推し現実世界に降臨する
好きなキャラが現実世界に出てきたらという誰もが一度は思い描いたことのあるお話しです。
感想や評価、ブックマークしていただけると執筆の励みになります。
毎週日曜の昼に投稿していくので何卒よろしくお願いします。
好きな推しキャラが目の前にいたらどんなにいいだろうか。そんなことを何度も考えている。
しかし現実は夢のようにはいかない。
どんなに愛情を注いでもどんなに愛を伝えても画面の中にいる推しに触れることすらできない。
推しと同じ世界に存在できたら、どれだけ幸せだろうか。
まぁ考えるだけ時間の無駄なのだが。
そんな物語の中だけに起こりうることを想像して、毎日の生活を送る。
学校では将来なんの役に立つのかもわからないような先生の授業を真面目に聴き、課題やテストに励み。
クラスの上位グループが楽しそうに体育の自由科目を行う中、体育館の隅で友達とアニメとゲームの話をする。
そして放課後になれば、バイトをして推しのためにお金を稼ぐ。
そう俺が愛してやまない『東雲桃』が出てくるアクションソーシャルゲーム、『明鏡刀花』に課金するためだ。
青春?学生時代の甘酸っぱい思い出?そんなのいらない。
俺は推しに課金して愛をゲームの中に伝えられればそれでいい。
そう思って日々を過ごしている普通のごくごくありふれた男子高校生だ。
今日も学校に通い、授業を受けた後昼休みにオタク友達の霧島琉星と屋上で語り合っていた。
屋上に吹く風は高校生活一年目の春を感じさせるには、まだ風は少し冷たい。
「今季のアニメ見たか? 不良探偵栗島くん。あれは覇権アニメになると思うんだが篠節はどう思う?」
霧島はかけている眼鏡をクイっとあげて今季のアニメについて熱弁するが、俺は霧島の言葉をラジオ感覚で聴きながら、スマホをタップし明鏡刀花を起動すると、ひたすら周回する。
推しである東雲桃(キャクターボイス 西木凛)の声を聴きながらゲームのコマンドをタッチして行動を選択する。
明鏡刀花は敵を倒すコマンド型の和風アクションゲームだ。
俺の推しである東雲桃はレア度ノーマルの女性キャラ。ゲーム開始時から実装されているキャラだ。
「おい、聴いてるのか篠節・・・ってまた明鏡刀花やってるのか」
「あぁ聴いてるよ。まだそのアニメ見てないから後で見るよ。今は推しに会うために昼休みでも休み時間でもゲームをプレイしなきゃ」
「お前ぐらいだぞ。レア度ノーマルのキャラに稼いだバイト代全額突っ込んで課金してるの」
「推しは現実にはいないんだから推しに愛を伝えるためには課金するしかないんだよ! それに俺はかわいい東雲桃のためならいくらでも貢いいいと思ってる。あぁ早く東雲桃の新衣装かイベントストーリーこないかなぁ〜」
「お、おう・・・そうか」
明鏡刀花にはキャラと装備でレア度が決まっている。
レア度は低い順に星が一つ増えていく。下からノーマル、ノーマルレア、スーパレア、ウルトラレア、シークレットレアの五段階ある。
東雲桃は一番下のノーマル星一。だが装備は課金して集めたシークレットレアの装備で固めている。
このゲームの良いところはレア度が低いキャラでも装備を整えさえすれば上位レアのキャラに届くほどの性能になるところだ。
武器 緋桜
装備 和桜の着物、水蓮の草履
といった感じに今の装備は和風装備で統一している。
元々和風キャラであるため、東雲桃によく似合っている。
「本当に好きだな東雲桃」
霧島は俺のスマホを覗き込むように画面を見る。
画面には日本刀を振るう栗色の髪の女性が映っていた。
桜柄の和服を身に纏い、栗色の髪を後頭部で縛っている。凛々しい顔立ちで剣を振るう顔と、非戦闘時の無邪気な笑顔に惹かれた。
ゲームを開始して初めて見た時から一目惚れしてしまった。
その姿を見るたびに、声を聴くほどに心が安らぐ。
人生の辛さとか、苦しさとかどうでも良くなってくる。推しに会えればいい、推しとの時間を過ごせればいいと思えるようになった。
「そんなに課金してて親からなんとも言われないのか?」
「親からは自立して生活できてればいいってさ。俺の親放任主義だから」
