メカニック郁
その夜。
俺は枕元のブザーで起こされた。
「はい」
一気に覚醒した。
何か夢を見ていたような気もするけれど、一瞬で吹き飛んだ。
『司令。不定期便です』
「分かった。すぐ行く」
『亜里沙を起こします』
「任せる」
俺が部屋を出ると部屋着から自動的にシャツ姿に変わった。
薄暗い共有スペースを抜けて明るいオペレーションルームに到着する。
「敵2体のみ。ギガントクロウです」
「行きまーす」
報告した岬さんと俺の間を亜里沙が走り抜けて行った。
「気を付けて」
「ありがとうございます」
背中に返事をされつつホワイトボードに目を向けた。
「初めての夜間戦闘だな」
ちなみにアストラルスペースには昼夜がある。疑似太陽と疑似月が出るようになっている。
星も見えるらしいが、地球から見える星空とは違うらしい。
不思議。
「幸い満月です」
「そうだな」
月明りがあると発見がしやすいのは当然の話である。
「亜里沙、月はあるけれど、軌道中はバーチゴに気を付けて」
『了解』
ふふふ。勉強済みだ。
バーチゴとは「空間識失調」のことだ。要するにどっちが上でどっちが下か分からなくなるみたいな状態のことだ。
もともとは眩暈のことらしい。
「まあ、亜里沙は適性Aなのでバーチゴ耐性がありますから」
「そうなのか」
それは知らんかった。
『タリホー』
敵発見の報告があった。
そしてあっけなく撃墜したのだった。
適性Aすごい。
『キル、リターントゥベース』
亜里沙が戻って来てキューブを岬さんに渡して、俺の前に立った。
「無事、撃墜しました」
「うん、ご苦労様」
撫で撫で。
ん?
撫で撫で。
ありゃ、まさか。
俺はタブレットで亜里沙のモチベーションポイントを確認した。
えっとー?
「ハグ」ってなってるんですけれども?
目の前の亜里沙がにこにこしている。今か、今かと待っている感じですか、それ。
女性をハグするなんて大学生の時以来な気がする。
ああ、職業の女性は別ね。
「えっと、よくがんばったな」
「はいっ」
ぎゅうっとハグしてやる。
力加減が分からんっ。
こんなもんか?
これくらいでいいのか?
「あ、あの?」
「はうっ」
腕の中から亜里沙に聞かれて慌てて手を離した。
「じゃあ、おやすみなさい」
「あ、ああ、おやすみ」
軽く手を振りつつ亜里沙を見送った。
そして改めて岬さんを見る。
「モチベーションポイントが「ハグ」になってたんだけど?」
「たぶん夜間戦闘だからです」
「あ、なるほど。そういうこともあるのか」
「でもスキンシップの延長みたいなもので良かったです」
「ああ、ポイントがえらい必要なものの場合もあるって言ってたっけ」
岬さんが俺の言葉に頷いた。
「先場司令はもっているのかもしれませんね」
「そうか?イレギュラーだぜ」
「3人のモチベーションポイントがほとんどポイントがかからないものである時点でラッキーです」
「そうなんだ。パイロット的には大当たりってことかもな。適性Aの亜里沙がいるし」
「本当にそう思います」
ふと疑問。
「機体は?セイバーとスターファイヤって。この2機はどうなの?」
あう。
察し。
岬さんが一瞬視線を伏せただけで分かっちゃった。
「1機目は必ず単座戦闘機が出ると言いました」
「そうだったね」
「その中でセイバーは普通だと思います」
「あー、ってことはスターファイヤがハズレ?」
「はい、ぶっちゃけ」
「そっかあ。機銃無いしなあ」
「そうですね。もう1機セイバーだったら良かったですが、近接信管が使えるようになれば挽回出来ますし」
「出来ますし?」
「下取りみたいなことも出来ます」
「え?そうなんだ」
それはまだ知らなかったぞ。
「ただ、上がった機体適性が無駄になりますが」
「む?そう言えばそんなのがあったな。確か機体性能が向上するって」
「ええ、微増ですが」
「でもガッカリ機体で飛び続けるより、早々に乗り換えた方がいいよなあ」
岬さんの頷きが小さいぞ。
「一番のガッカリは」
うわ、なんかあまり聞きたくないかも?
