第13話 時空の渡り人
エルクス王国の王都、サイベール。人間のみならず、エルフやドワーフといった様々な種族を受け入れ、さかんに文化交流が行われたこの都は今や輝かしい栄光に彩られている。
だが、そんな輝かしい場所にも少なからず影というものは存在する。規模は小さいものの、ある一角に存在するスラム街といったものがそうだ。どんよりとした雰囲気もあいまり、薄暗く感じるそこは老朽化が進んだ建物が建ち並び、通りにたむろしているのはボロボロの衣服に身を包んだ者たち。迂闊に足を踏み入れれば何かしらの厄介ごとに巻き込まれかねない場所。
そのスラム街にある、周りと比べて一回り大きく劣化も少ない建物の中。そこは周囲に比べてマシというだけで床はほこりが敷き詰められるように積もり、歩けばぎしぎしと不快な音を立ててきしむ。生活するどころか足を踏み入れることすらためらわれるその建物の、広間といえるような一室に数人の男と見目麗しい3人の少女がいた。
男たちは2人を除き盗賊を想起させるようなガラの悪い出で立ちだ。1人は着ている衣服は一級品ではあるが、顔や腹にはたっぷりと贅肉が付き、見れば不快感を掻き立てられるような風貌。そしてもう1人はフードが付いた外套に身を包み、フードをかぶっている男。彼の纏う雰囲気はガラの悪い男たちや肥え太った男とは全く違ったものだ。簡単に言うなれば”死”。近くにいるだけで息が詰まるような、暗く重苦しい雰囲気。
3人の少女のほうは赤毛と赤目が特徴の人間と、金髪と翡翠の目をしたエルフ、そして青い髪と目をした獣人。みな仕立ての良い衣服に身を包み、明らかに場違いな印象を抱かせるには十分だ。
だが少女たちはみな手足を縛られ、必死にもがいているとなれば、ここにいる理由も単純明快なものとなる。
(ここまでは順調だな)
そんな少女3人を見て、フードの男は思う。あとはこの人質につられてのこのことやってきた目標、リュークを殺すだけだ、と。
彼は暗殺者である。サイベール王国に隣接するディグリス帝国、その帝国を治める皇帝直属の暗殺者部隊の1人。今回の最終的な目標はリュークの暗殺。己の目の前にいる肥え太った男の協力により何事もなく王国に潜入は出来た。先方からこちらでもしたいことがあるため、リュークは少女たちにみせつけるように、そして動けなくなる程度にいたぶるだけにしてほしい。殺すのはこちらのやりたいことを終えてから、という余計な条件を出されてしまったが。
(やりたいこと、か。ふん)
肥え太った男の目の前には3人の少女。彼女たちはリュークの妻であると記憶していた。そこから導き出されるのは至極単純で野蛮なもの。
暗殺者である彼からしてみれば無駄な行いとしか思えなかった。リュークが何かしらの秘策を繰り出してくるかもしれないし、少女たちの抵抗も考えられる。対象は一息に仕留めなければ何をするか分からないのだ。追い詰められたネズミは猫にさえも噛みつくように。
(ましてや相手は人間。策を弄する可能性も十分ある)
無駄な思考だとは分かっていても考えることは止められなかった。たとえ目の前の男がいくら愚鈍で低能であっても、貴重な協力者であることには変わりはない。だからこそ先方の要求にも可能な限り応じる必要がある。
(装備の最終確認でもしておくか)
既に何度も確認はしている。だが確認できる時間があるならば、確認しておきたいというのが男の本音だった。
今回の任務に合わせてある程度の隠密性は捨てている。
衣服には防御力上昇の付与術が施されている。そして腰にはポーションに同じく付与術を施した2本のナイフ、そしていざというときの煙幕や閃光玉。腕には俊敏性を上昇させる腕輪型の魔道具を装備し、自然治癒力を上昇させるものと状態異常に対する耐性を上昇させるもの、2つの指輪型の魔道具も装備している。他にも帝国全体でも少数しかない緊急時における隠し玉など。帝国でもこれほどの装備をしている者は少ない。
――――あとは自分の技量と精神か。
そこまで考えると男は1つ大きく息を吐き出し、周りからは分からないようにこっそりとリラックスする。適度な緊張は慢心を防ぐいい薬だが、いきすぎた緊張は体を鈍らせるから。
「ヌイセマーカ伯爵! 今回の一件であなたがどうなるか分かってるんですか!?」
高い声が響く。そちらを見てみれば赤毛の少女が醜く肥え太っている男、ヌイセマーカを強くにらみつけているのが目に入った。とはいえ残りの2人もにらんではいるのだが。
「ふん。それはリュークがこの場を制圧したらの話だ。今回はていこ――――」
余計なことを――――
心の中でそう毒づきながら男は1つ如何にもわざとらしい咳払いをする。集まる視線をものともせず、一呼吸置くと気だるげに口を開いた。
