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その9


 息を切らせて帰宅した賢児に、玲香がコーヒーを運んできた。

「お帰りなさい。お疲れ様です。今日は大変だったようですね、賢児さま」

「…うん。でも、お腹の子どもたちと沢山話をしたよ」上着を脱ぎ、ネクタイを緩める賢児。

「あ。やっぱり、賢児さまだったんですね」玲香が笑う。

「やっぱりって?」

「この子たちの声は聞こえるんです。でも、間が空くというか、他の誰かが間にしゃべっているような感じで…。

 龍くん、翼くん、奏子ちゃん、まりりんちゃんの名前が出てきましたから、相手は賢児さまなのかなあと。

 …でも、それを聞いているだけでも、青蘭学園ではただならぬ事が起こっているのかなと思いました」

「うん。確かにね」

 賢児は会場と小学校の校舎で起こった一連の流れを玲香に説明した。


「そういうことだったんですね…。皆が無事でよかったです。えーと、その後、絵本メンバーの4人と親御さんたちは、伯母さまのマンションへ行ったんですよね?」

「ああ。仕切り直しのお茶会とやらで。翔太もそこで合流するみたいだな」

「毎度のことで、鈴ちゃんの研修旅行に付いてきているみたいです」

「まあ、事態が事態だから、伯母さんの呼び出しで緊急参加だろうな。

 あと、周子さんは親父と一緒に事務所のほう。

 充くんのお父さんも、お店があるから帰ったけど、充くんは忍者会議に一人で行くからって、参加表明してた」

「ふふ。充くんらしいですね」


「車の中で皆の話もいろいろ聞いたんだけど、すごいなと思ったのは、500人はいただろうあの会場で、あの子たちはそれぞれに何かの異変に気づいてたことなんだよな」

「龍くんが、そうなのはわかるんですけど。

 …あと、さっき翔太が電話で言ってましたけど、紗由ちゃんは少しぴかぴかが見えるようになってきているそうですから、その辺も関係しているのかもしれないですね」

「へえ…そうなんだ。それは興味深いな。

 でも、ちょっと笑っちゃったのは充くんだよ。龍を助けて会場に戻ったら、走ってきて言うんだ。“賢ちゃんどの! 悪い奴の足にケーキを塗っておきました!”って」


「ケーキ?」

「うん。会場を歩いて見たら、倒れたって聞いてた園長と司会者、他にも3人、ズボンやスカートがクリームまみれなんだ。

 園長と司会者は、ちょうど救急隊員から健康状態を確認されてたところだった。

 警察も事情聴取に来てたし。で、充くんは“姫が悪者だと言った奴に、こっそり付けておきました!”って言うんだけど、付けられたほうもたまらないよな。上着だったら脱げるけど、ズボンやスカートじゃ脱げないし」


「キャンディーべたべた攻撃の次は、クリームべたべた攻撃なんですね」玲香がくすりと笑う。

「まあ、わかりやすくて助かったというか。

 充くんが、クリームが付いているのは悪い奴だと兄貴に最初に報告したらしくて、俺が会場に戻る前に、兄貴と疾人くんは印が付いていた人間たち…園長と司会者以外の人間と話をしたんだ。

 俺も戻ってからすぐに兄貴の報告を受けて、印が付いていた残りの一人と話をした。

 他にもケータリング業者二人が悪者だって紗由は言ってたんだけど、彼らは気づいたら姿が消えてたんだそうだよ。そいつらは多分、龍の捕獲に失敗した二人組だろうな」


「で、賢児さまたちがお話された3人というのは、何者なんですか?」

「俺が話をしたのは水町さん」

「水町さんて、あの水町さんですか?」驚く玲香。

「ああ。多額寄付者の挨拶に大隅さんの代理で来てたんだよ。そんなに重症ではなかったようだけど、一瞬、頭を抑えてしゃがみ込んでたみたいだ」

「奏子ちゃんの石の影響を受けたということは、味方ではないんでしょうけど、一瞬…ですか」

 玲香が首をかしげる。


「影響を受けた時間の長短というのも、何か法則性みたいなものがあるのかな」

「単純に時間の長さだけでは測れないかもしれませんけど、少なくとも、一瞬というのが、何かの方法を使って影響を解除したものだとしたら、敵なのか、味方なのかも微妙になってきますね」

「龍をさらおうとした奴らは、大隅さんでも機関の人間でもないだろうって龍は言ってた。

 つまり、大隅さんの部下の水町さんは敵ではなくなるけど、紗由にしてみたら、試合相手の親分だからな。敵という見方は成立することはする」


「待ってください。それじゃあ龍くんは、自分をさらおうとした人間が誰だと思っているんですか?」

「それが言わないんだ。おばあさまに報告してからじゃないと、こういうことは言えないきまりだからって。

 でも、奏子ちゃんがそのとき、自分の石を撫で始めて、泣かないでって繰り返してたんだ。

 だから…なんとなくだけど、四辻の小父さんを狙った一派なのかなって…。たぶん、疾人くんたちも、そう思ってたと思う。暗い顔で奏子ちゃんを見てたし」

「政治がらみの可能性が高いってことですね…」


「うん。でも、親父は小父さんに比べれば、中東諸国との外交もかなり穏健派というか、小父さんの一件があったから、国内は穏健外交支持に傾いている。親父はそれにうまく乗って、国内での支持を得て、総裁選までたどりついたわけだ。

