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【7/11甘々回追加】「物事には優先順位がある」が口癖の婚約者に後回しにされ続けたので、私も優先順位を変えました【7/10ざまぁ回追加】  作者: 木風


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番外編① それぞれの優先順位

 婚約破棄から、ひと月が経った。

 ジョルジュ・ヴェルチは、おおむね上機嫌だった。


 理由はある。

 婚約を解消してからというもの、母や妹のリリー、幼馴染のソフィ、元恋人のイレーヌ、友人のマルグリットまでが、以前よりずっと気軽に声をかけてくれるようになったからだ。


「ジョルジュ、少しいい?胸が重くて、今日は不安なの」

「お兄様、今日も来てくれた!新しい帽子を見てほしいの」

「やっぱりジョルジュが一番、話が早いのよ」


 なるほど、とジョルジュは思っていた。

 クレアがいた頃は、彼女が待っているから、と断る場面もあった。観劇、散策、茶会、買い物。婚約者との予定を理由に、誰かの頼みを後へ回すこともあった。


 けれど今は違う。

 誰を気にすることもなく、全員の要望に応えられる。

 これが本来の自分の姿だ、と彼は信じていた。

 頼られる男。皆の味方。誰にとっても、必要な存在。


 母は、ことあるごとにジョルジュを呼んだ。


「あなたがいてくれると安心するのよ」


 そう言われれば、付き添わないわけにはいかない。妹のリリーは、買い物にも茶会にもジョルジュを連れて行きたがった。幼馴染のソフィは、些細な悩みでも長い手紙を寄越した。イレーヌは体調を崩したと知らせてきたし、マルグリットは夫の不在中に茶へ誘ってきた。


 忙しい。

 けれど、悪い気はしなかった。自分はやはり、必要とされている。

 そう思えば、夜会の支度で少し寝不足になることも、急な外出で父に苦い顔をされることも、些細なことに思えた。


 ただ、ひとつだけ気になることがあった。

 最近、周囲から向けられる目が、少しおかしい。

 最初にそれが形になったのは、ある夜会の帰りだった。


「ヴェルチ殿」


 廊下で呼び止められ、ジョルジュは足を止めた。

 相手は、リリーの婚約者である青年だった。温和な顔立ちをしている。いつもなら柔らかく笑って会釈をする男だが、その夜の目には、ジョルジュが見慣れない種類の冷たさがあった。


「リリーが、またあなたに相談していたようですね」

「ええ、まあ。妹が困っているなら、当然でしょう」

「婚約前から、ずっとそういった距離で?」

「もちろんです。家族ですから」


 青年はしばらく黙っていた。

 それから、廊下の奥で談笑する人々にちらりと目を向け、声を落とす。


「婚約中のご令嬢が、婚約者以外の男性を何度も呼び出す。その男性が、婚約破棄をされたばかりの方となれば……周囲の方々は、どう見られるでしょうね」


 ジョルジュは苦笑した。


「おかしな見方をする人もいるでしょうが、僕たちは兄妹です」

「兄妹であれば、何も問題はないと証明できますか」

「……は?」

「なぜ、婚約者との約束を何度もずらしてまで、あなたを呼んだのか。なぜ、茶会でも買い物でも、必ず兄でなければならなかったのか。そしてなぜ、あなたが婚約を解消された後、以前より距離が縮まっているのか」


