39.触れた唇
1度目は、ほんの少しだけ触れただけだった。
僅かな熱が触れて、ゆっくりと離れる。
意図せず見開いた瞳には、エリアス先輩の端正な顔が映し出され、思考は完全に止まった。
動けないままの私に、直ぐに2度目のキスが舞い降りる。
そっと、気遣うように吸われて、胸が急に切なくなった。
「······っ」
「レフィ······」
名前を呼ばれてどうしょうもないくらい心が震えた。
何で、どうして。
名前を呼ばれただけなのに。
先輩と私は、決して結ばれることなんてない。
頭では理解しているのに。
だんだんと、深く深く入り込む先輩の熱が、余りにも強くて、甘くて、どうしていいか分からない。
胸が苦しい。涙が零れそうな程。
「好きだ······っ! 大好きなんだ······」
空気が足りない。
求めて足掻けば、エリアス先輩が直ぐに唇の隙間を埋めてくる。
境目が、もう、ずっと、見当たらない。
口端から、混ざりあった唾液が零れ落ち、喉元を滴り落ちていく。
ほんの少し目蓋を開けると、エリアス先輩のサファイアブルーの瞳の奥に、一瞬、獰猛な獣のような殺気と熱い炎が見え隠れしたような気がした。
ガタン、と音がし、馬車の窓から寮の屋根が見えた。
未だ収まらない鼓動に、私のチェストプロテクターをつけた胸が上下に揺れる。
「······か、帰ります······」
「レフィ、待って······!」
馬車から降りようとして腕を掴まれたけれど、私は振り向かなかった。
涙が出そうだったから。
「レフィが何と言っても、俺は譲らないよ。絶対に振り向かせてみせる。好きだといわせてみせる」
「······っ」
「お前は絶対に俺のものだ。誰にも渡さない」
「······僕は僕だけのものだ。先輩のじゃない」
「譲らないと言っただろ」
やっと離れた大きな手を確かめないまま、弾かれるように馬車から降りた。
自室に戻ると、また涙が溢れた。
どうして泣いているのか、自分でも分からなかった。