 政治情勢はけっこう落ち着いているから、今親父に何かあったら、小父さんを襲った奴らだって困るだろう。

 もちろん、政治がらみの集団には、いろんなものがあるから、テロリスト的な超あぶない奴らもいるかもしれないけど、それにしては龍の誘拐作戦がぬるすぎるんだよなあ…」

「そうですよね。大勢人がいる時を狙うなんてリスクが高過ぎます。むしろ送り迎えの時を狙うとか、もっと小さな紗由ちゃんを狙うとか、しますよね、普通」


「だよな。それに、まりりんに眠らされちゃうような間抜けな奴、手下に使わないだろ」

「スズキ先生でしたよね、例の怪しかった先生。そういうお間抜けな人を使ってでも、大勢人がいる場所であっても、今日でなければいけなかった理由があったということなんでしょうか…?」

「狙いは親父だったのかもしれないな」賢児は難しい顔で言う。

「普通の誘拐というよりは、学校で一時拉致して、お義父さまに何かの条件を飲ませようとした、ということですか」


「大勢人が出入りしている場のほうが、逆に面倒がないと踏んだんだろう。

 そうそう、スズキ先生に関しては、一般枠での当選者だと最新記録にはあったけど、管理ファイルの過去の更新記録を調べたら、大隅さんがらみの枠から人数の移動があったから、とりあえず、大隅さんとつながっていることは間違いない」

「内通者がいたってことですよね。どうやって調べたら…」

「伯母さんは、放っておけって言うしなあ…」

「じゃあ、またその内通者が動くっていうことでしょうか。それまで泳がせろと」

「まあ、そんなところだろう」くすりと笑う賢児。


「涼一さんと疾人さんが話をされた相手というのは?」

「兄貴が話してたのは、フリージア幼稚園の園長夫人。疾人くんが話していたのは、元総理の梨本先生の秘書」

「それはまた、豪華なメンバーですね」玲香が驚く。

「紗由の目を疑うわけじゃないが、おいおいって感じだよな。

 でも、フリージアは学園全体で子どもを選抜して超常能力教育をしてるって噂があったって、夕紀菜ちゃんが言ってたしな。

 兄貴もその辺を頭に入れながら話をしてたようだよ。英才教育用の学習教材を監修する予定があるから、フリージアでもモニタに協力してくださいとか、何とか。けっこう食いついてきたみたいだ」


「園長夫人は具合が悪くならなかったんですか?」

「それが、彼女は遅れてきたんだよ。着いたのは、騒ぎがあってから10分後ぐらいだったらしい。だから難は免れたんだろう」

「奏子ちゃんの石の影響が及ぶ範囲は、ある程度限られているんですね」

「そういうことだね」

「もし同じことを伯母様や龍くんがやった場合は、どうなるんでしょうね」

「どうだろうなあ…」


「それで、何か怪しい感じというか、敵だという決定打みたいなものは、あったんですか?」

「兄貴がひとつ気になったらしいのは、兄貴が監修する教材の発行元が久英社だとわかった途端に、いろいろと聞いてきたことなんだよ」

「いろいろ、ですか?」

「ああ。雑誌や会社のことならまだしも、久我家のことを聞いてきたらしいんだ。

 うちが久我さんのところと親しいというのを差し引いても、直哉小父さんや梨緒ちゃんのことを聞かれたのは、兄貴としても、ちょっとクエスチョンマークだったみたいだ」

「英才教育的に言えば、大地くんか真里菜ちゃんですよね、話題になりそうなのは。それを久我社長と梨緒菜さん…」


「しかも、小父さんに関する質問は、“今でも浅草のお店に行っていらっしゃるのかしら?”だって」

「涼一さんにそんなことを聞いても、わかりませんよね」苦笑する玲香。

「だろう?…ただ、その時、夕紀菜ちゃんが近くにいたらしいんだ。彼女の反応を探ってたのかなって、兄貴は言ってた」

「夕紀菜さんは何か反応したんですか?」

「ああ。園長夫人がしていたピアス、夕紀ちゃんは見覚えがあったんだよ」

「前にお会いになってたんですか?」

「いや、初対面だよ。でも、小父さんの持っていた写真の中で見たことがあったらしいんだ。若い頃、小父さんと園長夫人が、浅草の居酒屋でマスコミ関係の勉強会に出ていた、その写真」


「じゃあ、直接、夕紀菜さんにお話なさればいいのに」

「そうだよな。なのに、彼女はそうしなかった」

「夕紀菜さんが気づかなければ、それで済まそうとしていたってことでしょうか」

「そう。そこが“怪しい感じ”なんだよな。夕紀ちゃんも、寄付多額者の一人、和歌菜小母様の代理で挨拶したから、名札を付けてたんだ。彼女が誰なのかを、わからないわけはないし。

 まあ、夕紀ちゃんのほうは、夫人の写真が横顔で、顔をはっきり認識していたようじゃないみたいだったけどね」


「とりあえず、それなら久我社長のことを聞くのはわかります。でも何故、梨緒菜さんなんでしょう?」

「そこなんだよな。園長夫人が弁護士としての彼女に興味があるというか、何か面倒な事案を抱えているのなら、ああいう場所で聞くのはどうかと思うし、まあ、兄貴に聞くのは、どのみちピンとハズレだよな」

