(1)死と、怠惰への目覚め
午前二時のオフィス。
ディスプレイの光だけが、ひび割れた視界を照らしていた。
「……あ、これ、ダメなやつだ」
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
月三百時間の残業。理不尽に怒鳴り散らす上司。
すり減った人生の終着点が、この冷たいデスクの上。
(もう、働きたくないな……)
それが、俺――佐藤大輔の最後の記憶だった。
◇
「――目が覚めましたか、迷い人の子よ」
次に視界に飛び込んできたのは、神々しい女神の姿と、真っ白な空間。
女神は憐れむような目で俺を見下ろし、言った。
「過酷な生を終えたあなたに、新たな命と、願う能力を一つ授けましょう」
前世の記憶が、濁流のように脳裏をよぎる。
搾取され、奪われ、必死に抗っても報われなかった日々。
もう、あんな思いは御免だ。戦うのも、競い合うのも、誰かのために身を削るのも嫌だ。
「……誰も俺を脅かさない、圧倒的な力が欲しい。それがあれば、誰にも邪魔されずダラダラ生きられる」
「分かりました。では、あらゆる事象を根底から掻き消す権能――【概念消去】を授けます。あなたの平穏な旅路を祈ります」
光に包まれ、俺の意識は再び暗転した。
◇
気がつくと、俺は深い森の中に倒れていた。
衣服は中世風のローブに変わっている。体も軽かった。
(本当に、異世界に来ちまったのか)
ステータス、と念じてみる。
目の前に半透明のウィンドウが現れた。
名前:ダイス
年齢:18
魔力:∞
固有スキル:【概念消去】
常時発動:【無詠唱】【魔力自動超回復】【全言語理解】
「……は?」
魔力、無限?
それに、無詠唱ってなんだ。
試しに、目の前にある転がった巨岩に向けて、手をかざしてみる。
前世のラノベの知識を頼りに、「魔力の弾」をイメージした。
瞬間。
ドォォォォォン!!!
言葉を発する間すらなかった。
一瞬で放たれた不可視の衝撃波が、巨岩どころか、その背後に広がる森の木々を数百メートルにわたって消滅させていた。
跡地には、綺麗な直線状のクレーターだけが残されている。
「……あ。これ、アカンやつだわ」
強すぎる。
こんなの、真面目に使ったら確実に世界の勢力争いに巻き込まれる。
せっかく手に入れた第二の人生だ。今度こそ、絶対に働かず、目立たず、スローライフを送ってやる。
俺は静かに、固い決意を胸に抱いた。




