第129話:だいじょぶ、れいせい。
スライムは感覚が鈍い。ウニリィに毎朝叩きつけられていても、その衝撃を楽しんでいるような生き物である。
だが、魔力による攻撃は別だ。スライムは本来、魔術への抵抗力が弱い生き物である。
『怒』
エレメンタルスライム将軍である緑色のは上位種となり、体格も大きく、魔術への抵抗力も上がっている。だがノハナーの脱水の魔術を受けたことは、明確に攻撃であると判断した。相手は初対面であり、出会い頭に攻撃されたといって良い。
ウニリィは慌ててスライムに声をかける。
「お、落ち着いて!」
ふるふる。
スライムは扉にハマっていて全身を動かせないが、その表面を揺らして答える。
『だいじょぶ、れいせい』
「……良かった」
スライムの冷静というその言葉を聞いて、ウニリィは安心に胸をなで下ろす。
『ちゃんと、てかげんして、はんげきするね?』
「ちょっ!?」
魔獣の世界は弱肉強食である。やられたらやり返すのは当然のことで、反撃できない生き物は舐められる。
スライムは最下層の魔獣であるが、彼は上位種、エレメンタルスライム将軍だ。反撃しないのは種族全体の問題、スライムが舐められないために動かねばならないのである。もちろん誰からそう言われたわけでもない。魔獣の本能といってよい。
『ぼーうーふーうー』
ウニリィにはスライムのどこか呑気な意思が流れてくる。だが、その効果は劇的だった。スライムの身体が魔力により強く緑に輝く。
ぷくー。
風船を膨らませたように丸く体が膨らみ、そしてつっかえている扉の枠がミシミシと鳴った。ぴしり、と壁にヒビが入る。
「逃げてっ!」
「え、えっ!?」
ウニリィは受付嬢に振り返ってそう叫んだ。だが、ノハナーには咄嗟の反応ができなかった。
そして一度膨らんだスライムの体が萎む。
ごうっ。
スライムの正面から突風が、暴風が吹き荒れた。以前、スライムがウニリィに風を当てて転ばせたことがあったが、その比ではない。
あの時はただのエレメンタルスライムであり、今のスライムは将軍級である。進化の段階が2段階も違うし、そもそも主人であるウニリィにじゃれついたのと、攻撃に対する反撃では全く意味が違う。
「きゃーーっ!」
ノハナーの身体が宙に浮く。そして後方に吹き飛んでいった。
ところでここはテイマーギルドの本部である。当然ながら警備員たちもいる。
彼らはギルドの所属であるから魔獣についての知識もそれなり有しているが、それでもテイマーでもなければ魔術師でもない。そもそもここにいる警備員は対人間用であり、魔獣を相手取るのが仕事ではない。
ウニリィがスライムを連れてきたとき、即座に魔術も使えるノハナーが対応したので、彼らは警戒しつつも様子を見守っていた。
『逃げてっ!』
スライムを連れてきた少女の言葉が響く。咄嗟に動けないノハナーに代わり、警備員の男の一人は鋭く反応して前に出た。
だが、スライムは身体を動かして反撃する訳ではない。その場で魔力の暴風をノハナーに叩きつけたのだ。
「くっ……!」
男にはスライムの反撃をとめることも、スライムに一撃を加えることもできなかった。彼にできたのはただ、ノハナーが身体を打たないように抱きかかえることだけであった。
「ぬおっ……!」
重いはずの男の身体すら強風で浮かび上がる。ごろごろと一塊になって吹き飛び、上下もわからない状態で男は後頭部と背中を、壁だか床だかにしたたかに打ち付けた。
そして顔面に衝撃を受けた。
その衝撃は2つの丸みによるもので、柔らかくすべすべとしていて、重量感があって温かかった。
男の視界いっぱいに、白地に赤の模様が広がっている。
『い、イチゴ柄……!』
男がそう認識したところで、演劇の幕がおりるように布が落ちてきて、男の視界は闇で閉ざされた。
その警備員の男はそれから数年、『幸せサンド野郎』というあだ名で呼ばれることとなった。
ノハナーが『イチゴちゃん』と呼ばれるようになったかは、彼女の名誉のためにここでは明言を避けるものとする。
一方のスライムである。
すぽん。
風の圧力で勢いよくスライムが扉から抜けた。
それによって扉が破壊された。パラパラと壁が剥落し、扉がバタンと倒れる。
部屋の窓は割れ、書類や固定されてなかった道具類は全て吹き飛び、部屋の中を嵐が通過したようだ。
ノハナーは無事であった。床にへたり込んで呆然と座っていて、そのスカートの下からは男の身体が仰向けに伸びていた。
ふにょん。
満足げに身を揺らしながら、スライムが建物に入ってくる。
「あー……、あーあー……」
ウニリィは唖然としてうめくことしかできないのだった。
ξ˚⊿˚)ξ新年早々、救急車乗りました(父親が入院)
ちょっとバタバタしそうなので1月は不定期更新でお願いします。
まあ、週に2回の更新は確保できるようにしたいたころ。