「ですよね。妙な探りを入れられてる感じがして、先日、梨緒菜さんが車に轢かれそうになった件も気になってきますね…」

「その辺は、兄貴から伯母さんに言ってもらうことにした」


「じゃあ、疾人さんがお話された、梨本元総理の秘書の方というのは…?」

「まあ…主に四辻の小父さんの話題だったらしいけど、親父のこととか、龍のことも聞かれたようだ。ちなみに彼は、具合が悪くなった様子はなかったようだ」

「その方、龍くんのことを聞いてたんですか?」

「ああ。梨本先生のお孫さんの匠くん。彼が龍と翔太のことを大事な友達だと言ってるようなんだ。彼らのお陰で匠くんが明るくなったと、梨本先生も喜んでいたらしい。

 その辺の事実関係の確認というのかな…でも、疾人くんにはわからないよな。

 だから、兄貴が呼ばれて、一緒にいた紗由が説明してたらしい。“匠くんは、にいさまと翔太くんの龍仲間で、とっても仲良しです”って」


「そういえば、この前、清流にもいらしてたようですね。その時は紗由ちゃんも含め、4人で遊んでたと聞いてますが」

「その話を兄貴もしたらしい。で、紗由が彼に言ったんだと。“仲良しは悪いことをしたら駄目です。友達じゃありません。嫌いになります”って」

「悪い事をしたら駄目…」考え込む玲香。


「彼は、その直後、席をはずしたらしい。時系列を整理して考えると、龍のもとに、ケータリング業者二人組の後に来た男が、誰かから電話を受けて龍を放送室の収納庫に戻したのが、その頃。電話で彼に指示したのが秘書の彼じゃないかという仮説が成り立つ」

「では梨本先生が関係していると?」

「ナーシモ王なんじゃないのかな」

「あ!」

 玲香が叫ぶのと同時に、お腹の双子も反応した。

「この子たちも同意のようです」

「梨本先生の総理退任の時には、親父の派閥のボスの小宮山先生や、奏人小父さんとも、揉め事があったという噂があったし、どちらにしてもマークしておく必要はありそうだ」


「それから、もう一点気になるんだよ。後から現れて、結局、龍を置いて立ち去ったその男だ。こいつも一瞬で石の影響を逃れたらしい。で、龍がその男の話をする時、奏子ちゃんが石を見つめて困った顔をするんだ。“はんぶんこだ…”って。意味を聞いても、黙りこくるし」


 その時、お腹の双子が反応した。

“だぁ”

“だぁ”


「えーと…二人とも“だぁ”ですね…」玲香が慌ててノートを広げて書き付ける。

「そんなのまで記録してるのか?」

「はい。全部です。この子たちの全部。せっかくお話できるんですから。生まれた後は、今のように話せなくなるかもしれないって、伯母様もおっしゃってましたし」

「へえ…。生まれた後は、普通の赤ちゃんなんだ」

「やればできるのかもしれませんけど、最初から大人みたいに意思疎通ができると、親が子どもの変化をちゃんと見なくなるから、順番をきちんと追いなさいって言われました」

「確かにそうかもな。まあ、何はともあれ、元気に生まれて来てくれ」

 賢児は微笑むと、玲香のお腹をやさしく何度も撫で、玲香はそんな賢児の様子をホッとした様子で見つめた。


  *  *  *


≪秘密の物語≫

「どうしても行くのだな、ミコト」

「はい! かならず、にいさまをつれてかえります!」

「僕たちもお供します、王様」

 ショーンが言うと、レイやマリー、ミーツン、話を聞いて駆けつけてきたケンも頷きました。


「では、ショーンには、この“龍の輝石”を授けよう。王子が、お前に託したものだ。姫を守ってくれるようにと」

「…こんなに美しい光を放つ石を見たのは初めてです。まるで、光の女王様にお会いしているようです」

「そうだ。この石は、いつか王子が光の大王になれるようにと、女王が修行のために渡していたもの。この石のために困難が与えられることもあるが、正しい道を歩んでいれば、やがてこの石から光に満ちた未来が与えられる。王子は類稀なる石の使い手でもあるからな」

「わかりました。必ずや、この光がもっと満ちた状態で、王子様にお返しいたします」


「おじいさま。いってまいります。それまで、サイオン国の平和を守って下さい」

「おお…王子と同じことを言うのだな」

 サイオン王は思わず涙しました。そして、その涙がこぼれおちて跳ね返り、ケンの手にかかると、涙は紫の輝く石になりました。


「おじいさまが石をうんだ…」

 ミコト姫同様、皆が一様に驚きました。涙や汗や息を宝石に変えることは、光の女王にしかできないこととされていたからです。

 サイオン王が石を産んだということは、もうすぐ光の大王になる時期が近づいているということでもありました。

 ですが、そのためには、石の使い手である王子と、石を守る魔法使いたちの助けがいるのです。

 ミコト姫たちは、王子を救いに向かう旅の途中で、森に住むという石の魔法使いたちの元を尋ねることにしました。


「大丈夫です、姫さま。魔法使いの兄弟は、とても優しいと聞いています」マリーが言った。

「妹のソナタは、王子が森で修行している間、お傍にお仕えしていたということですし」リオが続ける。

「じゃあ、だいじょうぶ。ミコトがお願いします。にいさまを助けるのを手伝ってくれるように」

 ミコトは力強く拳を握りしめ、水晶の冠をかぶると、馬にまたがりました。


  *  *  *


「ししょー!」

 華織のマンションに到着した翔太の姿を見つけると、充が満面の笑みで翔太に駆け寄るが、途中で真里菜に押さえつけられ、後ろに倒れ込む。

「さゆちゃんが、さき!」

「こ、こら。真里菜、駄目でしょ、そんなことして!」夕紀菜が慌てて充を起こす。「ごめんなさいね、充くん。大丈夫? 怪我してない?」

「ふぇ~ん。いたいでござるよお」充が夕紀菜に抱きつく。

「充くん。どこが痛いの? 怪我しちゃったのかしら…」

「ふぇ~ん。え~ん」

 声だけは泣いているが、抱きついている顔が嬉しそうなのを見つけた真里菜が、充に顔を近づけてすごんだ。

「ちょっと…わらってるじゃないさ! ママに、ぎゅってしたいだけでしょ」

「ひぃ~!」思わず抱きついた両手を離し、後ずさる充。


「充、何やっちょるん」

「ししょう~。あねごがこわい~」今度は本当に泣きそうな顔になる充。

「でも、みつるくんは、まりりんのキックがだいすきなのよね。ふふ」

 奏子が微笑むと、大人たちは一同に心の中で思った。

“やっぱりそうなんだ…”

