1.初めての修復
はじめまして。
数ある作品の中から目に留めていただき、ありがとうございます。
本日より連載を開始いたします。本日は21時過ぎにもう1話投稿予定です。
GW中は朝7時半頃と夜に更新予定です!
ペンの先で、金色の魔力がパチリとはじけた。
薄暗い工房に、微かに手入れされた皮の匂いがふわっと広がる。
「……落ち着いて。ここを、こうして……」
リリスティア―下町の人々からは「リセ」と呼ばれる十二歳の少女―は、銀のペンを握る右手に、全神経を集中させていた。
作業台の上に広げられたのは、近所の『布革再生屋』のエレナさんから預かったスクロールだ。
腕利きの職人を抱えるあのお店でも「もう買い替え時かねぇ」と諦められていたボロボロの品。けれど、リセはまだ修復出来ると感じていた。掠れた文字の端と端にある、目に見えない魔力の「道筋」がまだ繋がると。
リセは、掠れた文字の端と端をじっと見つめ、その間にある目に見えない魔力の「道筋」を、指先の感覚でそっと手繰り寄せる。
普通なら見逃してしまうような、微かな回路の『淀み』。けれど、リセの瞳にはそれがはっきりと映っていた。
(……慎重に。息を止めて)
リセの指先が、ミリ単位で動く。
(繋がれ……!)
最後の一筆。ペンの先が、スクロールの上を動いた瞬間、キラキラと、金色の粉のような光が、工房の空気に舞った。
それは、窓から差し込む光を浴びて、まるで生きているかのように踊り、ゆっくりとスクロール全体へと降り注いでいく。
「……出来た。」
リセは、止めていた息を大きく吐き出した。
銀のペンの先からは、まだ微かに魔力の残光が揺らめている。
「おっ、おじいちゃん……っ!」
リセは自分でもびっくりして顔を上げると、大きな作業台の向こうで、おじいちゃんも目を丸くしてこちらを見ていた。
おじいちゃんはハッとして、慌てて手元の眼鏡を直すと、わざとらしいほど大きな足音で歩み寄ってきた。
「……何を呆けている。きちんと魔力の安定化処理までしないとダメだ。スクロールをダメにするつもりが?回路を繋いだ直後は、魔力が一番暴れやすいんだからな」
ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、おじいちゃんの視線は、リセが直したスクロールの「回路」に釘付けになっていた。
「あっ、はい……!」
「ほら、そこを『定着液』で押さえろ。回路が浮き上がってくる前にだ」
おじいちゃんに促され、リセは慌てて小瓶を取り出した。
慎重に、けれど確かな手つきで液を塗っていくと、金色の回路は紙の奥深くへと吸い込まれ、淡い光を宿したまま静かに落ち着いた。
「念のため確認しておくか」
おじいちゃんはそう言うと、自分が着けていた、インクで黒ずんだ革のエプロンを脱いで、革のメンテナンスクリーナーと共にリセの前に置いた。
「やってみろ。」
リセはゴクリと唾を飲み込んだ。
完成したばかりのスクロールに、祈るような気持ちで魔力を通す。
「……革のメンテナンス、お願い!」
スクロールがポッと温かい光を放つ。傍らに置いたメンテナンスクリーナーが魔法の光に巻き込まれ、霧のようにエプロンを包み込んだ。
金色の粒子が革のエプロンに吸い込まれていく。すると、黒いインクの汚れが光に押し出されるように浮き上がり、パラパラと灰のように崩れて消えた。数秒後、光が静かに収まると――そこには、見違えるほど艶々としてシミのないエプロンがあった。
「……出来た!」
リセは、エプロンを持ち上げて、端から端までじっくりと観察する。汚れは跡形もなく消えたようだ。
おじいちゃんは、眼鏡を指で押し上げながら、そのシミのないエプロンをじっと見つめた。
そして、リセの手元にある、年季の入った銀のペンに視線を移す。
それは伝説の修復師と呼ばれたおじいちゃんが、若い時に使っていた修復用の銀のペンで、リセの憧れだった。
「おめでとう、そのペンは約束通り、リセにやろう。」
「えっ……! おじいちゃん、本当にいいの……?」
「大事にするね!それでおじいちゃんみたいに何でも直せる修復師になるね」
リセは、自分の体温で温まったペンを、壊れ物を扱うようにそっと握りしめた。
おじいちゃんは、照れたように目をそらした。
「……よし。これで、また布革再生屋さんで活躍できるね!」
リセは満足げにスクロールを撫でた。
「エレナさんに、届けてくるね!」
リセが勢いよく立ち上がると、おじいちゃんが「少し待て」と片手を挙げた。少し慌てた様子で、背後の棚に山積みにされた修復済みのスクロールを、指先で弾くように確認し始める。
「……エレナさんのところへ行くなら、先にこれを届けてくれ。裏通りの古書店、あそこの店主から預かっていた『目録スクロール』だ。急ぎのようだったから、届けてやってくれ。」
おじいちゃんは、先程まで修理していた、古い革の紐で結わえられた、ずっしりと重みのある一本のスクロールを抜き出した。
「古書店の……カスパルさん?」
初めて、おじいちゃんの納品について行った時のことを思い出し、リセの口角が自然と上がった。
背が高く、眼鏡の奥の瞳が鋭くて、最初は「なんだか怖そうなおじさんだな」と身を縮めていたっけ。
けれど、帰り際。
彼は「これ、やるよ。」と棚の隅から一冊の古びた本を差し出してくれたのだ。
表紙は色褪せてボロボロだったが、ページをめくれば、本の中から蝶が飛び出してきてパタパタと羽ばたき、キラキラと光が舞う、魔法の仕掛け絵本だった。
(あの時、すっごく嬉しかったな……)
あの本は今もリセの宝物だ。夜寝る前に、時々取り出して見ている。
キラキラする光を見ていると、心の中のモヤモヤしていた気持ちが、スッキリして前向きになれる気がするんだ。
カスパルさんが、急いでいるなら早くスクロールを届けてあげたい。
リセは、ドアの横に掛けてあったお気に入りの少し厚手のコートに袖を通した。
「それじゃあ、行ってくるね!」
「あぁ、気をつけてな。……寄り道するなよ」
おじいちゃんのぶっきらぼうな見送りを受けながら、リセは二本のスクロールを抱え、工房の重い扉を勢いよく開けた。
カラン、と乾いたベルの音が響く。
第1話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
少しずつ成長していくリセと仲間たちを、一緒に見守っていただけたら嬉しいです。
現在20話までストックがありますので、まずはそこまで毎日更新していく予定です。
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これから、よろしくお願いいたします。