「スターファイヤを下取りに出してポイントを足してロットを引いたら」
あ、分かっちゃった。
「またスターファイヤ」
「そうです。その場合、機体適性はリセットされていて最初からになります」
「それは確かに悲しい」
ふと疑問。
「もしスターファイヤをそのままに新しくロットでスターファイヤを引いたら?機体適性は」
「そのまま維持されて、両方の機体に適用されます」
「なるほどー」
となれば下取り作戦は本当に必要ない時にしかしない方がいいなあ。
「さて、先場司令。私達も就寝しましょう」
「お、そうだな。モチベーション下がったらよろしくないもんな」
一定の睡眠時間を取らないと、我々のモチベーションポイントも下がっていくしな。
「おやすみ、岬さん」
「おやすみなさい、先場司令」
ちなみにベッドはそこそこの品質。
これもポイントでもっといい寝具に変えられる。まあ、まだそこまでの余裕はないけどな。
◇
「タリホー」
亜里沙が発した。
朝からの不定期便である。
デイモンは「シルバーフライ」。要するに巨大なハエだ。
ぎゅうんとスターファイヤが傾いてGが掛かる。
中学3年生の私は、高校受験に失敗した。
貧乏だった我が家では公立高校に合格できなかったら中卒で働く約束になっていた。
ぶっちゃけ絶望。
親ガチャで負けて、受験にも失敗なんて、もう人生敗北決定みたいなものだ。
とは言っても親を怨む気にはなれなかった。
父は元々工場で働いていたが、同僚が機械に腕を挟まれたのを助けようとして自分の左手の親指以外を失ってしまった。
その結果、いくばくかの退職金と見舞金をもらってその会社から去ることになった。
障がいを抱えた父が就ける仕事は限られていた。
必死に働いていたことは知っているが、貧乏は貧乏だ。
ちなみに母は弟を生んだ時に死んでしまった。
その弟は知的に障がいをもっていることが分かっていて、父を悩ませていた。
そんな人生お先真っ暗の自分がアカシックレコードに選ばれた。
そして私は、本当はまだ絶望していない自分に気付いたのだった。
不器用な父も、不憫な弟も、決して嫌いではない。
いや、むしろ私は愛していたのだと悟った。
理不尽な死など、絶対に拒否だ。
デイモンなんか蹴散らしてやるんだ。
「亜里沙、右上から来るっ」
「っとお。サンキュー、郁」
機体を翻して躱したシルバーフライを見事な機動で狙って、亜里沙がロケット弾を放つ。
数発放たれたロケット弾の一つが命中する。
「お見事」
思わず叫んだ。
叫びながらレーダーをチェックする。
残っていた最後の反応が消えた。
奏のセイバーが撃墜したのだ。
「キル。リターントゥベース」
亜里沙が報告した。
滑走路に見事に着陸する。この着陸の技能も亜里沙がの方が圧倒的に上手だ。
さすが適性Aだなあ。
キューブを持ってオペレーションルームに向かう。
それぞれキューブを岬さんに預けて先場司令の前に立つ。
「撃墜、完了しました」
「うん、ご苦労様」
先場司令が亜里沙と私の頭を撫でてくれる。
私はいつもぐずる弟を撫でてなだめていた。
私のモチベーションポイントがスキンシップなのはそのせいなのかもしれない。
「ありがとうございます」
奏はまた別のコミックを買ってもらっていた。今回は2巻分らしい。
「じゃあ、メンテ行ってきます」
「はい、お願い」
メンテナンスは3人の中では私が唯一適性Cを持っている。
ここでがんばらないと。
なんで自分の適性がCなのか疑問だったけれど、父も器用だった。だからこそ工場で指を失うまでは、活躍していたのだ。
その才能というか素質というか、そういうものが私にもあるのかもしれない。
何かその力が役立つ仕事に就ければいいのかもしれない。
でも、ここでの記憶は元に戻った時になくしているらしいからなあ。
そう思いつつ、まずは燃料の補給を行った。
なんか郁ちゃん、不憫です。