「がんばって、にんじゃのおやくめをしてるのに、きょうもがんばったのに…」充が翔太を見上げる。

「うん。あのね、みつるくん、クリームべたべたこうげきで、がんばってたよ」紗由も充に加勢する。


「まさか、服にクリーム付けてまわったんか?」翔太が眉間にしわを寄せる。

「はい! ひめがあやしいといったわるものに、しるしをつけました!」

「おとなのひとたち、あわててたから、きづかなかったよね、きっと」真里菜が言う。

「うん。パニックだったにょ~」頷く大地。


「おにいちゃまも、おおいそがしだったの。きゃーとか、あれーとかいってるおばさんたちを、なでなでしにいくから、たーいへん」真里菜も頷く。

「大人が泣くと、子どもがみんな泣くから~」体をくにゃくにゃさせる大地。

「大変やったなあ、大地くん」

「はい!」なぜか充が返事をして大きく頷く。

「褒めてあげてよ、翔太。クリームのマークが役に立ったんだよ。紗由の感じたことと、僕の感じたことを答え合わせするのに」


「…わかった、わかった。ようやった。…真里菜ちゃんも、気に障るかもしれへんけど、堪忍な。充も、おかんとよう会えなくて寂しいんや」

「うん。それはかわいそうだなって、まりりんもおもうよ」真里菜が頷いた。

 充の母親は外務省の外郭団体職員で、今は一年間の長期出張で神戸に滞在してるのだ。

「ししょうや、みんながいるから、さみしくないでござる!」

 充が翔太に抱きつきながら言うと、翔太は笑って、充の頭を何度もなでた。


「ところで翼くんは、後で会場に行けば、たどれるん?」翔太が翼に尋ねた。

「たぶん」

「紗由と一緒なら、かなりたどれると思うから、会場っていうより、園長先生と10分ぐらい話ができるといいんだけどなあ…」龍が言う。

「じゃあ、そういう機会を作るよ」涼一が話に入ってきた。

「そんなことできるの、とうさま?」


「フリージアの園長夫人に、久英社で英才教育用の学習教材を監修する予定があるから、モニタに協力してほしいという話をしたから、それを青蘭や他の私立いくつかにも協力を依頼するという形で会議を開けばいい。

 どうせだから本だけじゃなくて、賢児のところで、ソフトを作らせよう。…まあ、実際にそれが稼動するかどうかは別として、そういう設定にしてもらって、龍たちもモニターで会議の参加者だ」

