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第14話 後始末

「やっちまったな……」


 男たちを一か所にまとめているリュークたちを尻目に、メアは一息つく。

 初めて人の肉を切り裂いた感触がまだ残っているような気がする手のひら。ゴブリンを切り裂いた感触とほとんど同じにもかかわらず、その感触は強くメアの印象に残った。


 理由は至って単純。自分と同族の者を傷つけたから。その事実がメアの胸を微かに締め付けた。


「……これらがなくても大丈夫だったな」


 頭を左右に振って罪悪感を振り払うと、メアは両腕に着けている腕輪を見やる。それらは万が一窮地に立たされた時にと備えておいた保険の装備だ。体力がなくなったとき、自動的に自己蘇生を行う『不死鳥の腕輪』、そして状態異常への耐性を高める『イミュニティ・リング』。能力(アビリティ)による防護策も考えたには考えたが、ここはアイテムで乗り切ろうとメアは決めていた。


「メア、今回は本当にありがとう。君がいなかったら今頃僕は殺されていただろうし、イザベラたちも大変な目にあっていたと思う」


 男たちを一か所に纏め終えたリュークはメアに感謝の言葉を告げる。リュークの視線の先には止血され、両手足を拘束されているフードの男。


 リュークはふと先程の戦いを思い出す。フードの男から奇襲を受けたとき、自分は気づくことができず、姿を隠しているメアに教えてもらってようやく対処できたあの瞬間。メアがいなければ自分は確実にやられていただろうと。


「困ったときはお互い様ですよ」

「僕の中で一番身近で腕が立つのがメアだったんだ。厄介事に巻き込んだあげく、辛いことをさせて申し訳ない」

「……いつか、いつかはやらなきゃいけないことだったんですよ」


 頭を下げているリュークから目をそらしてメアは言う。その目はどこか遠くを見つめているよう。


『妻たちが誘拐されたから助けてほしい』


 そうリュークから言われたとき、間違いなく厄介事に首を突っ込むことになると言う事は理解していた。でも、それでもメアは断らなかった。ここで断ったらずっと後悔することになるような気がして。

 だから快諾し、リュークと共に救出に向かった。血を見ずには済まないであろう戦場へ。


「頭を上げてください。それに、私にとっても色々利益がありましたよ」


 申し訳なさそうに頭を下げ続けているリュークにメアが続ける。

 実際、今回の一件で強者と呼ばれるような存在と一戦を交えたことによってある程度の情報を得ることができた。相手の装備、スキルなどの情報を。そしてそれらの情報は、メアがなるべく早く入手したい情報でもあった。


(相手はかなりのやり手っぽかったしなぁ。強い相手の装備とかはだいたいこのレベルと記憶しておこう)

「……そう言ってもらえると助かるよ。ああそうだ、明日から数日程度、僕の家で寝泊りしてほしいんだけどいいかな?」

「あっ、はい……はい?」


 聞き捨てならない言葉を、メアは考え事をしながらでも聞き逃さなかった。


「今回の件は王城にも報告される。メアからも話を聞くことになるだろう。僕の家にいたほうが何かと都合がいいからね。あとお礼もしたいし」

「お礼なんてとんでもない。私はしたいようにしただけですから」

「それでもだよ。それに貴族が受けた恩を返さないなんて、それこそ貴族の名が廃るというもの。僕のためにもお礼をさせてほしい」


 いっこうにひかないリュークに根負けしたのか、メアは苦笑を浮かべるとゆっくりと頷く。その様を見たリュークもメアに続くように頷いた。


「それは良かった。後始末はこっちでやっておくから、早く宿屋に行って息子さんを安心させてあげるといい」

「見てたんですね…… 分かりました。リュークさんの家にはいつ頃行けば?」

「早い方が良いかな。もしかしたら明日にでも話を聞くことになるかもしれないから」

「分かりました。では、後始末は任せます」


 メアはリュークに別れを告げるとそのまま外へと出ていく。普通ならば集団で行動するべきだが、メアに限っては一人の方がいいだろうし、これ以上負担をかけるわけにはいかないとリュークは考えていた。自分たちがいても、圧倒的な力を持つメアの足手まといになるだけだろうと。


「行きましたね」

「……ああ」


 メアが出て行ったのを確認して、イザベラがリュークに声をかけた。そしてリュークのその返事には、イザベラが何を言おうとしているのか、すでに分かっているようなニュアンスが含まれていた。


「やはりあの力は異常です。助けてくれたことに関しては、感謝していますが……」

「分かっているよ」

「なら……!」

「今の僕たちにすべきことは彼女と円滑な関係を築くこと。無理に聞き出すなんてそれこそ関係を悪くしてしまう。あの力がこの国に向くことは、何としてでも避けなければいけないんだ」


