第164話:なんと。
カカオ家の二人が、二大公爵家の長たちに挟まれて和やかに会話をしている。いや、カカオ家の二人は緊張で和やかにはほど遠いが、公爵たちは友好的な雰囲気を明らかに示していた。
そして王の臨席においてもその場に留まっている。
イエッドニア王国国王、ファミンアーリは式典に入場して、いつも通り下げられた頭を眺めながら彼らの位置を確認していた。
『ふむ、公爵家に挟まれるか』
基本的には爵位ごとに立つ場所は決まる。護衛などを除けば、王に近い側の爵位が高く遠い側の爵位が低い。男爵家は最も王から遠いということだ。
今回においては主役たるジョーの家族ということで伯爵家相当の位置に席を用意していたが、公爵に挟まれていては役人も案内できまい。王はひっそりと笑みを浮かべて玉座に腰を下ろした。
「面を上げよ」
礼をとっていた男女が身を起こし、衣擦れの音が広間に響く。王は咳払いを一つ。
「この場に集まってくれた諸侯よ、その妻子たちよ。諸君も知っての通り、ノイエハシヴァ王国とのセーキフィールドにおける戦は、我が軍が劇的な勝利をおさめた」
「国王陛下万歳!」
気の早い貴族が両手をあげ、王は鷹揚にそれをたしなめる。
「まあ待て。本来であればこの戦の勝利における勲一等は、軍を率いた将軍に与えられるが道理である。だが悲しむべきことに、勇猛で知られ、余が軍を率いさせたベアーモート伯は決戦の直前に怯懦におそわれ、軍を進めることをしなかった」
広間は騒然とした。
「えっ」
ウニリィも驚く。
戦について聞いていた話と違うためだ。ベアーモート伯が敵方に寝返ったと聞いている。それは他の貴族たちもそうであり、王が事実とは異なることを言ったために騒然としているのだ。
「ふむ?」
公爵閣下たちもこの話は初めて聞いたようであった。だが動じていないのが一人、マグニヴェラーレである。彼は言う。
「これはジョー殿の意向です」
「ジョーの?」
「寝返りになると、一族郎党全ての処刑となるため、それを避けたいと」
寝返りは失敗すれば家門の断絶であり、当主本人はもちろん、その親戚や女子供までが全て連座で死刑となる。それが戦の世のならいだ。当主たちは言う。
「甘いのでは?」
「とはいえ、やり過ぎると反感を買うのもまた事実」
実際、苛烈に過ぎる、時代に則さぬという話もあるのだ。
「ジョーくんは元々が平民だからな。我々とは少々意識が違うだろう」
ウニリィもちょっと安心するところはある。戦とは関係のない女性や生まれたばかりの子まで殺されるとなるとさすがにちょっと……と思うところだ。甘いのかもしれないが、避けられるならその方が良い。
マグニヴェラーレは続ける。
「ジョー殿はその上で英雄ですから。もし再度反乱を起こすならまた叩けば良いと」
「なるほどな」
「さすが婿殿よ」
当主たちは笑う。
マグニヴェラーレや役人たちが忙しかったのはこのあたりの調整のせいでもあった。
当然反乱ではないことにしたとはいえ、落とし所は必要である。それがいま王が口にした『怯懦』という表現である。つまり、王の軍を任せられるほどの貴族が戦いに恐怖したと言っているのだ。
家門が存続したとして、二度と軍閥には関われまい。
「静まれ」
王の声が落ち、貴族たちは口を閉じる。
「伯の怯懦により、ジョーシュトラウムは自らの手勢のみを率いて、自軍に倍する敵軍と相対せざるをえなかった。だが見事それを撃破してのけたのだ。よってこの度の戦の勲一等はジョーシュトラウム・カカオにあるものとする」
ジョーの率いる軍が敵方を破ったのは事実であり、ここは誰も異論は挟まなかった。
「では英雄を迎えよ」
入り口の側でラッパの音が鳴り、兵が声を張り上げる。
「ジョーシュトラウム・カカオ卿、アレクサンドラ・キーシュ嬢ご入場!」
貴族たちは拍手をもって英雄を迎えた。
「なんと」
ウニリィは驚愕した。
ぽかんと口を開けるまでする。
「なんと」
クレーザーも驚愕した。
ぽかんと口を開けるまでする。
ジョーである。隣には金の巻髪の美しき女性を伴っている。初めて見るが噂のアレクサンドラ姫であるのは間違いない。
公爵家の姫に相応しい高貴な雰囲気と輝かんばかりの美貌、纏うドレスも身につける宝飾品も超一級品であるのは衣装に詳しくないウニリィたちでもわかるほどだ。
だがそれはある意味で当然のことだ。驚くには値しない。
何に驚いたのか。
「ジョーのくせに……」
「ジョーが……」
ジョーは先日会った時のような鎧姿ではなかった。当然、村にいた頃や旅立った時のような丈夫なだけの綿や麻の服でもない。キーシュ公爵家お抱えの仕立て屋が製作した礼服である。
白を基調としたスーツに青と金の刺繍。カフスボタンは金にサファイヤが輝く。隣に立つ金髪碧眼のアレクサンドラの色であった。
「格好いいだなんて……!」
「格好いいだと……!」
ウニリィが可愛いのだし、兄であるジョーも顔立ちが悪くないのだ。だが、彼女たちの頭の中には棒を振っている姿か悪戯っぽい笑みを浮かべているような姿しか記憶にない。
ジョーが貴族めいた姿をしているのを見るのは二人とも初めてなのであり、よもやそれがこうも似合っているとは思っていなかったのだ。
「あ」
ジョーは父と妹を見つけて苦笑した。
なんて間抜け面をしてるんだと。







