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40.噛み合わない気持ち

 


「こっちの10枚は訳し終わりました。そっちの図面の指示文にも補記してます」

「ああ、有難う。なあ、レフィ。この後夕食を······」

「寮食がありますから。じゃ、今日はこれで完了ですね」


 書類を渡すと私はくるりと先輩に背を向け、ランベルト殿下に頭を下げた。


「ランベルト殿下、業務終了したのでお先に失礼致します」


「ああ、お疲れローゼンハイン君」


「お、おい······レフィ······!」


 何か言いたそうなエリアス先輩にでっかい声で「お疲れ様でしたー!」と言うと、鞄片手に私はランベルト殿下の執務室を足早に出た。


 うちの学校の寮は部活動をやっている生徒や、夜半まで勉強に取り組んでいる生徒のために、品数は少ないがかなり遅くまで夕食を摂れるシステムだ。今までだって私は王城の仕事のあとは必ず寮で食べると言って先輩の誘いを断り続けているのに、懲りずに夕食を誘う先輩を私は完全に無視していた。


 国交50周年記念祭まであと3週間。

 会場となるヴァルテンブルクの王城も、参加する私達も毎日遅くまで準備にあたっていた。





 先日、エリアス先輩とキスをした。


 あれから先輩とまともに目を合わせれない。


 あの日の私はどうかしていた。


 そもそも私はエリアス先輩の恋のサポーターであって、ターゲットではない。


 エリアス先輩は男色だ。

 だから私は彼のお相手にはなれない。


 よくよく冷静に考えてみると、性別以前に超えなければならない壁は沢山あるのだ。先輩はちょっとヒートアップしすぎておかしくなっていたので「結婚」だなんてワードを簡単に出していたけど、私達の間には元々大きな壁が幾つもある。


 私達が例えば普通に男女の恋仲であったとしても、国籍、身分、親の同意なんかが障害になるだろうし、それに他国間の貴族の婚姻には両国王の同意が必要だ。


 正直目眩がするくらい大変なのに、それをやってのけたうちの両親は本当に互いを求め合っていたのだろう。その点についてはちょっと尊敬する。


 あの日から、何度も何度もエリアス先輩は私の元に現れた。学校の朝夕、昼休みは勿論、休日まで寮に押し掛ける。私なんかよりもずっと遅くまで仕事をしている癖に、一体何処にそんな体力と時間があるのだろうか。


 私は思う。

 世に言うストーカーとは彼のことではなかろうか。


 いつもは率先して気にかけてくれる先生方や寮監も、エリアス先輩のことだけは見て見ぬふりを決め込むのだ。


 公爵家の嫡子の身分たるや、ストーカー行為すら無かったことにさせるぐらい偉いのだろうか。いや、偉いんだけどさ。


 何よりランベルト殿下の側近という肩書が重いのだろう。


 殿下も殿下で酷いのだ。

 エリアス先輩が私にストーカー行為をしているのを知っていて、いや、目の前で何度も目撃している癖に、笑って見なかったフリをするのだ。


 殿下があんなだから、エリアス先輩は調子に乗るのだ。調教が出来ないなら忠犬に手を噛まれてしまえ、と僅かながらに思っている。


 増え続ける溜息を零して、王城の長い廊下から階段に足を進めると、聞き慣れた声に呼び止められた。


「レフィ?」

「······ルイ······兄様······」


 階段でばったり出会ったのは、栗色の髪を弾ませ、書類を手に持ったルイ兄様だった。


 兄様と会ったのは、ブルクハウセン国での舞踏会以来だった。



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