるとふんわり甘酸っぱくて癖になる味だった。
森の奥に1本だけ離れて生えていた『雲の木』には、高い木の上の方にだけふわふわの実がなっていて、ジャンとラルフさんも喜んで収穫に協力してくれた。ブランなんて体中ベトベトになりながら、一番美味しい実を抱き込むように食べていたっけ。
本業である修復の訓練も、洞窟や作業スペースがある時にジャンと一緒に頑張った。
みんなの剣や防具のメンテナンスはもちろん完璧だし、工房の地下室にあったポーチ型のマジックバッグや、ブランが入る用の特製ポーチも無事に使えるようになっている。
修復師としても、冒険者としても成長を感じていた。
◇
私たちが山奥で着実に実力を蓄えていた頃――。
港町ノープスのギルド長室では、ダグラスさんが渋い顔で一通の報告書を見つめていた。向かいに座るヴァルカンも、お茶に口をつけながら、重々しい溜め息を吐き出した。
「……やはり、隣町のも同じだったか?」
「ああ。隣町でも、港を襲ったあの『合成竜』と同じようなものが出たようだ……何者かが人工的に魔物を引き寄せ、繋ぎ合わせた痕跡が出た。ラルフが救援に行ったアルクトスの巨大魔物の上位版の可能性があるな」
「ジャンの昔見た魔物も関係あるのかもな」
「誰が何のためにこんな恐ろしいことを……必ず止める!」
ダグラスさんは固い決意を込めて報告書を握りつぶした。
◇
星が煌めく夜だった。温かな食事をとった後、ジャンが意を決したように切り出した。
「ここでの修行を始めてだいぶ経ちました。俺も冒険者として独り立ち出来るぐらいには強くなれました。何も返せるものが無くて心苦しいのですが、今まで本当にありがとうございました」
「えっ? ジャン一人で行くつもりなの?」
カトリーンさんが、ジャンの腕を掴んで問いただす。
「はい。これ以上は申し訳ないですし、まずは、叔父を探してみようかと思っています」
カトリーンさんは困ったようにラルフさんと私を見つめた。
一人で行く……? ジャンのその言葉を聞いて、私の胸はギュッと締め付けられた。
少しだけ考えを整理してから、私はまっすぐにジャンの目を見つめた。
「私、ジャンと一緒に行くわ! 珍しい素材にたくさん出会えたもの。素材を集めながら、修復が必要なものを探すの。体力もついたし、結界も上手に使えるようになったし、足手まといにはならないわ」
本気で想いを伝える私に、ジャンはたじろいだ様に目を泳がせた。
「いや、でも俺は何も返せないんだ……」
申し訳なさそうに下を向くジャン。
「私に何か返す必要なんてないわ。逆に一緒に行ってくれるジャンに何か返せるかしら? メンテナンスはしてあげられるけど」
私がそう言うと、静かに聞いていたラルフさんが豪快に笑いはじめた。
「いや、いいな。俺も一緒に行かせてくれ! 役に立つぞ。ちょっとジジイから調べ物を頼まれてな。ジャンと一緒だと捗りそうだからな」
「えっ! 私だって役に立つわよ。ジャン! 私もしっかり仲間に入れて! お願いよ」
カトリーンさんがラルフさんの宣言に慌てて、自分も連れて行けと圧をかけてくる。
「え、えぇ……!? でも、みんな……」
自分を想ってくれるみんなの気持ちに戸惑うジャン。私はその袖口をぎゅっと引っ張って、恥ずかしさを隠すように下を向きながら呟いた。
「ジャン。私、ジャンが来てから凄く楽しかった。修復作業も、素材集めも一緒にできて良かった。だから……、一人で行くなんて言わないで」
「リセ……。……うん。ありがとう、みんな! 僕と一緒に来てください!」
「えっえっ何?美味しいもの探し置いてかないで〜!」
食後のデザートのプリンに夢中だった、ブランが乗り遅れまいと必死にクルクルと宙を舞った。みんなの間に弾けるような笑顔が広がった。
◇
翌朝。すっかり追っ手を振り切った山をあとにし、私たちは新たな一歩を踏み出した。
『合成魔獣』の謎、ジャンの過去、そしてまだ見ぬ叔父さんの行方――これから先、どんなトラブルや修理難関が待っているかは分からない。
だけど、腕利きの修復師である私と、頼もしい仲間たちが一緒なら、どんな困難だって乗り越えていける。
眩しい朝日が照らす青空の下、私たちの新しい旅が今、はじまる!
(完)
これにて完結とさせていただきます。
ジャンの過去や合成魔獣の真相など、まだまだ回収しきれていない世界の謎や旅の続きは残っていますが、本作は『未熟だったリセが大切な仲間と出会い、一人前の修復士として自分の足で未来へ踏み出すまで』の物語として、ここで一区切りとさせていただきました。彼らの行く末を温かく見守っていただけたら幸いです!
最後までリセたちの冒険を見守り、お付き合いくださった読者の皆様に、心からの感謝を申し上げます。
本当にありがとうございました!