「じゃあ、僕も参加するよ」疾人が言う。「心理学的側面のフォローってことで」

「そのソフト本当に作って、本につけてよ。絶対、売れるわ」夕紀菜が笑う。


「梨本先生の秘書も一緒に呼べるといいのにね」

 響子が疾人を見ると、疾人が答えた。

「御厨さんは梨本先生の代理で来ていただけだからなあ」

「監修、手伝どうてもろたら、ええですよ」翔太が言う。

「どういうことだい?」涼一が尋ねる。

「御厨のおじさんは、秘書さんになる前、教育委員会いうとこにいて、教育一筋やったて言うてました」

「そうなんだ。よく知ってるねえ」疾人が感心する。

「匠くんのお供で、たまに清流にお泊りにきてはりますから」


「じゃあ、会議のメンバーは、怪しい3人と、賢児、僕、疾人くん。子どもたちは、龍、紗由、翼くん、奏子ちゃん、ていうことでいいのかな。翔太くんは?」

「まりりんもメンバーに入れてね」龍が言う。「匂いで嗅ぎ分ける力、役に立つと思う」

「僕は、賢ちゃんの会社で会議するなら、別の部屋から見ててもええです」翔太が言う。

「うん。翔太は、そのほうがいいかも」

「大地くんも入れたほうがいいんじゃないのかい? また奏子が、その…発動させちゃったりした場合に…」控えめに提案する疾人。

「だめです」紗由が断言する。

「何でだ?」涼一が尋ねる。

「なおせるひとだって、わかったら、ゆうかいされるよ」


「あ…なるほど、そういうことか。敵にしてみれば、大地くんみたいな力は、簡単に使いこなせそうな気がするかもしれないな。奏子ちゃんみたいなパターンよりは」

「じゃあ、大地くんと僕は別の部屋から見とりますわ」

「ししょう! せっしゃは? せっしゃは?」

「みつるくんも、きて。うるさい子がいたほうが、いいから」

 紗由が言うと涼一が怪訝な顔になる。

「何でだ?」

「どこかに注意が向いている時のほうが、相手の意識を探りやすいんだ。

 石で探査する時も。まりりんがキックして、充くんが泣き喚いている時に、僕と紗由とで相手の頭に探りを入れるよ。

 翼は過去をたどって。奏子ちゃんは、石の反応をチェックしておいてね」

「はい! いっぱい、メモします」


 うれしそうに笑う奏子に紗由が言う。

「メモすると、てきにばれちゃうから、つばさくんにそーっとつたえてね」

「うん。そうすれば、僕が覚えておくから大丈夫だよ、奏子」

「はい…」少し悲しそうに答える奏子。

「せっしゃも、いっぱいキックされるでござる!」満面の笑みになる充。

“やっぱり好きなんだ…”大人たちは再度思った。


「ふたごちゃんも、よんでね」

「玲香さんか。普通、その手の会議の時には出席するんだろうから、問題なしだな」

「でも、とうさま。そういう会議の時って、哲ちゃんも出るんじゃないの?」

「あ、そうだな…うーん、どうするかな」

「普通に出てもろて、ええと思いますけど。会社の仕事なのに、パーティーにいた人ばかりいうのも変です」

「じゃあ、進子おねえさんも呼ぼうよ」龍が言う。


「進子お姉さんて、アートディレクターの部長さん?」涼一が尋ねる。

「え? え? えーと、えーと…」

 慌てる真里菜に龍が微笑む。

「まりりんも会ったことあるよね。イマジカの偉い人の一人だから、会議には必要なんだよ」

「う、うん…」

 うつむく真里菜の様子を、何気にチェックする紗由と奏子。

「現場で働く人がいると、それっぽくなると思うんだけど、どうかな、とうさま?」

「確かに言う通りだ。じゃあ、その線で賢児に打診してみるよ」

 涼一が皆の同意を得た時に、華織がリビングに現れた。


  *  *  *


「あいつら、“荷物”を公園のベンチに捨ててったよ」

 進が車に乗り込むと、女は溜め息をついた。

「まったく…。ゴミは持ち帰りましょうって、習わなかったのかしら」

「持ち帰って処分という方法を取らなかったところを見ると、再利用するつもりなのか、犯人は荷物に口を割られても安全なところにいるのか…」

「再利用って言っても、幼稚園児にしてやられるところを見ると、あの荷物は素人さんよね」

「だろうなあ。でも大隅氏は、一回こっきりで、素人使うことがあるようだからな」


「とりあえず、粗大ゴミくんのほうは、水町さんから依頼があった、イベントの当選者追加枠二人うちの一人だから、紗由さまを見張っていた時点では、大隅氏の配下だったのは確かね。

あるいは、大隅氏の使う法則を知っている人間が悪用したか…。“モリモト”のアナグラムで“トモモリ”。彼を使えば、大隅氏の仕業に見えるわ」

「でも、麻袋を運んできた後任の女の先生は“トミモト”だよ。紗由さまたちが“トリモモ”先生と呼んでいるから、“モリモト”にはなるが、大隅氏の配下なのかどうか、難しいところだな。それに大隅氏なら直接龍さまに会いに来るだろう」


「…四辻先生を狙った一派かしら?」

「そこに限定するのは早いかもしれないが、華織さまも、そっちに目を光らせているようだし、注意が必要だな。

 まあ…何はともあれ、当分“残業”が続きそうだ。悠斗には申し訳ないが」

「そうね。一段落したら、3人でディズニーランドかしら」

 女は一瞬微笑むと、アクセルを踏み入れた。


  *  *  *


 子どもたち、その親たちとの“お茶会”を終了した華織は、隣のマンションにある進の部屋に保を呼び出した。

「姉さん。大地くんが動かなかったら、あの会場は大変なことになってたんだぞ」

「大地くんは動いたのよ。それで、いいじゃないの」

「姉さん…!」保は深く溜め息をついた。

「保さま。周囲の方々を心配なさるお気持ちはわかりますが、子どもたちは敵の動きに対して、それぞれに知恵を出して動き、あの場を納めたとも言えます」

「それはそうだがね、進くん。“命”の力があっても、子どもは所詮子どもだ。腕力でねじ伏せられたら、ひとたまりもない」


 保が進に対して難しい顔で答えたとき、龍が扉を開いて入ってきた。

「じいじ。心配かけて、ごめんなさい」保に抱きつく龍。

「龍! おまえどうしてここに…?」思わず進のほうを見つめる保。

「実は、あの騒ぎの直前に潜入していたところ、見破られてしまいました」進が保に頭を下げた。

「見破ったのは、まりりんなんだ。彼女、匂いでわかるんだよ。すごいよね」

「あら。おやじ臭を判別できるの?」

「そういうことではございません」華織の言葉にムッとする進。


「ねえ。進子お姉さんは、お姉さんなの、お兄さんなの?」

「えーとですね…」

 進が何と答えていいものやら迷っていると、華織が代わりに答えた。

「ケースバイケースってことよ」

「翔太が言ってたんだ。胸のぴかぴかが、心が乙女の人のものじゃないように見える時があるって。玲香ちゃんは、どっちでもいいじゃないって言ってたけど。進子ちゃんは進子ちゃんだからって」

「そうでしたか」複雑な表情になる進。


「ぴかぴかというのは、そこまでわかるものなのかい?」保が興味深そうに龍に尋ねる。

「翔太は特別みたい。弥生ちゃんが“命”の血筋の人だし、グランパの特訓の成果もあるんじゃないかな」

「特訓?」

「うん。紗由と二人で受けてるよ。紗由もすごいんだ。昨日なんて、僕が油断してたら、先に賢ちゃんの石の変化に気づいた。半年前ならありえないよ」


「龍。紗由は具体的に、どんな力が増してるんだい?」保が聞く。

「そうだなあ…まず、危険に反応する。“弐の命”っぽいね。

 でも、ビジョンとして受け取るわけじゃないし、その後、その危険をどうにかする力はないように思える。おばあさまや、風馬おじさん、僕をサポートする力なのかな。そういう意味では翔太も同じだけど」

「紗由を“命”のサポーターとして教育してるのかい、姉さん? まさか彼の跡を継がせようとでも?」少し不機嫌な声で聞く保。

「紗由を教育しているわけじゃないわ。基本的に私が直接教育をするのは、壱位と弐の位、龍の子だけよ。

 紗由が翔太くんのレッスンを見て、自分もやりたいって言い出したから、参加させただけ…というか、勝手に参加して、翔太くんの真似をするのよ。

 でも、翼くんみたいに、過去をたどる力が伸びるのかと思っていたら、そうでもなくて…」

 人差し指を口にやり、考え込む華織。


「保さま。元々紗由さまは、全体を見渡す力に優れていらっしゃるように思えます。他の子たちのように部分的に突出した力とは一線を画するのではないかと」

「うん。進子お兄さんの言うとおりだと思う。まりりんの“匂い”、奏子ちゃんの“石使い”、翼の“記憶力と過去探索”、大地の“ヒーリング”。そういうのとは基本的に違うんだ、紗由のは」

