第130話:嫌な予感しかしないな。
――ドン!
爆発音。次いで、何か大きなもの、おそらくは扉くらいの大きさのものが倒れる音。さらに壁が崩落するような音。
テイマーギルド横手の馬車停めに馬を繋ごうとしていたサレキッシモは身を竦ませる。
「おっ、どうどう。落ち着け、大丈夫だ……」
轟音に驚いた馬が棹立ちになりかけたのを慌てて宥める。
「……嫌な予感がするな。いや、嫌な予感しかしないな」
なんといってもウニリィがテイマーギルド本部に入った直後の出来事である。無関係と思う方がおかしい。
サレキッシモは馬を繋ぐことなく、馬車をひいて、建物の正面に馬車を巡らせた。……扉がない。サレキッシモはそっと中を覗き込んだ。
「きゃー! きゃーっ!」
ウニリィが悲鳴をあげている。
「抵抗するな! 降りてこい!」
宙に浮いた緑色のスライムの上に跨がった状態で。
彼女を警備員たちが取り囲んでいる。彼らは手にしたマンキャッチャー、いわゆる刺股をウニリィに突きつけようとしているが、スライムからはにょろんと触手が伸びてそれらをやすやすと打ち払っていた。
「ムリー! やめてー!」
ウニリィはぶんぶんと首を振っている。とても混乱しているようだ。
「うわぁ……」
サレキッシモの口から思わず呻き声が漏れた。
なぜ彼女はちょっと目を離すとこうなのか。
そこに建物の奥から男が現れて、ウニリィたちに声がかけられる。
「おいおいおい、なんか女の子が暴れてると聞いたけど……どういう状況だ?」
彼の隣には黒く、巨大な獣。毛の短い犬のようであるが、人ほどの体高があり、凶悪な貌をしている。
サレキッシモの鼻を硫黄の悪臭がくすぐった。
「ヘルハウンド……!」
サレキッシモは呟いた。
その特徴的な臭いで気づいたのだ。ヘルハウンドは地獄の猟犬とも言われる上位魔獣である。当然スライムなどとは格が違う。
それを使役するということは、あの男もおそらくはかなりの手練れ、銀級以上のテイマーであろう。本部にいたところでこの騒ぎだ。ウニリィとスライムの確保を職員に要請されたのではなかろうか。
サレキッシモが推測していると、男は警備員たちと二、三言葉を交わして彼らを下げてウニリィの前に立った。
どうやら推測の通りらしい。
「お嬢ちゃん、スライムを降ろせるか?」
ウニリィはブルブルと首を振る。
サレキッシモにもそれは無理だと分かる。スライムたちはウニリィの命令に従う。だがそれは『ウニリィの安全』が確保されていればだ。
警備員たちにマンキャッチャーを向けられ、ヘルハウンドを前にして、スライムが彼女を守ろうとするのをやめるはずはない。
「仕方ない、まずは取り押さえさせて貰うぜ。話はそれからだ」
「は、はいぃ~!」
「ガルルルル……!」
ヘルハウンドの口から炎が溢れだす。
ふにょん。
スライムが身じろぎすると強い風が吹き、悪臭も炎も吹き散らしていく。
「ガウッ!」
べちん。
「キャイン!?」
ヘルハウンドが牙を剥いて襲い掛かろうとしたが、スライムの触手が一閃。ヘルハウンドは壁際へと吹き飛ばされた。
「クーン、クーン」
ヘルハウンドが傷を負った様子はない。だが、戦意は完全に無さそうである。漆黒の尾が脚の間に垂れ下がっていた。
よし、逃げよう。
サレキッシモは急ぎ御者台に乗り込むと、鞭を一つ叩いて馬を進ませ、その場から立ち去った。
「自分まで、最後の一人が捕まる訳にはいかないからねぇ」
サレキッシモはそう語るが、聞いているのは馬だけである。
まあ、ウニリィを落ち着かせようと話しかけ、うっかり彼女の一味として一緒に確保されると連絡もできなくて困るのである。
サレキッシモは馬を東に。向かう先はミストゲート、役人たちの住居が建ち並ぶエリアである。
そこの瀟洒な一軒家の前に馬車は停まった。オーウォシュ家、マグニヴェラーレの屋敷である。
今の時間は彼は当然仕事で王城にいるはずであり、自宅には不在であろう。
だがサレキッシモは王城に入ることはできない。マグニヴェラーレに仕える執事あたりを捕まえて、帰ってきたらすぐに話を通して貰うしかないという判断である。
だがしかし、応接室でサレキッシモを出迎えたのは、執事ではなく年若い少女であった。
「いらっしゃいませ、ターマッキ卿……ではなくサレキッシモさん」
マグニヴェラーレの妹、リンギェが滞在していたのであった。
「あー……ごきげんよう。リンギェ様」
「まあ、様だなんて。私と貴方の仲ではありませんか」
「は……」
どんな仲だと思わなくもないが、サレキッシモとてミドー公爵家の令嬢にそんなことを言えるはずもない。
リンギェはころころと笑った。
サレキッシモがウィスケイ侯爵家の出奔した令息であると正体を看破した少女である。可愛らしい少女であるが、大変な切れ者であった。
「ちぃ兄様から、ウニリィさんが今日いらっしゃると聞いていたのです」
「なるほど」
ウニリィと会うためにやって来ていたらしい。彼女はそわそわと首を伸ばした。
「それで、未来の義姉様はどちらに?」
「ウニリィさんはですね」
サレキッシモは身をのりだした。
「はい」
「今、テイマーギルド本部で暴れています」
「……え?」
公爵令嬢を唖然とさせるんだからウニリィさんすげぇよなぁ。サレキッシモはそんなことを思ったのであった。