 声は荒くない。

 だからこそ、ジョルジュは言葉を失った。


「リリー様を疑いたいわけではありません。ですが、我が家にも面子があります」

「リリーは、そんな」

「では、ヴェルチ殿。あなたは妹君の婚約を守るために、今後一切、不必要な同伴を控えられますか」


 ジョルジュはすぐに頷けなかった。

 リリーが困ったとき、兄である自分を頼る。それを拒む理由が、どうしても見つからなかったからだ。

 青年は、その沈黙だけで十分だという顔をした。


「……婚約の継続については、父とも相談いたします」

「待ってください。それは」

「リリー様が何も間違えていないのなら、堂々としていればよろしいでしょう。ただ、我が家が不安を覚えたという事実は、消せません」


 そう告げて、青年は去っていった。


 ジョルジュは廊下に残された。

 壁際の燭台の火が、小さく揺れている。人々の笑い声は変わらず続いていたが、その中に自分だけが取り残されたような気がした。


 そこから、噂は思ったより早く広がった。

 リリーの婚約者が不信を抱いた。

 その話は、すぐに別の家の耳へ届く。


 すると、これまで別々の小さな出来事だったものが、急に一本の線で繋がって見えはじめた。

 ジョルジュ・ヴェルチは、婚約者との約束より、ほかの女性を優先し続けた男だ。

 そして、その男を呼び出していた女性たちは、いったいどういうつもりだったのか。

 誰かがそう囁いた。


 囁きは、茶会の席で広がった。扇の陰で、廊下の端で、馬車を待つわずかな時間の中で、少しずつ形を変えながら。


 幼馴染のソフィからは、短い手紙が届いた。

 しばらく、お会いしない方がよいと思います。

 婚約者と話し合いの時間を持つことになりました。

 ソフィらしくない、硬い筆跡だった。


 翌日、イレーヌからも手紙が届いた。

 もう私に関わらないでください。

 あの方に誤解されてしまいました。あなたのせいです。


 ジョルジュは手紙を握りしめた。

 なぜ、自分のせいになるのか。

 イレーヌが体調を崩したというから、見舞っただけだ。ソフィが相談したいと言うから、話を聞いただけだ。リリーが兄に付き添ってほしいと言うから、そばにいただけだ。


 誰も間違ったことなどしていない。そう思いたかった。

 けれど、三通目の知らせが届いたとき、ジョルジュの胸の奥に、ようやく嫌な重さが落ちてきた。

 マルグリットの夫から、ヴェルチ家へ非公式な問い合わせが入ったのだ。


 妻が、婚約破棄された男性を我が家に招いていたと聞いた。

 それは事実か。夫婦の問題として、今後の付き合いを見直したい。


 父はその書状を読んだ後、ジョルジュを呼ばなかった。

 ただ、食卓で目が合ったとき、深い皺の刻まれた眉間を見せただけ。

 それが、叱責よりもずっと重い。


 母の部屋に呼ばれたのは、その日の夕方。


「ジョルジュ、どういうことなの」


 長椅子に腰かけた母は、白いハンカチを握りしめていた。


「リリーが部屋から出てこないのよ。お兄様のせいで縁談が壊れるかもしれないって、泣いているの」

「僕のせいではありません。リリーが僕を頼ってきたから」

「でも、あなたがもっと上手くやってくれていれば」


 その言葉に、ジョルジュは目を見開いた。


「母上まで、そうおっしゃるのですか」

「だって、あなたは男でしょう。リリーはまだ若いのよ。あなたが守ってあげなければ」

「守っていました」

「守り方を間違えたから、こんなことになったのでしょう」


 ジョルジュの喉が詰まった。

 母はいつも、自分を頼った。

 胸が苦しい。外出が不安。茶会に顔を出してほしい。リリーの面倒も見てやってほしい。そのたびに、ジョルジュは出向いた。


 クレアとの約束をずらしてまで。

 それなのに、今になって母は、守り方を間違えたと言う。


「母上も、僕を呼んだではありませんか」

「私は母親よ」

「母親なら、息子の婚約者との約束を破らせてもよかったのですか」


 母の唇が震えた。

 ちょうどそのとき、扉が開いた。

 父だった。


「その通りだ」


 低い声に、母もジョルジュも口を閉じた。

 父は部屋へ入り、静かに扉を閉める。


「お前もだ」

「体調が悪いと言えば、息子が婚約者との約束を破って飛んでくる。それを当然と思っていたのだろう」

「あなた、私は」

「母親である前に、ヴェルチ家の夫人だ。息子の婚約を壊すほど甘えてよい立場ではない」


 母の顔から血の気が引いた。

 父は続けた。


「リリーにも言ってある。婚約者より兄を優先してきた自分の振る舞いを省みろ、と。相手の家から不安を持たれるだけのことをしたのだ」

「でも、リリーはまだ」

「幼い娘ではない。婚約者のいる令嬢だ」


 母は何も言えなくなった。

 ジョルジュも同じだった。


 その夜、ジョルジュは父の書斎へ呼ばれた。

 扉が閉まると、部屋の空気が一段重くなる。

