第98話:子供じゃないの
さてジョーが帰ってきたのが突然すぎて、迎える準備も何もなかったのである。ウニリィたちはとりあえず普段通りに仕事もしなくてはならない。
「俺たちで仕事やりますよ。ウニリィさんはジョーの兄貴とお話ししていてはいかがですか?」
「そうっすよ、今日は俺たちに任せて」
セーヴンとマサクィが口々に言うが、ウニリィは貰ったばかりの首にかけたネックレスを服の下にしまいながら横に振る。
「やるわよ、むしろ兄さんが手伝っていくでしょう?」
「お? おう。わかった」
ウニリィは戦場から帰ってきたジョーを休ませてやろうとは思わないのであった。クレーザーは苦笑を浮かべながら立ち上がる。
「よろしく」
彼もまたジョーにそう声をかけて仕事部屋に向かった。
ウニリィが壁にかけられた手袋をはめつつ外に向かえば、床にいたスライムも彼女の後を追う。
その二人の背中を見て、ジョーはなんか帰ってきたなという気がしたのであった。いつもスライムの世話と加工を優先する職人の背中であった。
家から出ればすぐのところにスライム厩舎と牧草地がある。もちろんこの時間、スライムたちは起きているので彼らは牧草地にいるのだが……。
ふるふるふるふるふるふるふるふる。
「……なあウニリィ」
「なあに? 兄さん」
「スライムめっちゃ増えてね?」
「そうね、増えたわね」
ウニリィの足元にいた一匹がスライムの群れの中に飛び込んでいった。
赤青黄色緑の透き通ったスライムたちが、ウニリィの方に意識を向けてふるふると揺れている。
「色もなんというか、変わったな? 色合いがくっきりしたというか」
「そうね」
ジョーがまだ家にいた頃から、ここで飼育されているスライムたちは野生のスライムや他のスライムテイマーが飼育するスライムより色が透き通っていた。だが、5年前よりも色がくっきりと4色に分かれているのは見てとれる。
「みんな進化したのよ」
「そっかー……やっぱ、さっきのパンチってそういうこと?」
ウニリィは頷く。
ジョーに膝をつかせたあのスライムを拳に纏ったパンチ。常人なら確実に死んでいたであろう一撃であるが、あれは当然ただのスライムに可能なことではない。
それは威力についてもであるが、あのような高度な合体能力をスライムが有するなど見たことも聞いたこともなかった。
「ぬぅん……」
ジョーは唸る。
まず思うのは『危険では?』ということである。ウニリィやクレーザーの肉体はジョーのように魔力で強化されているわけではないのだ。万一、進化したスライムが暴走すれば怪我どころでは済むまい。
だが、そんなことをウニリィたちがわかっていないはずはないし、そう言ったところでなんの意味があろうか。彼女はプロで自分は素人なのだし、ジョーがここに居続けられるわけでもないのだから。
だからジョーはこう言った。
「すげえな!」
ジョーはウニリィの頭を撫でる。
「やめて」
ウニリィはぺいっとジョーの手を払った。
「子供じゃないの」
「そいつは失礼した」
だが、そう言うウニリィの表情が自慢げに、あるいは唇が喜びに弧を描いたのを、セーヴンもマサクィも見逃さなかった。二人は笑いそうになるのをこらえる。
ウニリィは少し赤くなった頬を隠すように一歩前へ。スライムたちに声をかける。
「みんなー」
ふるふるふるふる。
「わたしの兄さんの、ジョーを覚えてるー?」
ふるふるふるふる。
スライムたちが肯定の意図を示して揺れる。
スライムたちは当時よりもずっと増えているが、意識を共有しているのか、分裂しても知識は失われないのか、全員がジョーのことを覚えているらしかった。
ウニリィは一度、ジョーの方を振り返る。
「私、スライムの食事の用意するから、兄さんはスライムの世話をしてくれる? 遊んでくれればいいの」
「おう、任せとけ」
ジョーは笑みを浮かべて親指を立てた。棒を振っててサボることも多かったが、5年前までジョーもスライムの世話を手伝っていたのである。問題ない……はずだった。
ウニリィはスライムたちに言う。
「ジョーは丈夫だからー」
「うん?」
ジョーは首を傾げた。
「思いっきり遊んでもらうといいよー!」
ふるふるふるふるふるふるふる!
スライムたちが喜びに激しく揺れた。
そして色ごとにうにょうにょと集まり始める。
「ちょっ、ウニリィ? ウニリィさん?」
スライムたちが重なり、溶けるようにしてくっついていく。
ジョーが慌てているのはスライムが融合しているからではない。融合のたびに彼らの魔力が強大化しているのを戦士として感じているからである。
「強くね? っていうか、でかっ!?」
ふよん。
ふよん。
ふよん。
ふよん。
たった4匹だけになったスライム。
しかし部屋一つが1匹で埋まってしまうほどに巨大なスライムであった。
「ウニリィこれなに!?」
「エレメントスライム将軍なんですって」
「将軍級!? しかも上位種でそれが4匹!?」
ふにょーーーん。
緑色のスライムが体をひらぺったく変形させる。
ぴょーん。
そして勢いよく元に戻り、その反動で数メートルの高さまでジャンプした。そしてジョーに向けて落ちてくる。
わーい、遊んで! という意図をここにいる全員が理解した。
「うおおっ!」
ジョーは慌てて回避する。
そこにのしのしと赤青黄色のスライムが突進していった。
「よかったわねー、楽しそうねー」
ウニリィはのほほんと笑って、食事を取りに行ったのだった。