「どう違うんだい?」いぶかしげに尋ねる保。

「誰が何をしたらいいかを把握するんだよ。政治家の偉い人がやるのと同じだよ」

「ふむ…」


「あと、僕の気になるところだとね…コピー能力が高まってる。

 だから、皆の力の質が上がれば、紗由の力も上がる。紗由は翔太と同じになりたがってるから、翔太がレベルアップすれば、その分、紗由の力も上がるんだよ」

「いいものだけコピーしてくれるんなら、いいんだがな」保は複雑な表情で言った。

「悪いものもコピーしてみないと、いいか悪いか、ちゃんとわからないよ」淡々と言う龍。

「その言い方、涼一にそっくりだな、まったく」

“そう。天馬よりもずっと”という言葉を、龍以外の人間全員が飲み込んだ。


  *  *  *


 翌日、紗由の元へバラの花束が届いた。差出人は「鷹司猛」とある。運動会の時に龍に挑戦状を叩き付けた、あの少年だ。

「まあ。紗由宛? きれいなお花ねえ」

 周子は、鷹司の文字に少し戸惑いながら、花束を紗由の顔に近づける。

「にせものの、おむこしゃんからだ」紗由が、くんくんと花束の匂いをかぐ。

「確か、お義父さんのお兄さんの孫…だったよな?」涼一が花を覗き込んだ。

「ええ、そうよ。でも、彼が生まれる以前に父と伯父は関係を断ってしまったから、私はその子に会ったことはないの」


「これ、さゆのおはなじゃない」紗由が少し怒ったような顔で言う。

「ああ、そうね。紗由の大好きな黄色いお花がないわねえ」

「カードもついてるよ」龍が花束の中から小さい封筒を抜き出した。

「よんで!」紗由が涼一を見上げる。

「どれどれ…“再会の日まで気をつけて”。変なカードだな。こういう時は、“紗由ちゃんほどではないけれど、可愛いお花を贈ります”とかじゃないのか?」

 歯の浮くような言葉がすらすらと出てくる涼一に、周子が一瞬冷たい視線を送る。


「龍にああいうことがあった後だし、何だか脅迫じみてて、嫌な感じだわ」眉間にしわを寄せる周子。

「大丈夫だよ、かあさま。彼は紗由のことお嫁さんにしたいんだ。紗由を危険な目には合わせたりしないよ」

「でも…」

「たぶん、僕への忠告だよ」

「何で龍に忠告するんだ?」

「僕がいないと、彼は試合ができない。試合まで、ちゃんと気をつけて過ごせっていうことじゃないかな。紗由に読ませたいカードなら、“再会”なんて難しい言葉は使わないよ」

「もう一度狙われるってことなの?」

「あの後、学校の警備も強化されたし、僕に限らず、今誘拐するのは難しいと思うけどね」


「今は、か…」涼一が考え込む。

「でもほら、犯人たちは目的を達してないわけでしょ? また来ると思っていたほうがいいよ」

「SP追加してもらいましょうね」

「そんなに付けたら、教室が父兄参観日みたいになっちゃうよ」龍が首を振って拒否する。

「あのね、くろいおじさんたちはね、ろうかにいると、みんなにのぼられちゃうんだよ」

「紗由がのぼってるんじゃないのか?」

 疑わしげな目つきで涼一が尋ねると、紗由は自信満々に答える。

「おてほんが、ひつようだから」


「もう、紗由ったら、そういうことしないの。紗由を守ってくれてるのよ。大事なお仕事してるのに、邪魔しちゃダメ」

「おしごと、てつだってるよ。4にんでおしえてあげてるもん。あやしいひとがきたら」

「なるほどな」思わずくすりと笑う涼一。

「怪しい人も大変だよね。眠り薬飲まされたり、石で頭痛くなったり、キャンディーやケーキを服に付けられたりするんだから。…覚悟が要るよね」

“やっぱり、覚悟を決めて、こっちから行くか”

 龍はズボンのポケットの天珠をそっと握り、心の中でそう語りかけた。


  *  *  *


 龍が匠の家に向かおうと準備をしていた時、華織からの電話が入った。

「一人で行くの?」

「正確には、先に行くだけだよ。翔太も紗由も、必要な時に行くと思うから」

「どうして、そんなことする気になったの?」

「このままだと“面倒くさい”からだよ、おばあさま」

「なるほどね。私も面倒は好きじゃなくてよ」

「充くんが作った物語、皆読んでるんでしょう?“ナーシモ王”は、今までの登場人物から言うと梨本先生しかいないじゃない。疾人おじさまも怪しんでる。響子おば様もね。はっきりさせないと、皆楽しくないよ」

