第118話:不敬であるぞ。
ウニリィがセーヴンに追い出されてとぼとぼ厩舎を出ると、心配しているのかスライムが数匹、ふよふよとウニリィの後をついてくる。
家の前でちょうどクレーザーと出くわした。手には樽を持っている。どうやら倉庫から工房にスライムのエサの材料を運んでいるところだったらしい。
足元のスライムがごはん、とふるりと揺れた。
「ただいまー」
「お? もうエサやりの時間か?」
クレーザーはウニリィが戻ってきたことからそう勘違いし、すぐに空の色からまだ時間が早すぎると理解したようだ。
「どうかしたか?」
「戦力外通告うけたー」
「は? なんの」
「スライムの世話の」
クレーザーはよいしょと樽を地面に置く。
「誰から」
「セーヴン」
「なんで」
「元気ないんだって」
「どうして」
クレーザーがそう尋ねたところでウニリィはぷいっと顔をそむけた。
スライムたちは彼女の足元でふるふる揺れる。
クレーザーは普段は直接スライムの世話を見ているわけではないが、そもそもスライムの飼育を始めたのはクレーザーである。スライムたちの言いたいこともわかるのだ。
彼らは『ジョーが帰っちゃって寂しいんだって!』というような思念を送ってきている。なるほどな、とクレーザーは内心笑う。とはいえ、それを直接言ってしまうのは憚られるのでこう言った。
「お前あれだよ、ジョーが帰ってきて出迎えるためによ。料理とかいろいろ張り切ってただろ。疲れが出たんだよ」
「そ、そうね! そうかも!」
ウニリィはぱっと顔を輝かせた。
クレーザーはよいしょと樽を抱え直しながら言う。
「じゃあ今日は大人しく部屋でゴロゴロしてな。気分転換に散歩とか行ってきてもいいぞ」
「はーい」
ウニリィは部屋に戻った。
手袋とエプロンを椅子の上に投げ捨てるように置き、ベッドにばふりと腰を下ろす。
「うー……セーヴンめ」
スライムの世話で私を戦力外扱いとはと、ぐぬぐぬ唸る。
ベッドの上にスライムが登ってきたのでぺいっと壁に投げ捨てた。
ぽいん、ぽてぽて。
スライムは壁に跳ねて床で転がり戻ってくる。
確かに座っての片手投げとはいえ、パワーが足りていないような気はする。セーヴンは自分のことを心配してくれていて、よく分かってくれているのだろう。だがこう、なんとなく癪に触るのであった。
「平民のくせに男爵令嬢に向けて不敬であるぞ」
なんとなくふざけるように言ってみたが、ないわー、とウニリィは思う。とても自分には似合わない。
ふと、ゴリラのニャッポさんの態度が頭によぎった。
「人間のくせに魔王陛下に向けて不敬であるぞ」
そうだそうだとスライムたちがうにょうにょ揺れるが、もっとないわー、とウニリィは思った。
「セーヴンかー……」
ウニリィはそう呟きながら、上半身を倒し、ベッドに寝転がった。
昔はバカ兄貴にくっついてたバカ少年としか思っていなかった。確かにいい男になったんじゃないかなとは思う。
「真面目に働くし。自分に好意があると言ってくれていたし。か、かっこよくもなったし……」
スライムたちがよじよじとベッドの上に登ってくる。
ウニリィは追い返すのも面倒で、そのまま自分の周りを取り囲ませ、ふと兄がやってたように一匹を枕にしてみた。
「あ、けっこう気持ちいい」
ウニリィはスライムを愛しているが、あくまでも家畜としてであって、こういう行動はずっとしなかった。
それだけ、今の彼女の気分が沈んでいるのか、心が変化しているのであろう。
スライムたちはウニリィの頭の周りでうにょうにょと謎の動きをしている。意味がある行為のかなんなのかもわからないが、彼らもまたウニリィを案じているのだということは間違いなかった。
なんとなく元気が出てくるような気もする。
「ふふふ、セーヴンめ。壁ドンからの頭撫でで落ちるようなちょろい女と思わないことね……!」
ウニリィが読むような第一の都市風の物語ではそういう描写で恋に落ちるような話が多いのだ。
「……」
ウニリィはごそごそとベッドの下を漁り、本を取り出した。
ヌラ・ノースサイ先生の際どいイラストが描かれた本である。ウニリィはじいっとその表紙を見つめ、本をぱらぱらとめくって、頬を赤らめてそれを枕元に投げ出した。
「……顎クイだったら危なかったかも」
顎をクイっと持ち上げられて、見つめられたりキスされたりしちゃうやつである。
この呟きをシーアあたりが聞いていたら、ちょろい女じゃんと言われたことであろう。
「ヴェラーレさんどーしてるのかなー……」
ウニリィはスライムの一匹をつつく。
ふるふるとスライムの透明な体が揺れた。
彼はどうなのだろう。なんとなくちょっと良い感じではあるが、恋愛かというと微妙なところだし、何よりもその先を考えた時に立ち塞がるのは身分差である。
それこそ、『男爵令嬢のくせに公爵令息に向けて不敬であるぞ』となってしまうのだ。
そんなことを思いながらウニリィはうとうととしはじめた。そもそも朝早すぎる生活であるし、確かに疲れも出ているのは間違いないのだった。
そしてコンコンコンと扉がノックされる音で目が覚めた。
ノックの音で大体誰がきたかはわかる。音が優しく、3回叩くのはサディアー夫人くらいのものだ。きっと体調が悪そうとでも聞いて様子を見にきてくれたのだろう。
「……はーい、あいてますよー。どうぞー」
ウニリィは何も考えずにそう言った。
「失礼します」
返ってきたのは男性の声だった。
ウニリィを見下ろすマグニヴェラーレと視線が合った。
「ぴえっ!?」
ξ˚⊿˚)ξコミカライズ公開中です!
15日(月)には2話も公開予定、よろしくお願いします!