「教える必要のない情報は言わなくていいのでは? あとその少女たちが声を出せないようにしておいてください」
「うぐっ。す、すまない…… おい、こいつらにロープでも噛ませておけ。……お前たちはことが終わったらわしのペットとして飼ってやろう。感謝するんだな!」
居心地の悪くなったヌイセマーカは、部下へ指示を出すと素早く話を切り上げる。だがそこに助け船がタイミングよく訪れた。
部屋に入ってきたのはガラの悪い男。入口で見張りをさせていた男だ。
「リュークが来ました」
「おお、そうか!」
これ幸いとヌイセマーカは声を上げる。それに対して男は気配を隠すように努めていた。リュークの意識がそれている時に、必殺の一撃を叩き込むために。
「≪気配遮断≫、≪敏捷強化≫」
気配を隠して機会を窺い、敏捷を強化することで即座に一撃を叩き込むことが出来る。先方からの要求のおかげで首元への一撃という得意技を使えないのは痛いが、十分修正がきく範囲だ。
(足へ一撃を加えて相手の動きを鈍くして優位に立つ。あとはどうにでもなる)
腕ならば、足やもう片方の腕を使えばなんとか凌ぐことが出来ることもあるだろう。しかし足をやられてしまえば姿勢制御もうまくいかなくなり、戦闘はおろか逃げることもかなわなくなる。
だからこそ足を狙う。相手がこちらを認識していないとき、すなわち確実にダメージを与えられる絶好の機会に。
「ヌイセマーカ伯爵……!」
男が考えをまとめ終えると同時に、リュークが部屋へと入ってくる。
いやらしく顔を歪めるヌイセマーカとその取り巻き。そして彼らと対照的に表情に光が差す少女たち3人。
「きたか。お前の妻たちはこちらで預からせてもらっているぞ?」
自分の妻たちが無事だったことに安堵を浮かべたのもつかの間、ヌイセマーカの挑発ともとれるその言葉にリュークは怒りでその端正な表情をゆがませた。
「さんざんわしの商いを邪魔してくれおって。貴様はここで終わりだ」
「おわりだと―――― っ!」
まるで何かに教えられたかのようにリュークはとっさに剣を構える。すると――――
甲高い金属音がその一室に鳴り響いた。そこにはリュークの足目がけてナイフを振る男と、その攻撃をすんでのところで剣で受け止めたリューク。
「ちっ」
軽く舌打ちをすると男はそのまま連撃を繰り出す。ここで後退してはせっかく相手の懐に潜り込んだという優位を捨てることになるから。
剣とナイフ。剣はナイフと比べて攻撃範囲は広いが、こうして懐に潜り込まれてしまえば小回りの利くナイフに劣ってしまう。
「くっ!」
リュークはなんとか攻撃をいなしながら距離を開けようとする。だが男もそれが分かっているからこそ、常にリュークに張り付くように攻撃を重ねていく。
少女たち3人の顔にも徐々に焦りが浮かんでくる。自分たちの夫が窮地に立たされていることに気づき始めたから。
「いいぞぉ! もうすぐあの憎きリュークが!」
高みの見物を決め込んでいるヌイセマーカはこれから、散々邪魔をしてきたリュークに復讐が出来ると確信し、気分を高揚させる。
「――――!」
少女たち3人は我慢できなくなったのか、夫の名前を叫ぶ。だがロープを噛まされているその口ではうめき声が出るだけだ。押され続けているリューク。このままではいつか致命的な一撃を受けてしまうと誰もが分かっていた。
「しまっ――――!」
そしてはやくもその瞬間は来た。
フェイントにつられ、リュークは隙を作ってしまう。当然ながらその隙を見逃すほど相手は生易しいものではない。男の凶刃がリュークの肩目がけて駆け抜け――――
「危なかったですね。リュークさん」
「っ!?」
だが、その刃が届くことはなかった。見れば、ナイフは短剣に防がれている。
男が素早く目を動かし、すぐさま短剣の持ち主を捉えた。
いたのはまだ幼さの抜けきっていない、美しい黒髪と黒目を持った少女。少女の視線もまた、男を捉えていた。
さすがに2対1はまずいか。
男はそう考えを纏めると素早く後ろに飛び下がった。そしてリュークと黒目黒髪の少女から目を離さず、声を上げる。
「ヌイセマーカ伯爵! 人質を!」
人質を盾にして、戦況を優位に運ぼうと男は考えた。そこでヌイセマーカに人質を突き出してもらい脅そうとしたが、いつまでたっても肝心のヌイセマーカからの返答はない。
とうとう頭だけでなく耳まで腐ったか。
頭の中で苛立ちが噴き上がるのを必死に抑え込みながら男は、ヌイセマーカへの呼びかけを続ける。
「ヌイセマーカ伯爵! 聞こえないのですか!!」
「彼らなら眠ってもらいましたよ?」
微かな苛立ちがこもった男の言葉にとうとう見かねたのか、黒目黒髪の少女は男へ答える。
(何を言っている? 眠ってもらった?)
