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ブラック九州戦国時代〜修羅の国の小大名に染まったら〜  作者: 逆川水府


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第23話 憂鬱な花嫁の旅心

1569年3月 豊後ぶんご 大友領   斎藤琴音


 穢れのない吉日を選んで家を出発することになった。


 玄関で涙ながらの母親を見ると家を出る実感が沸く、もう戻ることは無いのだと思う。


 父はかごの傍で待っていた。父が頷くと侍女に促されて私は籠に乗った。

 家や故郷の姿をもっと見ていたかったが輿は閉められてしまった。


 感傷でこぼれる涙が抑えきれず、化粧が崩れぬよう布で目元を抑えた。せめて声は出すまいと唇をかんだ。

 外に嫁ぐのだ。今生の別れになるかもしれなかった。



 村々を通り過ぎ、山の開けた場所で行列が休憩になった時に白無垢から旅用の服に着替えた。


 その時に故郷が見えた。山頂近くから見る故郷はとても小さく、また涙が出た。


 山にはまだ白い雪が残っていた。



 郷里を出るのは初めてだ。


 豊後から筑後まで七日かかった。こんなに長くかごに乗ったことは無い。いくつも山を越えて、とんでもなく遠く、田舎に来てしまったのだと思った。


 ようやく着いた私はへとへとになってしまい、直ぐに祝言になったらどうしようと不安になった。

 だが筑紫に入ったところで丸一日休めることを知りホッとした。


 世話になった使用人によると目的の館はここから半刻程度の場所らしい。疲れたその日は布団の中でよく眠ることが出来た。




 翌日の朝餉あさげはひどく豪勢だった。


 食欲がなく箸を休めていると、侍女から夕餉が取れぬかもしれないので無理でも食べた方がいいと言われた。


 それでも食べられない。



 ありがたいことに湯あみをさせていただいた。シャボンが付いていた。


 贈り物として頂いたのに私が中身を見ずに投げ捨ててそのままだったアレだ。


 後で高価なものだとわかったのは最近のことで、今ではとても気に入っているけれど……。


 どこかでお礼を言わないと、そんな機会あるのかしら。


 下嫁などと噂をされて将来を悲観に思ったこともあった。荒れている世の中だ。少しでも家柄の良いところに嫁いだ方がいいに決まっている。

 それでいて評判と腕前が良ければ文句のつけようもないだろう。それこそ姉の夫の様に……。


 家柄はわかりやすくていい。時世の分からない女でも判断が下せる数少ない指標だ。

 だから家柄もない辺境の嫁ぎ先の事など私に分かろうはずもない。父が筑紫について話す時に不愉快そうにしていたのが不安をさらに大きくした。

 政治的に筑紫を大友に引き留めなければならない。私が聞きたいのはそんな話じゃなかった……。


 私が知りたかった事を教えてくれたのは越前入道様だった。わざわざ参られて有望な若者であるからしっかりと支えるようにお話になられた。父が不愉快だったのは戦でやり込められたからであろうと仰っていた。簡単な勝利ではなかったらしい。


 確かに父にはそういう所があるけれど……本当だろうか。


 評判が入道様がおっしゃる通りかもしれないと希望が持てるようになったのは、納采の豪華な贈り物を見てからだ。以前に頂いたが分かっていなかったシャボンも、ジュリア様(後の宗麟の後妻、洗礼を受ける)にお見せすると大変貴重な物だと分かった。


 贈り物の反物の中に練貫ねりぬきを見つけると侍女の鈴と騒いでしまった。少し光沢があって一目で他と違うと分かる評判の布だ。きっと姉も持っていない。高価なので父にお金に変えられるかもしれないと心配だったけど、父は頂いた武具に満足でこちらは気に留めていないようだった。

 なるほど入道様がおっしゃられるような方なのかもしれない。


 それで急いで文をしたためて祝いの使者にお渡したかったのだけど機会を逃してしまった。なんとか父と家族との荷物の中に文を忍ばせてもらったが、父はすぐに俊介様へ送り届けてくれただろうか。


 今日という日には間に合っていないかもしれない。

 荷物が賊に襲われて届かないことも度々あるのだ。




 祝言は風が強い日だった。


 山に日がかかるころ、昨夜のうちに香を吸わせた白無垢に着替えて外に出た。


 夕闇が照らしていた。


 白い無地の服に掛下帯の赤紅が映える。


 ガヤガヤと賑やかさを耳にしながらかごに乗った。



 行列が進んでいく。


 一番前に馬に乗っている父の背中が見えた。


 籠は全て開いている。


 見学に来た領民たちで道はいっぱいだった。


 私の格好は大丈夫だろうか、恥ずかしさで頭を上げられなかった。


「とてもお似合いでございますよ」


 私の気持ちを察した侍女が声をかけてくれた。

 おかげで背筋だけは伸ばすことができた。




 階段に差し掛かると領民たちはいなくなっていた。


 代わりに馬を引いた立派な兵が道の左右でひざまづいていた。


 何十人も。


 筑紫と父は戦ったという。

 その兵士たちだろうか。

 恨んでいるのだろうか。


 でもそんな風には見えない。

 身動き一つせずに頭を下げている。



 館が見えた。だいぶ小さい。


 案内人のようなお爺さんが中から父と親し気に話すと籠が下ろされた。


 お爺さんは新郎の叔父であり、父親の代わりを務めるとのことだった。


 そうだった。夫となる人の父親は私の父が自害に追い込んだのだった。


 こんなので、ほんとうに、本当に上手くいくのだろうか?


 涙が出そうだった。

 いけない、化粧が崩れる。


 気づいた侍女が目元を押さえてくれて少しだけ元気が出た。



 だけど屋敷に立ち入ると窮屈な衣装と緊張で足はほとんど進まなかった。


 案内人の足と自分の足、ずっと下を見ることで何とか進むことができた。


 敷居をまたぎ、廊下を奥に進んだ。


 ふすまが開く、足元には新しい畳が敷かれていた。


 高価なものだ、私の家でも畳はない。

 今日のために用意してくれたのだろう。鼓動が高まった。

 祝言を上げるのはこの部屋なのだ。



 顔を上げれば夫となる人が前にいるかもしれないと思うと顔を上げられなかった。


 誰か男の人が私に向かって声をかけている、父だろうか。


 緊張で顔を上げることができない。


 動けない。


 そのまましばらく経ってしまった。また涙がこぼれそうだった。



 すると目をつぶっていた私の手を誰かが包み込んだ。


 侍女の鈴だろうか。


「鈴?」


 期待して目を開けると知らない男の子が顔を覗き込んでいた。


 片膝を着き、大事なものを触るかのように私の手を両手で包んでいたのだった。


「筑紫俊介広門でござる。ご心配召されるな。祝言はつつがなく進んでおられます。こちらへお進みくだされ」


 驚いて固まっていると立ち上がり、手を引っ張られ席に連れていかれてしまった。


 私は部屋の入り口で固まっていたのだ。



 腰を下ろして恥ずかしくなり、慌てて手を放す。白無垢の帽子が大きくて隣が見えない。だけどさっきの男の子がいるはずだった。私の夫となる人が……。

 

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