「いいなぁ羨ましいよ。俺なんて姉ちゃんからアニメグッズ見るたびにキモッって言われるからな」
「俺からしたら家族がいるだけ羨ましいよ」
「そうか? 隣の芝生は青いってやつかな。アハハ」
親から自立した人間になりなさいと言われ半ば強引に家を追い出され一人暮らしをすることとなった。
家賃や光熱費などの生活費は親が出してくれている。
父は医者で母は看護師の医療家系であり、一人息子の家賃を払うぐらいのお金は持っている。
まぁからこんな課金生活が成り立っているのも親が生活費を出しているおかげなのだが。
少しも寂しさを感じないと言ったら嘘になる。
時折人の温もりが恋しくなる時もあるが、そんな時は友達の霧島と遊んだり、明鏡刀花をプレイして、寂しさを紛らわせる。
「今日学校終わったら映画見にいかね?」
「ごめん、今日バイトなんだ。週末まで待って」
「わかった、いいよ。ただしポップコーン奢りな」
「それはできない。バイト代は課金のためにあるから」
「なんだよ、ケチ!」
「ごめんって・・・ハハハッ」
「アハハハハハッ」
二人で笑いながら、昼休みを過ごす。
クラスからはオタクの陰気な奴だと思われているのだろうが、別に構わない。
笑って話せる友人との時間と、心の底から好きだと言える物があれば何もいらない。
日常がとても楽しいと思うし満足しているからだと、そう思っている時があった。
この日の夜までは――。
* * *
「あぁー疲れたぁ〜店長の愚痴長かったなぁ。まぁいいか明日給料日だし」
三月の上旬だからか、日が落ちるのが遅く感じる。
バイトを終えて住んでいるアパートの駐輪場に自転車を停めると、ヘトヘトの身体でアパートの階段を登り、家の鍵を開ける。
ドアを開けて広がるのは、殺風景な玄関。玄関を進むと最低限な家具しか置いていないリビングが迎えてくれる。
ベッドとソファ、実家から持ってきた漫画が入った本棚と小さい机。そして大きな画面のテレビとテレビゲームぐらいしか置いていない寂しい部屋だ。
家具を買っておしゃれな部屋を作るぐらいなら、課金してゲーム内のインテリアを整える方がマシだ。
そんな実行する気もないことを考えても仕方ないのでバイトでもらったまかないの弁当を机に置いた。
「いただきます」
手を合わせて、独り言を言うように作った人といただく命に対して感謝の言葉を口にする。
その言葉に対して誰かが返してくれるわけではないが、命への感謝とお礼の気持ちは口にしなければ。
売れ残りの弁当を食べ終え、ゴミに捨てるとスマホに手を伸ばす。
バイト中にモバイルバッテリーで充電していたので充電は満タンだ。
スマホのホーム画面にある明鏡刀花のアイコンをタップする。
『明鏡刀花』
東雲桃の担当声優である西木凛の声でタイトルを読み上げてくれた。
タイトル画面から推しの声を聴けるなんて今日は運がいい。
ゲームのタイトル画面には明鏡刀花のキャラ達が集まった集合絵が表示される。
集合絵は主人公や、人気キャラ、メインキャラが写っているが東雲桃の姿はない。
これも低レアのキャラの宿命なのか、タイトル画面にいないのは悲しいが応援していればいつかタイトル画面に映る日もくるはずだ。
ゲームのタイトル画面をタップすると、刀を納刀したようなカチャンという音ともに桜吹雪が画面を舞う。
桜吹雪が止むと、俺の推し東雲桃が出迎えてくれる。
『主殿お待ちしておりました。鍛錬に行きますか? それとも素材を集めに探索にいきますか?』
「あぁ〜推しの声に癒される。一日頑張った甲斐があったなぁ〜」
東雲桃の声を聴きながら、画面をタップし素材集めの項目を選択する。
明鏡刀花は素材を集めて、装備を強化しメインストーリーを進めていくゲームだ。
キャラストーリーもあるのだが、それはゲームを開始してすぐに読破した。
東雲桃というキャラをよく知れるいいストーリーだった。
主に忠実ながらも好奇心旺盛で犬のように見たものすべてに興味を示し、痛い目を見る。
そして守りたいもののために戦う一生懸命さと、主をどこまでも信じる純粋さ。東雲桃という人物像がよくわかり、ますます好きになってしまった。
素材を集めるために周回しようとすると、ある変化に気がついた。
