7.【罪は我が身に返るもの】
この世界にはいくつも秘匿されているものがある。
人々の安寧の為であったり、一部の者だけが得をする為だったりと、様々な理由で秘匿されている。
その中でも、絶対スキルを持つ者は女神の愛し子だという事実が秘匿されているのは、所持者の身を守る為であった。
所持者が権力者の都合や欲に振り回されない為に神殿内部で完全に秘匿し守ると言う事は、裏を返せば神殿関係者なら愛し子である事を知っていなくてはいけないという事でもあった。
「情けない事」
神殿に籍を置きながら、愛し子と知らず襲ってしまい罪人になった者達。
授かった剣を失いスキルを剥奪された、最早騎士としても神官としても勤める事の出来なくなった者達を、聖女ユリアは壇上から見下ろし、冷たく言い放った。
元騎士達はいずれも操り人形などではなく、考える力を持っている人間だ。
女神の愛し子である事を知らなくても、無力な者を殺さないという選択は出来た筈だった。
彼らは闇雲に考える事を放棄し、上司からの命令を唯々諾々と遂行する方を選んだ。
そして、愛し子を殺す前に自分達の方が『殺された』。
その事実に苦笑する者、目を伏せ沈黙する者、憤る者……一枚岩ではない神官達はそれぞれに様々な思惑を抱えており、反応もバラバラだった。
元騎士達に近しい立場にいた神官が立ち上がり、
「ユリア様、彼らは職務を全うしようとしただけなのです! 何とか元に戻す方法を探さないと……」
「愛し子を殺そうとして女神に失望されたのです。元に戻れる訳がないでしょう」
「職務ですよ!?」
職務職務と口にしている神官を見ている周囲の目は、ユリア以上に冷ややかなものが多かった。
離れた席に座って経緯が書かれた書類を確認していた神官長達からしても、元騎士達が絶対スキル所持者を殺さなくてはならない事情があったとは思えず、懐疑的な目を向けていた。
この神官達の行動は敢えて言うなら、『自分達のように正しく神官ではない者が女神に愛されているのが許せなかった』だろう。
その声にしない妬みは昔から神官の一部に燻っていたものだった。
今回の場合、同じ神殿所属でも部署違いである研究者が問い合わせた事を利用された。
神殿の関係者なのだから、研究者の話も完全なる秘密にしなければならないという些か強引なこじつけをして、妬みに支配された神官達は絶対スキル所持者の命を狙ったのだ。
聖女相手に怒鳴っている神官は、まさに元騎士達に殺害を命じた神官であった。
命じた自分に責任がある事を理解していない神官に、かなりうんざりした一人の神官長が、
「なら、お前が彼らの罪を全て引き受けるが良い。秘密保持の必要性もなく、クラリス・ウェリアへの殺害未遂は神殿の職務とは認められない。故に、彼らの罪は単に殺人を企て実行しようとした罪だな」
「そんな! ですが、あれは秘密に触れて……!」
「既に女神は判断を下している。今更我々の言葉遊びなど無意味だろう。後は騎士達に命じたお前がどうするかだけだ」
突き放すように神官長に告げられた神官は助けを求めて周囲を見回すが、仲間だと思っていた神官達は青い顔をして口を固く閉ざしているか、顔を逸らすかだけだった。
誰一人神官に都合の良い事を言い出す者はいなかった。
それでも、自分が間違っていたとは思わなかった。
「正真正銘、秘密保持の必要があったんです……!」
「そうやって誰にも分からない理由で神殿や女神の名を持ち出して、自分の好き勝手しようとしたのが駄目だったって言っているんだ。流石にいい大人になってるんだから、気に入らないから殺してしまえって、人としてまずどうかと思うよ」
孤児院で普段から幼い子供の相手をしている別の神官長が、非常に平易な言葉で突きつけると、ユリアを含めて吹き出す者が何人かいた。
聞き分けのない子供扱いされたと気付いた神官は、自分を嘲笑う周囲を力一杯睨み付けた。
そこに、小さな呟き声が聞こえた。
「……信じていたのに」
その声の主は、女神の剣を失い神殿で与えられたスキルも剥奪された上、それまで人の身に過ぎた恩恵を受けていた代償として、四肢の大部分を脆いガラスにされた元騎士だった。
声の弱々しさとは裏腹に、悲痛なまでの強い怒りに満ちた目は、まっすぐ上司だった神官に向けられていた。
「信じていたのに!」
上司の神官は騎士達に、繰り返し自分の言葉だけを信じるように仕向けていた。
おかげで職務だと言われれば疑う事もなかった騎士達は、人間として普通に暮らせる全てを失ってしまった。
絶対スキル所持者を切りつけた瞬間、彼ら全員の視界は突然光に飲まれ、一瞬で神殿の奥に転移して床に放り出された。
それもまた女神の怒りだったのかも知れない。
この時既にガラス化していた四肢には罅が入るか、砕けて形もなくした者もいる。
これを女神以外の誰が、どうやったら治せるというのか?