 父は机の上に、いくつかの書状を並べていた。


 リリーの婚約継続についての保留。

 ソフィの家からの、非公式な距離を置きたいという申し入れ。

 マルグリットの夫からの問い合わせ。

 イレーヌの恋人の家から回ってきた、苦情に近い噂話。


 書状の端は、父が何度も読み返したためか、わずかに反っていた。


「お前は、何をしていた」

「僕は、ただ頼まれたことに応えていただけで」

「婚約者がいながら、女性を呼び出す。婚約者との約束をずらして、女性に会いに行く。その結果、婚約を解消された。ここまでは、お前自身の愚かさで済んだ」


 父の声は低かった。


「だが、その後も同じことを続けた。しかも以前より頻繁に。相手に婚約者がいようが、恋人がいようが、夫がいようが、考えもせず応じた」

「みんなが、僕を必要として」

「それが理由か」


 父は、ゆっくりと息を吐いた。


「お前が頼られていたのではない。お前が誰も断らなかったから、呼ばれ続けていたのだ。その違いが、今でもわからないか」


 ジョルジュは黙った。

 喉が乾く。けれど、水差しへ手を伸ばすことすらできなかった。


「縁談が白紙に戻れば、リリーの未来が変わる。ソフィ嬢の婚約が揺らげば、ヴェルチの名前と紐づいて語られる。マルグリット夫人の夫婦不和は、社交界ではすでに噂になっている」


 父は一枚ずつ、書状を重ねた。

 紙が擦れる音が、やけに大きく聞こえる。


「お前が優先し続けたのは何だ。頼まれること。必要とされること。その心地よさだ。家の信用ではない。妹の縁談でもない。そして婚約者でも、なかった」


 ジョルジュは、返す言葉を持たなかった。


「物事には優先順位がある、と、お前はよく言っていたな」

「……はい」

「では、お前が優先すべきだったものは何か、今一度、考えなさい」


 書斎に静寂が落ちた。


 クレアは、もういない。

 クレアは待ってくれない。

 クレアは、理解ある婚約者として、そこに残ってはいない。


 ジョルジュだけが、自分の立っていた場所を見失っていた。

 今さらそれを理解しても、彼女の席はもう空いていなかった。




 その頃、クレア・モンテールは、王城の図書館に置かれた上等な肘掛け椅子の上で、新しい本を開いていた。

 窓辺には穏やかな光が差し込み、磨かれた木の床に薄い影を落としている。古い紙と革表紙の匂いの中に、昼食に添えられていた木苺のジャムの甘酸っぱい香りが、ほんの少しだけ残っていた。


「その作家、今回は文体が変わりましたね」

「そうなんです。前作より読みやすくなりました」

「人は変わるものですね」

「変われる人は、変わりますね」


 二人は顔を見合わせて、少しだけ笑った。

 クレアは何もしていなかった。


 復讐も、告発も、噂を流すことも。

 ただ、自分の優先順位を選んだ。本を読み、アルと話し、好きな時間を、好きな場所で過ごすことにした。

 あとは、それぞれが、自分で選んだものの行き先を受け取っているのだろう。


「クレア」

「はい?」

「今日は、いつまでここにいられますか」

「夕刻まで、ここにいます」

「では、夕刻まで私があなたを独占しても?」


 アルは静かに笑うと、クレアは本から顔を上げた。


「……本の時間も、少しは残してください」

「努力します」

「そのお返事、あまり信用できません」

「それは困りました。あなたからの信用は、何より大切にしたいのですが」


 アルはそう言って、開いていた本に栞を挟んだ。

 そして、クレアの隣の椅子へ移ってくる。

 近すぎない。けれど、遠くもない。

 肩が触れるほどではない距離で、同じ窓辺の光を分け合う。


 クレアは、ページに視線を戻した。

 隣で、アルが同じ本を開く気配がした。


 誰かを待つ時間ではない。

 誰かに後回しにされる時間でもない。

 自分で選んだ人と、同じ場所にいる時間。

 窓の外、空は今日も、何事もなく青かった。

最後までお付き合いありがとうございました。

感想でリクエストのあった、ざまぁ回を追加させてもらいました。いかがでしたでしょうか?

ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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本作品の文章・タイトル・設定等の無断転載、無断複製、生成AIへの入力および学習利用を禁じます。
― 新着の感想 ―
これ女側も相当悪いしズルいのに、男側だけ馬鹿だったというのは流石に理不尽では?
 返信ありがとうございました。サブタイトル(本でいうところの目次)文字の配列が上下で揃った方が見栄えが良いと思い提案させていただきました。 第●話・・と副題の間の余白を調整して揃えたら良いので 第四話…
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