「ん? キャラストーリーの更新がきてる」
キャラストーリーの欄に『新』という文字が浮かんでおり、タップすると東雲桃のキャラストーリーの欄に新しいストーリーが追加されていた。
お知らせをチェックするが、特にキャラストーリーの追加といったお知らせはきていない。
それにキャラストーリーの欄の端には、キャラを映し出す小さいフレームが映るのだが、新しいストーリーは暗闇のような黒い画面で埋め尽くされている。
「サイレント実装か? 画面はバグかな?」
不思議に思いながらもキャラストーリーをタップする。東雲桃の新しいキャラストーリーが見れるなら何においても優先せねば。
黒一色に埋め尽くされたキャラストーリーの画面をタップした瞬間――。
白色の眩い光がスマホの画面から溢れ出した。
「うわっ! ま、眩しい!」
あまりの眩しさにスマホから手を離してしまった。スマホは床に転がると、より一層スマホの輝きが増していく。
眩しさに負けそうになる目を必死に開け、スマホを見るとスマホの中から桜の形をしたピンクの光がスマホから飛び出してきた。
桜の形をしたピンクの光は収束するように集まり、人の形を形成していった。
長い髪を後ろで縛ったシルエットと、女性的な細身な身体、腰には日本刀のような形をした武器が形成されていく。
何故だろう目の前で起こっていることは訳がわからないはずなのに、目の前に現れようとしている人物を知っているような気がする。
何回も――。
何十回も――。
何百回も――。
何千回も――。
目に焼き付けてきた見知ったシルエット。
そのシルエットはピンクの光が弾けるように飛び散り、その姿を現した。
桜柄の着物に身を包んだ艶やかな栗色の髪の女性。現代に合わないような草履と、日本刀、そしてゲームの画面の中で見惚れていたその姿が今、目の前に存在している。
「あ! 主殿、こんにちは・・・ってここはどこなんでしょうか?」
東雲桃が俺の前に存在している。画面の中にいる存在である俺の推しが現実世界に顕現している。
西木凛の声で俺に話しかけている。
「ん? 主殿大丈夫ですか? 主殿〜」
俺の肩を揺さぶりながら、東雲桃は顔を近づけてくる。
花のようないい匂いが鼻腔から口に抜けていく、手から伝わってくる心地よい暖かさ、幼さを残したような可愛らしい声。
そして何より目の前にあるキョトンと不思議そうにした顔が可愛すぎる。
夢のような出来事に今にも魂が抜けて天に昇りそうだ。
しかし、五感が全てがこれは現実なのだと訴えている。
推しの存在に見惚れてボーっとしている場合ではなかった。
天に昇りかけていた魂を身体に戻し、意識を戻すと東雲桃は驚いた表情を浮かべた。
「うわ、動いた!」
驚いた顔も可愛い。いやそんなことを考えていたらキリがない。
「え、えっと東雲桃・・・さん?」
「はい! そうですよ主殿。東雲桃ここに参上いたしました」
どうやらコスプレだとか、テレビのドッキリだとかではないらしい。明らかに嘘をついているような後ろめたさや、演技のような辿々しさもない。
どこかにマイクをつけて西木凛が喋っているようにも聴こえない。
やはり何度確認しても間違いない俺の推しが目の前に存在している。
「東雲桃さんはなんでこんなところにいるのですか?」
いざ目の前に推しがいると緊張しすぎて、話し方がおかしくなってしまう。
画面の中だから呼び捨てで呼べてたけど、本人を目の前にするとさん付けになってしまう。
「んーそれがわからないのですよ。気がついたらここにいて目の前に主殿がいました」
不思議そうにキョロキョロ俺の部屋を見渡す彼女は、変化した環境に戸惑っているように見えた。
「ん? というか主殿って俺が主ってわかるの?」
「はい! 毎日会っていたではありませぬか」
東雲桃は真っ直ぐに純粋無垢な瞳で俺を見つめてきた。
とゆうことは画面の外のこと出来事は見えているということか。それともゲームの中の主の顔は俺に似ているのか。
「ところでここは主殿のお部屋ですか? ずいぶん変わったような気がいたしますが・・・」
ゲームのホーム画面に映る背景のことを主の部屋と言っているのだろうか。彼女は混乱しているし現在の状況を教えなければならない。