「まあ、皆、そう思っているでしょうね。元々、奏人さんの事件の時にも、いろんな噂があった方だから」


「秘書の御厨さんは、紗由が敵認定したし」

「でも、奏子ちゃんの石にはまったく反応しなかった」

「どこかで誰かが、石の影響を解除してたんだろうね」龍が皮肉たっぷりの口調で言う。

「あら。疑われているのね」

「違うよ。確信してるんだ。僕を誘拐、というかボスに会わせて話をさせようとしたのは、御厨さんだよ。

 おばあさまも、梨本先生と僕に話をさせようと思ったんでしょう? そのほうが面倒がないもの。手伝ってあげたんじゃないかなあ。

 御厨さんて、その手のことに長けてるように見えないし。…あ、スズキ先生が使われるように仕向けたのも、そうなのかなあ」

 龍の言葉に、華織は電話の向こうでしばし沈黙した。


「まあ、いいや。ところで、おばあさま。猛くん、もしかしたら、鷹司の家を出されるの?」

「…梨本先生の強いご依頼で、梨本の養子になるんだそうよ。間には大隅さんが入っているらしいわ」

「猛くんは、鷹司のおじいさまに疎まれてるって思ってる。

 まあ、実際そうなんだろうね。鷹司のじじちゃまと縁を切ったのは、かあさまが西園寺家にお嫁に来たからなんでしょう? よほど“命”が嫌いなんだね」

「“命”が嫌いな人は少なくないわ。でも、周子さんの結婚とは話が別」

「“命”が嫌いなのは仕方ないけど、でも、子供に辛い思いをさせるなんて、僕はそういう人のほうが嫌いだな」

「猛くんは敵チームのボスよ。精神的に動揺したら、龍はチャンスじゃないの」

「そういう駆け引きは、負ける可能性がある人間がすることだよ」

「あら。ずいぶんと自信があるのね」

「パーティーの時に、けっこう僕たちはいいチームだなって、わかったから」楽しそうに笑う龍。


「ねえ、ところで梨本先生は“命”の力が欲しくて、猛くんを引き取るの? まさか僕のことも欲しがってるの?」

「そうねえ…先生が返り咲きを狙っているのなら、欲しいのは“壱”よりも“弐”のほうよね。でも、さすがに龍を養子にするのは非現実的よ。西園寺の者は、誰一人、あなたを手放すようなことはしないもの」

「でも、じいじはどうだろう。国民が危ない目に遭うって脅されたら…」少し声が小さくなる龍。

「政治家をやめるだけでしょう。大した問題じゃないわ」

「問題だよ!」

「だから、問題化する前に決着させるのよ」

「わかったよ。行ってきます。電話してきたってことは、帰りに報告に寄れっていう意味なんでしょう?」

「龍の大好きなクッキー、用意しておくわ」


「…もうひとつだけ、いい?」

「なあに?」

「あ…いいや。戻ってからでいい」

 龍は電話を切ると、羽龍の玉を握りしめ、部屋を出た。


  *  *  *


≪秘密の物語≫

 ドラゴン王子その頃、ナーシモ王のもとへ身柄を届けられていました。ですが、想像していたのとはまるで違って、大切な客人のように扱われるので、王子は少々困惑していました。


「ナーシモ王。どうしてあなたは、僕をこんなふうにもてなすのですか? あなたの目的は、サイオン王に国を差し出せと言うことでしょう? 僕をひどい目にあわせて、サイオン王を脅すために、ここに連れてきたのでしょう?」


 ドラゴン王子がそう言うと、ナーシモ王は大きな声で笑い出しました。

「私が欲しいのは全世界だ。そのためには、光の石を手に入れて、それを目覚めさせなければいけない」

「そんなことはさせない! あなたのような悪い人は力を持ってはいけないんだ!」

 王子が言うと、ナーシモ王は、もっと大きな声で笑いました。


「だが、もうここにあるんだよ、光の石は」

 ナーシモ王は手を叩き、家来に大きな台を運び込ませました。王が布をめくると、そこには光の石が現れました。

「これは…」

「そう。君の命と引き換えに、サイオン王が差し出した光の石だよ」

「おじいさま…」ドラゴン王子は足から崩れ落ちました。


「サイオンは王として失格だよ。王たる者、力のためになら、身内も打ち捨てねばならぬのに」

「まさか、あなたはレイジ王子を最初から見殺しにするつもりで…」王子はナーシモを睨みつけました。

「身内と言っても、あの子は私と血のつながりはないからね。こういう時に役立ってもらうために、呼び寄せて手元に置いておいたのだよ」

「…あなたのような人に、光の大王になる資格はない!」

 怒る王子に、ナーシモ王は不敵な笑いを浮かべました。


  *  *  *


「すごいお部屋だねえ」

にこにこと部屋を見回す龍に、匠は不思議そうに言った。

「龍くんちのほうが、ずーっと大きくてきれいじゃない」

「こういう、子どものために一生懸命作りましたっていう感じの部屋、うちにはないんだ。仮面ライダーの壁紙なんて、うちじゃあ絶対にやってくれないよ」

「そうなの? 紗由ちゃん、キティちゃんとか大好きなんじゃないの? リュック持ってたよね」

「うん。紗由は可愛いキャラ大好きだけど、壁紙とか家具は大人用。うちは、あくまで大人中心の家なんだ。でも、可愛いものはね、幼稚園のほうでリクエストすると、けっこう入れてもらえる」