男は理解できなかった。なにせ倒れるような音であったり、何か苦しむような声は一切聞こえてこなかったのだから。なにより、いつアクションを起こしたというのか。先程まで確かにヌイセマーカの声は聞こえていたのだから。
(魔法による睡眠か?)
魔法には相手を状態異常にするものも存在する。≪魅了付与≫や≪毒付与≫などがそうだ。
広範囲状態異常付与の魔法か。となればかなり厄介な相手だ。そう男が結論付けたとき――――
「ああ、彼らに眠ってもらう際には≪ミュート・フィールド≫を展開させていただきました。物音ひとつしなかったでしょう?」
(……なんだ、それは?)
男はそのようなスキルは習得どころか存在も知らなかった。なぜならこのスキルは最上位クラスである『ファントム』となってようやく習得できるもの。上位クラスである『暗殺者』までしか知らない彼が知っているはずもない。
≪ミュート・フィールド≫は一定半径の音を封じるスキル。そのため派手に音を立てたとしても効果範囲内であれば周囲に音を撒き散らさず相手に攻撃が可能となる。そして音が封じられるため音波による攻撃なども無効化でき、様々な応用がきくスキルでもある。
(っ! そういえばこの小娘…… 今までどこに?)
疑問が次から次へと湧いてくる。
リュークが入ってくるときにこの小娘は入ってきていなかった。となると元からいたか、それか――――
(透明にでもなっていたのか? 確かにそういったものは存在するが、この小娘に出来るはずが……)
男はそこまで考えて思考を切り上げる。憶測を重ねるくらいなら、まずは相手の反応を窺ってみるのが一番なのだから。たとえ嘘であっても、相手の言葉からある程度の情報は拾うことができる。
「気配を消していたんですか? それか何らかの魔法を?」
しっかりと相手を見据えて、少女へと問いかける。挙動から相手の嘘を必ず暴けるというわけでもないが、相手から拾えるヒントは拾っておくべきだと考えて。
男の目つきが鋭くなったのを感じ取ったのか、少女も微かに目つきを鋭くした。それはまるで男と同じように、相手の反応を窺っているかのよう。
「≪フェーズ・ダイブ≫ですよ」
「≪フェーズ・ダイブ≫?」
男はでまかせの可能性も考えたが、とりあえずは保留にして少女の動向を窺う。
「ええ、自分の時空をずらして身を隠すスキルですよ」
一瞬男は面食らう。あまりに突飛な話を聞いて。
時空をずらすなんてそれこそ子供でも思いつくようなもの。だがそれを実現できるかといわれると、最早人類に為しえるようなものではない。それこそ神の御業の領域だ。
(おちょくっているのか? あまりにも信憑性に欠ける話ばかり。こうなれば……)
男はナイフを握る手に力をこめ、戦闘態勢に移る。ヌイセマーカはすでに使い物にならないし、これ以上子供の戯言を聞いて時間をかけるのは悪手。手短に済ませて撤収すべきだと。
「あなたの名前を聞かせてもらいませんか? これから戦う相手の名前ぐらい知っておきたいのです」
「……名前を明かしあう仲でもないでしょう。それに私が嘘の名前を言う可能性もありますよ?」
最後に名前を聞こうとした男だったが、失敗に終わる。少女にも最低限の警戒心があることに心の中で舌打ちをすると、心を平静に保ち目の前の少女を見据える。
(情報の精査は帰ってからだ。2対1とはいえ、戦わずして撤退は避けたい)
少女の話が嘘だとしても、ヌイセマーカやその取り巻きを何らかの手段で無力化したのは確か。こちらの知らない手段を有している可能性が高い。そう男は判断し、慎重に立ち回る方針を固める。
男の鋭い気配を感じ取ったのか、少女も短剣を構える。
「リュークさんはあとでイザベラさんたちの介抱をお願いします。彼は私だけでやらせてください」
「……分かった。無理しないでくれ」
