第163話:まだ食べてないのかい? かわいそうに
ざわざわ、ひそひそ、ざわざわ。
ウニリィとマグニヴェラーレを遠巻きに取り囲む貴族たちが、ウニリィのことを噂する。
確かに、マグニヴェラーレの父であるミドー公爵から話は聞いている。
ジョーが王都に戻って国王陛下に、この鎧の傷は戦争ではなく妹に殴られてつけられたと言っていたのだと。
冤罪だ。
とウニリィは思う。
確かに私のパンチではあったのは間違いない。けど、そんな威力になったのは拳にくっついてきたスライムのせいだし、鎧をさらにボロボロにしたのはニャッポさんじゃないと。
だいたい、なんでわざわざボロボロの鎧で王様の前に行くかなあとも思う。
ウニリィは思わず俯きかけ、マグニヴェラーレにそっと背中を支えられた。
「前を向きましょう」
ウニリィにしか聞こえない小声でマグニヴェラーレは囁く。俯いて姿勢を崩してはいけない。それは貴族としてカカオ家が舐められることにつながるのだ。
「はい、ありがとうございます」
ウニリィは毅然と前を見た。
「ぐぬぬ」
しかし、ちょっと不平は口から漏れていた。
ついっとリンギェをエスコートしたサレキッシモが寄ってくる。
「ふふふ、ウニリィさん」
「あ、サレキッシモさん」
「冤罪だと思ってますね」
「うっ……!」
どうしてこの男は心を読んだようなことをと思わなくもないが、そこで彼に言われたことを思い出した。
「従魔のしたことは飼い主の責任ですよね。わかってます」
もちろん、ウニリィだってわかっているのだ。彼女は物心つく前からスライムと共にある生粋のテイマーなのである。
ただ、スライムたちが増えたり進化して、彼らのやれることが急に増えているので意識が追いつかないだけであった。
「どうした?」
「大丈夫ですかウニリィさん」
父やミドー公爵夫妻らも馬車から降りて集まってくれば、周囲のざわめきはまた方向性が変わってくる。
そりゃあ公爵家である。お近づきになりたい家は当然多い。そしてカカオ家がその隣にいるということへの驚きや羨望、やっかみも含まれているだろう。
「レンティヌラ!」
その時、男の太い声でミドー公爵の名が呼ばれた。
公爵に敬称を付けずに呼べる人間などこの国に僅かしかいない。それは国王ともう一つ。
「おお、ハルシャダー!」
同格の公爵である。ハルシャダー・キーシュ。キーシュ公爵家当主であった。両者は一門の者たちを引き連れて歩み寄り、互いの手をがっちりと握った。両公爵家の友好を示していた。
「お前のとこがよもやジョーくんの妹御をおさえるとはなあ!」
「ははは、勘所は押さえておくものだ!」
などと言い合っている。
実際にはアレクサンドラもマグニヴェラーレも、親の意向など全く関係なくジョーとウニリィを捕まえているのだが。
「ともあれ挨拶をさせてもらおう」
「うむ」
レンティヌラが退き、キーシュ公爵がずいっとウニリィたちの前にきた。歳のころは五十近いだろうが、かくしゃくとした美丈夫である。
クレーザーとウニリィは礼をとった。
「あなたがクレーザー・カカオ男爵か」
「はははははい。お初にお目にかかりますかか閣下。お会いできて光栄です」
「ハルシャダー・キーシュだ。頭を上げて、そう固くならないでくれ、私と貴殿はジョーくんの親なのだから」
「はい。あの、うちの子をジョーと?」
「ああ! うん、うちの娘が彼を連れてきた時はまだジョーだったからな」
言われてみれば当然の話である。ジョーシュトラウムとは貴族になった後に彼が授かった名である。そのきっかけとなったアレクサンドラ姫を救って父親の元に届けた時、当然彼はまだただのジョーだったはずだ。
ハルシャダーは軽く目礼する。
「うちのじゃじゃ馬娘がジョーくんにひっついたせいで迷惑をかける」
「いえ、こちらこそバカな息子で」
「なに、好青年じゃないか」
そう言うが、ハルシャダーは最初ジョーのことをどこの馬の骨ともつかぬと大反対していたのだ。
まあ、ジョーがその後も戦果を上げ続けていることや、アレクサンドラに駆け落ちされそうになって認めるようになったのだが、それをおくびにも出さなかった。
「そして君がウニリィ嬢だね」
「はははい、初めまして閣下。お会いできたこと光栄に存じじます」
「緊張しないでくれ、可愛らしいお嬢さん。君も私の娘のようなものなのだから」
「はいぃ」
挨拶を交わした後、ハルシャダーはふと呟いた。
「そういえば娘から手紙があってね」
「はい」
「ウニリィ嬢に会ったらレタスを必ず確保しろとか」
「ぶっ」
ウニリィは視線を逸らした。どうやらジョーに持たせたレタスはアレクサンドラの心を鷲掴みにしたらしい。ちょっと想定より効果が大きすぎる気もするが。
「ふふん、ハルシャダー」
レンティヌラが口を挟む。
「まだ食べていないのかい? かわいそうに」
「はっ?」
問い詰める前に式典の始まりを告げるラッパが響く。国王陛下の入場である。
一同その場で畏まった。
ウニリィは気づく。ここにいる二人は二大公爵家それぞれのトップである。つまりそれはこの国の全ての貴族の二大頂点である。
なぜ自分はその二人に挟まれているのか。
「……はっ」
同じことに隣に立つクレーザーも気づいた。
国王陛下が臨席するまで、二人は並んでぷるぷると震えていたのだった。







