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38.帰路と叶わぬ想い

 


 夕食後にブティックに戻り、私は着てきたスーツに着替えた。あのままワンピースで寮に戻ったら大変な騒ぎになってしまう。


 買ってもらった衣服は丁寧に梱包して、後日送ってもらうことにした。


 帰りの馬車に乗り込む時、エリアス先輩は御者に向かって「ゆっくり迂回して走らせろ」と言って、来た時とは変わって私の隣の席に座り込んだ。


「帰したくないな······」


 そう言って、私の肩に顔を乗せる先輩は妙に子供っぽくて少し可愛い。


 いや、そんなことを考えていても仕方ないのだ。


 私がどんな感情を持ったとしても、先輩が望んでいるものを私は与えられない。


 今日、私はそれを自覚してしまったではないか。


「外、もう真っ暗ですね」

「ああ······」 


 他愛もない会話をしたが、エリアス先輩は私にしがみつくように体を寄せた。


 先輩の想いは実らない。

 例え私が、どんな感情を抱いたとしても。

 私が女である限り、先輩の要求には答えられないから。


「レフィ······好きだ。大好きだ」


 顔を上げて私を見る先輩の瞳は酷く潤んでいて、頬は紅潮し微かに漏れた吐息だけが少し躊躇いがちだった。


「俺を好きになって。誰かの元に行かないで。生涯レフィだけだと誓う。何でもあげる。何でもする。だから······」


「エリアス先輩······」


「俺と結婚してくれ。ずっとずっと俺と共にいてくれ」


 ああ、先輩は冷静さすら失っている。

 最早恋人云々の話を超えてしまっている。


 男同志の婚姻など、ヴァルテンブル国でもクブルクハウセン国でも認められていないのに。


「そんなの、無理ですよ」


 ────だって私、女の子なんです。先輩。


「何故? こんなに好きなのに······こんなに······」


 ────男の私を、でしょう? 先輩。



「レフィ······」


 エリアス先輩の声は、ほんの少し震えていた。


 何時ものように、私の頬に触れてから、ゆっくりと掻き(いだ)き、腕の中に閉じ込めようとする先輩に、私は大人しく包まれた。


 頬にかかる、優しい蜂蜜色の美しい髪。

 近づく毎に知った、先輩の香り。


「好きなんだ······! どうしようもないくらい····お前が」


 耳元に響く少し低い、先輩の声。


「レフィがいないと、もう生きていけない······!」


 私を囚える、長い腕と、厚い胸板。


 一瞬、先輩の力が弛んだ。


 澄んだ青い瞳と目が合った次の瞬間。


 先輩の唇が、私の唇に触れていた。


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