リュークは後ろに控えるように壁際に寄った。
一方、男は奥歯を噛みしめていた。わざわざ数の優位を捨ててくるとは思っていなかったために。男からしてみれば挑発以外の何物でもなかった。だが、相手に気づかれないように深呼吸をして微かにくすぶる怒りを微塵も残さないように努める。幼気な少女だが、そういった心理戦から入るタイプだとすれば、それは相手の術中にはまっていることになるのだから。
「ふっ!」
男は息を短く吐くと同時に、一気に少女へ詰め寄った。そしてそのままの勢いでナイフを振る。
だが少女も男の動きを完全にとらえており、ナイフを短剣ではじき返す。そこから流れるようにカウンターを繰り出す少女。
突き出された短剣を最小限の動きで避けると、男もまた反撃するようにナイフを振り下ろす。
まさに一進一退の攻防であった。リュークも少女たち3人も演武のような攻防の美しさにすっかり見入ってしまっていた。だが、接戦だと思っているのは見入っている4人だけであった。
(なんだ……! 徐々に強くなってきている……!)
最初は押していると思っていた。しかし剣戟を重ねれば重ねるほど目の前の少女の剣筋が鋭くなっていく。それはまるで少女がこの戦いの中で急速に成長していくよう。押され始めた状況に、男は焦りを感じ始めていた。
実際のところ、少女が強くなってはいない。ただ、この戦いは少女にとって実験のようなものだった。実験動物がどれだけ負荷をかければ死んでしまうかを見るように、男の実力がどの程度のものであるかを見るための。だからこそ少女はリュークをこの戦いに参加させなかった。
(くそ、ここらへんで退くか)
これ以上戦い続けたとしても少女に一撃を加えられるか分からないし、時間をかければかけるほどこちらが不利になると分かっている男は撤退を決める。
生きてさえいれば次がある。だからこそここは退く。情報を持ち帰り、この少女の戦闘能力も分析して、こちらが優位になったときに叩けばいいのだから。
わずかな隙を見つけて男は後ろへ飛び下がる。そして即座に腰についた閃光玉を床に叩きつけ、起爆させた。
「うわっ!」
部屋が白い閃光に包まれる。
リュークやその妻たちは突如起きた白い爆発によって目を封じられた。なんとか逃げる時間を作り出した男は懐から奥の手を取り出すと、即座に起動させる。
それは転移結晶と呼ばれるものだ。あらかじめ設定しておいた場所へ転移できる代物。帝国ではこれを製造することはできず、あるのは勇者が持っていたとされる転移結晶のみ。だからこそ非常に希少なものであり、男のような単騎で大きな戦力になる者にしか所持が許されない。
「くっ! 逃げる気か!」
「≪――――≫」
リュークの叫びに弾かれるように少女が何かを唱えるのが男の耳に入った。
無駄なことを。
男は心の中で嘲る。転移を止めることはできない。こうして発動した以上、確実に逃げられる。何をやっても無駄なのだと。
男は帰還した後の動きを考える。今回の作戦は失敗。だが収穫もあった。黒目黒髪の少女という脅威を発見できたのは非常に大きかった。この少女がこれからの作戦で大きな障害となる可能性が高いのは明白。
帰還したらすぐにこの少女について報告し、即座に対策を練らなければならない。
(次会う時が最後だ)
だからそのときまで、せいぜい束の間の生を楽しんでいるといい。そう男は心の中で毒づく。
徐々に強くなる浮遊感。それはもうすぐ転移が始まるという合図。男は浮遊感に身を委ね、転移の時を待つ。
「がぁっ!」
まるで空間がすり替えられたかのような感覚の直後。男の両肩と両足に鋭い痛みが走った。まるで刃物で斬りつけられたような痛みが。
両手両足を動かせなくなった男はそのまま膝をつき、そして倒れ込んだ。老朽化が進み、ほこりまみれの床へ。
(こ、この床は……!)