「へえ…。そういうの、おじいさまが寄付したお金も役に立ってるのかなあ」

「もちろんだよ。この前のパーティーでも、梨本先生の代理で御厨さんがご挨拶してたよ。いっぱい寄付した人は挨拶するきまりだから」

「それなら、紗由ちゃんも喜んでくれるね。よかった」匠が笑う。


「ねえ…紗由のこと、好き?」

「…紗由ちゃん見てると元気になる。人と話すのが楽しそうに思えてくる」匠は少しうつむいた。「僕には大事なんだ。そういうこと」

「僕、匠くんの、そういうとこ、好きだな。言葉が素直で、とても綺麗だ」

「よくわからないけど…ありがとう」恥ずかしそうに言う匠。

「どういたしまして」優しい目で龍が笑った。

「龍くんと一緒にいる時も、元気になるよ。あと、翔太くんも」

「匠くん、一人っ子だから、大勢が楽しいのかな」

「うん。でも、もうすぐ、家にはお兄さんがもらわれて来るんだ。ひとつ違いだから、龍くんと同じ」

「そうか…。お兄さんと仲良くなれるといいね」

「うん…。でもね、あんまり家に来たくないみたいなの」少し不安そうに言う匠。

「大丈夫だよ。彼も緊張してるんじゃないかな。きっと仲良くなれるよ」

「ありがとう」

 龍に言われて安心したように匠が笑うと、ドアがノックされ、梨本元総理が入ってきた。


「いらっしゃい、西園寺くん」

「おじゃましてます、梨本先生。祖父がいつもお世話になってます」龍は丁寧に頭を下げた。

「立派なご挨拶ができて偉いねえ。さすがは西園寺先生のお孫さんだ。匠と仲良くしてくれて、ありがとうね」梨本が微笑む。

「いいえ。僕のほうこそ、匠くんと仲良くしてもらって、うれしいです。匠くん、優しくていい子だから、大好きです」

「よかったなあ、匠。そんなに褒めてもらえて」

 梨本がうれしそうに匠の頭を撫でると、匠もうれしそうに頷いた。


「あ、そうだ。匠、今、テーラーが来た。コンクールの衣装だよ。リビングのほうで試着しておいで」

「…はい。龍くん、ごめんね、ちょっと待っててね」

「大丈夫だよ。その間、おじいちゃんがお話しているから」

「行ってきます」

 匠は龍に手を振ると、部屋を後にした。


「改めて、ようこそ。西園寺龍くん」

「本当は、ただ、匠くんと遊びたかったんですけど」

 匠の前とは打って変わって、不機嫌そうな様子を露骨に見せる龍に、梨本は苦笑いした。

「驚いたよ。君のほうから電話をもらった時は。…しかし、よく私のことがわかったね」

 梨本が龍をじっと見つめる。

「ある人から忠告メッセージが来ました。僕を眠らせて連れ去ろうとした犯人が、彼や、彼の関係者でないとすると、祖父と利益が一致してない人間が怪しいです。

 しかも、大隅さんのやり方を知っている人。それで祖父の周囲の人間をリストアップしてもらって、精査しました」

「ほう…それは、それは」


「それに、匠くんのカフスを見たとき、あれって思ったんです。あんな石、その筋の関係者でもない限り、普通は持っていません。匠くんがコンクール前なのに、ちょっとスランプ気味だったから持たせたんでしょうけど、ナーバスな時に強すぎる石は逆効果です。

 その時の彼の波長を考えて選ばないといけません。コンクールの時は、真珠のカフスあたりがいいと思いますよ」

「石のことは、よくわからなくてね」

「それで、わかりそうな人間を養子にするんですね」

「ある人から薦められたんだよ」

「猛くんの力で、先生が欲しいものを手に入れられると思っているんですか?」

「君は、入れられないと思うのかい?」

「決着は付かないと思います」


「君の考える決着というのは?」

「祖父が総裁選から降りることです。正確には、先生がまた総理大臣になること」

「ほう。面白いことを言うね」

「家族に危険が及びそうになれば、祖父は総理の座を捨てると思います。でも、それで先生が総理になれるわけじゃありません」

「確かにそうだ。西園寺君が降りたからと言って、その椅子が私の前に横滑りになるわけではない」

「仮に、返り咲いたとしても、大切な孫を狙われるのがオチですよ」

「孫か…」

「二人いるから、一人はどうなってもいいってことなら話は別ですけど」

 龍が梨本をにらむと、梨本は大声で笑い出した。


「いやあ、傑作だ。噂以上の頭の良さだね」

「お願いです。匠くんを悲しませるようなことは、しないでください」

「小学生に泣き落としされるとは思わなかったなあ」椅子に深く座りなおし、天井を見つめる梨本。

「西園寺保の孫としてではなく、匠くんの友達としてお願いします」龍は深く頭を下げた。

「私は、誰より匠のことを考えているよ」

「匠くんは、友達が傷ついても傷つきます。新しくできる兄が傷ついても、それは同じだと思います」

「匠のことは、私が十分に考えるから、心配はご無用だ」

「お願いは聞いてもらえないってことですね」

「簡単に言えば、そういうことになる」

「そうですか…」

「そろそろ匠が戻ってくる。話はここまでにしよう」梨本が龍を再び見つめた。


「さっきも言いましたけれど、猛くん程度の力では、先生の望みを叶えることはできません。ご存知かと思いますが、今度僕たちは試合をします。彼に勝ち目はありません」

「自信だねえ」

「彼が勝ったら、紗由をお嫁にやるということのようですし、僕は負けるわけにはいかないんです」

「妹思いだね」

「僕のほうでも勝ったときの条件を出したいと思います。それは、ちゃんと請けてもらえますよね。勝負なんですから」

「ああ、いいだろう。彼には私のほうから承諾を得る」

「じゃあ…僕が勝ったら、猛くんを養子にするのをやめてもらいます」

「え?」

「“命”の力は、人を幸せにするためのものなんです。あなたの好きなようには使わせない」

 龍は梨本を強い瞳で見つめた。


「龍くん、ごめんね、お待たせして」

 匠が息を切らせて部屋に入ってきた。その手には、お菓子の箱が抱えられている。

「匠くん、走ってきたの? いいのに、僕のことなら。先生と、いろいろお話してたんだ。匠くんの言う通り、やさしいおじいさまだね。いいなあ」

 ほんの一瞬前とは、がらりと変わった子どもらしい表情で微笑む龍。

「うん。おじいさまは、いっつもやさしいんだよ」匠がにっこり笑う。「あ、あのね、これ、キッチンから持ってきちゃった。テーラーのおじさんが持ってくる御菓子、いつもすごく美味しいのなんだ。クッキーだよ。ジュースはすぐに来るからね」

「わあ。ありがとう。クッキー、大好きなんだ」


 箱を楽しそうに開ける二人を横目に、梨本はそっと部屋を出て行った。


  *  *  *


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