 その有無を言わさない強い口調にイザベラも口をつぐんだ。あの力が自分たちに向いてしまえば最後、どうなってしまうのか明確に分かっているから。


 あの聞いたこともないスキルの数々。イザベラも、メアが戦闘中に何をしているのかほとんど理解できなかったが、それこそ住む世界が違うという事だけは理解していた。火の球や水の球、風の刃を飛ばして、一喜一憂している自分たちとは違うのだと。


「……もし、彼女が敵対関係になったらどうしますか?」

「時空さえも操る彼女を止める手立てはこの国にはない。もしかすればエルフの国の宮廷魔術師が対抗する手段を持っているかもしれないけど…… だけどメアはそれだけじゃない。剣術にだってかなり秀でている。対処は難しいだろう」


 ここまで言われてイザベラは気が付いた。自分はあの時空を操るスキルだけを脅威だと認識していた。しかし、あくまでスキルに対抗するというのは一方的な展開を防ぐための最低条件。あれに対抗する手段を見つけてようやく土俵に立つことが出来るのだと。


 時空に直接干渉するという、自分の理解の外にある技。そんなものを目の前にしてしまえば、剣術という自分の周りにありふれているものを脅威だと認識できなくても仕方のないことだ。


「それに…… あんまり考えたくないけど、あれでさえもメアの本領でない可能性があるんだ」


 その言葉にイザベラだけでなく、こっそり聞いていたイリアとリリーの2人も目を見開いた。

 あれでなお、本気でないとしたら。いったいメアという少女の実力はどれほどのものになるのか。その思考が3人の頭を埋め尽くす。


「あれで本気でない? 冗談でしょ?」

「近くで見てたけど、かなりメアは余裕を持っていたように見えた。だから本気じゃないんじゃって思ったんだ」


 イリアの信じられないという感情がこもった言葉に、リュークは努めて冷静に返した。


「もしや、メアさんは魔法さえも……」


 ぽつりとリリーが呟いたその言葉。剣術を扱っているのだから魔法を使うわけがないと普通なら口をそろえるところだが、この場にいる全員が心の中ではそれもありえると感じていた。


 かつて人類を守ったとされる勇者もまた、剣術と魔法を使いこなしていたと伝えられている。もしかしたらメアもそういった人間なのではと。



「あっ! メアさん遅かったじゃないですか!」


 メアが宿に入れば、メアの帰りを待っているかのようにマックスが立っていた。彼はメアの姿を認めるなり、どこか影を感じさせるその表情を一転させて喜びを露わにする。


「すみません。野暮用を思い出してしまいまして。食事は大丈夫ですから」

「本当ですか? 僕もメアさんを置いて帰ってきちゃってすみません……」

「それこそ大丈夫です。ああ、あと明日から知り合いの家に寝泊りすることになりそうです」


 安堵の表情を浮かべていたマックスだったが、知り合いの家に寝泊りするという部分で一気にその表情から安堵というものが消え去った。獣耳をピコピコと動かし、尻尾も忙しなく揺れている。


「え? えっと、知り合いというと男の方ですか……?」

「? ええ、そうですが」

「あ、あわわ……」


 男の家に泊まると聞いてマックスの耳と尻尾の動きはさらに加速した。表情も焦りを含んだものから悲愴なものへと変わり、まるでこの世の終わりを目前としているかのようだった。


「ど、どうしよう。メアさんをとられちゃうよぅ……」

(とられる? 俺が?)


 マックスからしてみればメアには聞こえないであろう声量で呟いたつもりであっても、身体能力が非常に高いメアの聴力ではもはや普通に話しているかのように聞こえてしまう。独り言のつもりが、最も聞かれたくない相手に公言してしまっていた。


 そしてメアもまた、体は女であっても精神は男。前世からの価値観で無意識に男が自分に惚れることはないだろうと思い込んでしまっている。そのためまさか自分が目の前の男の初恋相手であり、今も狙われているなど思いもしていない。


「えっと、えっと! メアさん!」

「はっ、はい!」


 なにやら思い詰めている様子のマックスだったが、何かを決意したようで声を上げる。その有無を言わせない、勢いのようなものを感じ取ったメアも反射的に返事をした。


「ぼく……ぼく……! 待ってますから!」


 そう言うなりマックスは走って奥のほうへと引っ込んでしまった。ぽつんと一人残されるメア。当然待っているとだけ言われた彼女に、マックスの真意など伝わるはずもない。


 本来ならば好意を伝えるなりなんなりする場面。しかし精神的にも奥手であり、ましてやこれが初めての恋であるマックスにそのあたりの踏ん切りがつけられるはずもなかった。


「な、なんだったんだ……?」


 メアの呟きもまた、空しく消えていった。

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