ズキズキと鋭い痛みが襲い来る中、男は今どこにいるか悟ってしまった。言ってしまえば、今最も居たくない場所だ。
ゆっくりと顔を上げれば、前にはつい先程まで自分がいた場所。つまり自分の後ろには――――
「転移する感覚はどうでしたか?」
幼い少女の声が男へと降ってきた。声を出したと思われる少女は、ゆっくりと男の前に姿を現す。
目の前に来たのは黒目黒髪の少女。先程まで自分と戦闘を繰り広げていた少女だった。
「な、なぜ……?」
聞かずにはいられなかった。虎の子の転移結晶が転移を失敗させ、さらには少女の目の前に転移させてしまった理由を。
「≪ボソン・オーバーライド≫。あなたの転移先を書き換えさせていただきました」
転移先を書き換えた?
男の頭の中が真っ白になる。転移結晶を持っていることを予想しているのはまだいい。だが、男は転移を妨害する手段など知らなかった。
(いや、聞いたことは、ある……)
男は記憶の奥底、子供のころに見聞きしたものを引っ張り出す。
勇者の時代よりもさらに古い、神話の時代。それこそおとぎ話の世界の中で、悪魔が転移魔法を使い、天使がそれを妨害するという話があった。
だがそんな存在しているかも分からないおとぎ話の中の技術を、まして目の前の幼気な少女が行使できるなど誰が想像できるか。
(っ! ならさっきの……!)
さらに男の頭をよぎったのは黒目黒髪の少女が言っていたスキル、≪フェーズ・ダイブ≫。
『ええ、自分の時空をずらして身を隠すスキルですよ』
男の頭の中で先程少女が言った言葉が思い返される。
自分の時空をずらして身を隠すスキル。そんなものさえ習得している少女。それが本当ならばどれほど恐ろしい存在なのか、男は理解していた。そして、実際に敵対でもすれば自分が考えている以上に恐ろしいものとなるだろうとも。
(時空をずらして身を隠すことが出来るというなら、王城レベルの警備ももはや意味をなさない……!)
男自身、時空をずらすなんて言われてもピンとこない部分もあった。なぜならそんなこと、人類はおろか、あらゆる生物の頂点に存在する古龍でさえなせる業ではないだろうから。
生物は時空の流れに逆らえない。そんな誰もが知っている常識を覆す存在がいるとは思わないし、逆らったところでどうなるかも分からないだろう。
ようは考えてなかったのだ。そんな御業を扱える生物が存在するということを、そしてそんな御業自体が存在するということを。
王城レベルの警備ならそれこそあらゆる攻撃を想定している。魔法やスキルで気配消したり、幻覚を見せて侵入してくる相手や弓矢などの遠距離攻撃などの攻撃を。
だが、誰が時空に身を隠して侵入してくるなど考えつくか。考えたとしても一笑に付されて終わりだ。
しかしそれを為しえる存在がここに、自分の目の前にいる。
それはつまり、王族であろうといつでも仕留められる者が存在するということ。あらゆる防御を無視し、狙った者を確実に始末できる、神の御業というべき力を持ったものが。
男の額にぶわりと脂汗がにじみ出てくる。もはや脅威とかいうレベルではない。避けられぬ災厄、天災だ。一刻も早く懐柔するなり寝首をかくなり、何らかの手を打たなければならなかった。でなければ、目の前の存在の気分次第で帝国そのものが滅んでしまう。
「ぐっ……! くそっ、くそっ……!」
何としてでもこの情報は伝えなければ。帝国の輝かしき未来のために。
その思いを胸に、必死に身をよじって動こうとする男。だが両手両足を斬られ、使い物にならなくなっている以上動くことはかなわない。
「ああそうでした。あなたには色々ききたいことがあるそうですよ。まずは眠っておいてくださいね」
そんな男の強い意志をあざ笑うかのように、少女は終わりの一撃を繰り出す。
一瞬の強い衝撃が男を襲い、男の意識は暗闇へと沈んでいった。