「えっとね・・・ここは君がいた世界じゃないんだ。君がいたのはこのゲームの中でここは別の世界なの・・・俺が言っていることわかる?」
明鏡刀花のゲーム画面を見せながら説明すると、東雲桃は目を細めスマホを眺めた。
「なるほど・・・妖術の類ですか。いつの間にやら妖術にかかりこの世界に飛ばされてしまったわけですね主殿!」
「なんか違うけど、まぁ大体合ってるからいいや」
解釈は違うが概ね当たっているし、今はそれでいいことにしよう。
「ところでどうやって帰ればいいかわかりますか主殿? 皆に心配をかけてしまいます」
「どうやって帰ればって・・・うーん」
目の前にいる推しが何故画面の外に出てきたのかわからないのに帰り方なんて俺にわかるはずもない。
さっきのキャラストーリーの画面を見れば何かわかるかもしれない。
手に持ったスマホの画面を見ると明鏡刀花は起動しているが画面がおかしい。
「あれ、俺の東雲桃がいない!?」
「私ならここにいますが?」
東雲桃が自身を指差しながら返事をするが、目の前に存在している現実世界の東雲桃のことではない。
スマホの中の、明鏡刀花に存在するゲームの中の東雲桃がいないのだ。
ゲーム画面には他のキャラがホーム画面に居座っており、キャラストーリーにある東雲桃のストーリーが未開放になっている。
「そ、そんなぁ・・・頑張って育てたのに」
「どうしたのですか、主殿?」
崩れ落ちる俺を推しが心配そうに見つめてくる。
東雲桃が今目の前にいるのだから、ゲームの中にいないのは当たり前か。
なら本当に目の前にいる東雲桃はゲームから出てきた存在ということになるのか。装備も俺がバイト代を全額注ぎ込んで集めた物を見に付けていることだし。
とりあえず今できることを考えるとこれしかない。
「・・・よし、寝よう」
これは夢なのかもしれない。眠って朝起きたら全て元に戻っているかも。
ゲームも不具合で東雲桃が消えているだけで、明日にならば不具合が治っているかも。
現実世界にいる東雲桃は俺の言葉を聴いて一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに目を輝かせた。
「かしこまりました主殿!」
忠犬のようなキラキラした目で俺を見つめている。東雲桃は主に忠実なキャラだから俺の言葉が妙案だと思ったのだろう。
俺は寝室のベッドに入ると、東雲桃もベッドに入り込むと当たり前のように俺の横に寝そべった。
「おやすみなさい、主殿」
「うん・・・おやすみ」
俺の推しの温もりが寝具から伝わり、花のような甘い匂いを近くに感じる。一定のリズムを刻む寝息と、可愛い寝顔が真横に存在している。
いやこれは夢か幻覚だ。学校やバイトの疲れが溜まっていたんだ。そうに違いない。
そう自分の心に言い聞かせ、身体の奥から伝わってくる心臓の鼓動を落ち着かせ眠りにつこうと必死に目を閉じ続けた。
***
カーテンの隙間から入り込む暖かい日差しで目を覚ました。
目を擦りながらベッドの横を見ると、東雲桃の姿はない。
疲れが溜まっていたこともありいつのまにか眠ってたようだ。
「ほら、やっぱり夢だったんだ」
自分に言い聞かせるように呟く。
自分の推しが現実世界に出てくるなんて、そんな一度は妄想するような非現実的なことが起こるわけがない。
昨日見た物は疲れすぎて見た幻覚だったんだ。
眠たげの眼を擦りながらも、顔を洗うためにリビングに繋がる寝室のドアを開けた。
「あ、主殿! おはようございます」
そこには担当声優である西木凛の声で俺に元気よく朝の挨拶をする俺の推し、東雲桃の姿があった。
「うん・・・おはよう」
夢じゃなかった。
やはり、俺の最も愛するゲームの推しが画面の外に出て目の前に存在している。
幻覚とか夢ではなく、現実に推しがいる。
そんな事実を受け止めながらも俺、篠節奏と俺の推し、東雲桃の生活は始まったのだった。
東雲桃 ゲームプロフィールその1
身長158cm 体重53kg
誕生日3月3日
好きなこと 主との探索、未体験のこと
嫌いなこと 一人で過ごすこと、集中力が必要なこと




