第119話:ははっ、できたぞ!
マグニヴェラーレは焦燥感・あるいは危機感のようなものを抱いていた。
「出番が不足している……」
彼の副官であるシークラーが首を傾げた。
「出番?」
マグニヴェラーレは忘れてくれと手を振った。これは魔術に長けた、それも宮廷魔術師でも上位の数名しか持たない魔術的な知覚、第六感のようなものである。
それがマグニヴェラーレに焦燥感を与えているのだ。
ウニリィと王都で別れてから、日付としてはそう長く経った訳ではない。
ただ、従軍しているヘヴンシー老からの魔術を使った報告で、彼女の兄のジョーシュトラウム卿が故郷エバラン村に戻ったことも聞いている。
ウニリィ嬢がジョーシュトラウム相手に、何か面白い……ではなくトラブルを起こしているのではないか。マグニヴェラーレのことなど忘れてしまっているのではないか。彼の周囲の男がウニリィ嬢に近づいているのではないか。そんな予感である。
「うぅむ……」
マグニヴェラーレは唸りながらも恐るべき勢いでペンを走らせる。
心が浮ついていても、仕事や研究に悪影響を及ぼさないのだ。
ウニリィの家は王都近郊、日帰りでも行けない距離ではないが、王城に勤務しながら通うのは当然ながら不可能である。
「会いたい……」
結局はそれに尽きるのかも知れなかった。
マグニヴェラーレは恋愛に限らず人間関係にどちらかというと冷めた性格であると自認していた。
これは宮廷魔術師全体の傾向としてもいえることだが、家族や恋愛、私生活よりも研究や仕事、学問を優先する者が圧倒的に多い。
恋にかまけて研鑽をおろそかにして、なれるような職業ではないともいえる。
逆に家族や恋人のために力が出せるなどということも信じていなかった。戦闘などの緊急時であれば理解はできる。だが、魔術の研究などという長期的な仕事にそのようなものが影響すると思っていなかったのだ。
だが違う。違ったのだ。今のマグニヴェラーレを突き動かす衝動は、ウニリィに会いたいというその一点である。いつの間に自分は彼女をそこまで気にするようになったのかすら自分にも分からない。それでも、こうして離れていると彼女のことが気にかかるようになっているのであった。
シークラーが上司の危機迫る様子に固唾を飲んでいたことなど、マグニヴェラーレは知る余地もない。
そしてある早朝、マグニヴェラーレは歓喜の声を上げたのである。
「できた……ははっ、できたぞ! 完成した!」
マグニヴェラーレはそう言って椅子から立ち上がり、両腕を天に突き上げた。
なぜ朝なのかといえば、前日夕方から休みなく研究を続けていたためである。
ちょうど出勤したばかりのシークラーが、いつにない上司の様子に驚愕して尋ねる。
「え、ひょっとして一晩中研究をやっておられましたか?」
マグニヴェラーレは〈活力〉や〈覚醒〉の魔術を使用することで多少の無茶な研究はできる。それだって常用するのは体に良くないのだ。そこまで根を詰めているとは思っていなかった。
「最近は通常業務の後に、随分と熱心に研究をされていましたが、何が完成したのです?」
「転移魔術の改良が完成した!」
「は? ……え?」
転移魔術、いわゆるテレポート、瞬間移動である。むろん、超高難度魔術の一種であった。
「これで私個人の魔力で自分自身の中距離転移が可能になった」
「なっ……!」
転移術の消費魔力量は移動距離と重量に比例する。例えば超短距離転移、数mの距離の人間の転移であれば個人で行える魔術師も存在するし、軽量の物資、例えば手紙を100kmの長距離転送できる者もいる。例えば宮廷魔術師長のヘヴンシーはそうだ。
だが中距離、10km単位で人間の転移を個人レベルで行える魔術師は、少なくともこの国には存在しない。それは何人も魔術師を集めて儀式を行い、魔力を合算することで初めて行使できる奇跡であった。
それを個人で行えるようになったと言ったかこの上司は……!
「偉業じゃないですか!」
シークラーがそう言うのを聞き流すように、マグニヴェラーレは机の上を雑に片付けると、髪に櫛を入れてジャケットを羽織る。それだけで優雅に見えるのだから神は不公平なものだとシークラーは思った。
「一旦帰られますか?」
「いや? 試してくる」
「は?」
「実験に決まっているだろう。今日は仕事は休むから」
「えっ、ちょっ」
「大丈夫だ。今日の分の仕事は終えてある」
「ちょっ、待って!」
マグニヴェラーレの身体から莫大な魔力が放出された。
部屋の中で旋風が巻き起こり、それがおさまった時、マグニヴェラーレの姿はなかった。
「おま、国に報告ぅ!」
シークラーの叫びが、主人なき部屋に響く。この一日は宮廷魔術師団副長が失踪するという珍事として、王に報告されることとなった。
ともあれ、こうしてマグニヴェラーレはエバラン村に跳んだのであった。







