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50.馳せる想いと忍び寄る影

 


「俺の家の馬車で送る。執務室から少し荷物持ってくるから裏門の手前で待ってろ。危ないから城外には出るなよ」


 そう言い残して、エリアス先輩は執務室の方に踵を返し、私はトボトボと一人、城の裏門の方に歩みを進めていた。


「······私、どうしちゃったんだろ」


 この国に来た時は男装して、男として暮らしていってもいいかなって思ってた筈なのに。


 最近は、エリアス先輩のあの真っ直ぐな瞳を見ると動けない。


 胸がおかしな速さで脈をうち、触れられるとどうにも心臓が苦しくなる。


 唇へのキスなんてしたことなかったけど、みんなあんなに甘くて、蕩けそうなものなのかな。

 毎度毎度、脳が溶けてしまいそうになる。


 最近、エリアス先輩が私を見る時、ランベルト殿下に向けた視線とはちょっと違うと気づいた。


 先輩が殿下にを見て頬を染めている時、アレは主人に褒められた犬が尻尾を振る様と雰囲気が良く似ているのだ。先輩の頭上には、色とりどりのの花がパッと咲き、目がキラキラと「嬉しい!」と光っている。


 だけど

 先輩が私を見て顔を赤らめる時、眼の奥にはいつもちらちらと欲望の炎がゆらめいている。

 潤んで熱が宿っているのに、どす黒い闇と渇いた欲求がいつも渦巻いている。


「あれかな······餌だと思われてるのかな」


 エリアス先輩は根っからの忠犬だ。

 主はランベルト殿下。これに変わるものはない。


 だから先輩は殿下の褒め言葉一つで対価もなしに喜び跳ね回る。


 だけど、私には逆だ。

 私が何もしてなくても、先輩に貪り食われそうな雰囲気を感じる。食べても食べても足りない、そんな強い渇望が見える。


 エリアス先輩はいつも私を欲しがる。所有したがる。


「先輩の目には、私はドッグフードと同じに見えるのかも。お腹すいてるのかな」


 きっと主がちゃんと餌を与えていなんだわ。

 つまり、エリアス先輩があんなに飢えているのはランベルト殿下のせい。


 忠犬だって、お手をしたら頭を撫でないと拗ねちゃうし、ご褒美をあげないと駄犬になるのだ。


「ランベルト殿下に、ちゃんと先輩にごはんをあげるように進言しないと」


 私にはよく分からないけど、恋愛すると男性はお腹が減るのね。

 はぁ······恋って難しい。


 考えながら歩いていると、あっという間に裏門についてしまった。


「そうだ。いつもの王城の御者さんに、今日は先輩の馬車に乗るって伝えないと······」


 私は王城の馬車が止まっているエリアまで歩いて行こうとして、トントンと肩を叩かれ振り向いた。


 立っていたのは、肌の浅黒い見たこともない男だった。


「······ブルクハウセン国の、ローゼンハインさんですかい?」


「はい。あれ? 貴方······いつもの人と違······」


 その瞬間、頭にガツンと強い衝撃を受け、私の視界が真っ暗になり、意識を手放した。



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