目の前にある悲惨な結果は、それこそ神官がこの場で続けていたような言葉遊びで誤魔化せるようなものではなかった。
部下から全てを奪ってしまった神官は、部下達の怒りと悲しみを前にして、最早言い返すだけの力もなくした。
力なく座り込んだ神官がすすり泣きを始めても、全員目を逸らすだけだった。
この一連の責任をどう取るか、そこは神殿関係者各位の仕事であるだろう。
会議に一応の結論が出た事を見届けたユリアは聖女の奇跡を求める視線を無視し、話し合う必要もなくなった部屋から立ち去った。
いつもの聖女、いつもの神官達への無関心。
一部の神官が悔しげに下唇を噛んでいた。
聖女達は偉そうにするだけで、何もしない。
「……見習い達は?」
「ギリギリまでやらせたが、どいつも倒れやがった」
会議室の片隅でボソボソと話し合う声は他の誰にも気付かれる事はなかった。
大半の者達は、元騎士達を生活させるにはどうしたものか、意見を交わし合っていた。
「ふん。見習いのくせに本物の聖女と同じように怠け者なんてな」
神官達がどんなに必要性を訴えても、聖女は自分自身の判断でしか動かない。
聖女はとんでもなく我が儘だ。
そう考えている者達は、ただの幸運で女神に選ばれただけでしかない愛し子や聖女などは、正しく女神に仕えている自分達が管理するべき存在であると考えている者達でもあった。
先程責められていた神官とは少し違うこの考えは、三十年前の神殿改革から神官達の中に蔓延っていた。
「新しい聖女の方はどうだ?」
「どうやらあまり頭が良くないからな。ちょっとおだてるだけで従順になりそうだ」
笑い合う神官達は、既に聖女を動かして得られる金勘定を始めていた。
神官達が聖女達を自分達に都合良く管理した、かつての神殿改革は数年の内に大失敗に終わっていたにも関わらず、一度管理者の立場に座った優越感を忘れる事が出来ない者達は再び管理者になろうと暗躍していた。
しかし、所詮は苦労知らずの人間の考えであった。
あくまでも暗躍しているつもりであり、彼らを静かに監視する目がある事を、彼らは未だ気付いていなかった。
「本当に申し訳ありません!」
地に頭をこすりつけるかの如き勢いで頭を下げてきたネーレイアは、自分が迂闊に問い合わせに来た所為で、私が秘密保持担当の騎士達に命を狙われたのだと説明した。
先日訪れた際に何度もネーレイアが扉を確認していたのは、騎士達が動くかも知れないと聞いていたからだったらしい。
結局失われた手紙の内容は秘密にする必要もないものと分かり、ネーレイアはこれなら危険はないと判断して黙って帰ったそうだ。
その直後、私は騎士達に襲われ、メイドは奥で気絶させられた。
ただ、この件でネーレイアを責めても仕方ないだろう。
秘密保持で動く騎士達の事を私が聞いていたとしても、それを聞く時点ではあくまで全てが可能性の話であり、何か対策を打てるものでもなかった。
それが分かっていても、切っ掛けとなってしまった事は変わらず、ネーレイアはひたすら私達に謝罪を繰り返した。
私としても既知の情報の為に口封じされるとは思わなかったから、ネーレイアを怒る事はしなかったものの、
「……ねえ、手紙の存在を公表したあの貴族男性、もしかして本当に殺したのは手紙コレクターではないのでは?」
「そこはちょっと部署違いなので、私には分かりかねますね……」
そう言いつつも、ネーレイアの目は微妙に泳いでいた。
これでも神殿関係者なのだから、嘘をつくのは寧ろ仕方ないのかも知れない。
前回ネーレイアは私に大嘘を言った事にもなるが、あの依頼人は秘密保持担当の騎士達に殺されたと見ていいだろう。
「普通に調べれば出てくる話で口封じしようとするなんて、正直騎士を差し向けた人はどうかしてるんじゃないの?」
「そうですよねー。そこまで口封じが必要な内容だったら、廃棄書類として捨てた人間をまず処分するべきだと私も思うのですよねー」
すっかり口調が変わる程にネーレイアも思う所があるようだ。
乾いた笑いを一頻りした後、
「……実行役の騎士達は処分を受けました。彼らはもう普通に動く事も出来ませんので、今後貴女が狙われる事は絶対にあり得ないでしょう」
「普通に動く事が出来ないって、どういう事?」
「あー……説明するのは難しいのですが、ざっくり言えば、神殿には特殊なスキルを獲得出来る術があるのですが、もし何かしら女神の意志に反した場合はスキルを剥奪された上に罰を受ける事になるのです。女神の罰の内容については、ちょっと外部には言えませんから……」
ネーレイアが言い淀んだ本当の秘密については、私も取り立てて知りたい訳ではなく、秘密のままでも良いだろう。
気になるのは、実行役と言った事で、指示した者が別にいるという事だ。
「処罰を受けたのは実行役だけですか」
「残りは審議中だと思います。……まあ、部下を嵌めたとなっては、いつまでも神殿に居座る事は出来ないでしょうね」
最後に深々と頭を下げ、ネーレイアはもしもの時の連絡先を残して帰って行った。
神殿がその上司をどう処分するかについては、私はさほど興味がない。
ただ、この世界ではいつでも一つ壁の向こうは死地である。
私は何事もなかったかのようにメイドを振り返った。
「さあ、仕事に戻りましょうか」
神殿に居場所をなくした者は、何処にも行き着く先はない。
最後に人々が逃げ込むのが神殿だからこそ、神殿にいられなくなった末に辿り着ける場所は地獄だけだ。
最終的に神殿と領主達の協議により、殺人を唆した者として神官の地位も剥奪された男は街から追放された。
罪人の徴をつけられた元神官は、その後1日も生き延びる事は出来なかったという。
自分が罪を負わせてしまった騎士達の身内に石を投げられ、出来てしまった傷を治す力など修行を疎かにしていた男が持っている筈もなく。
街を取り囲む壁の周囲から領都の騎士団に追い払われ、街同士を行き交う商隊の護衛達には剣を向けられ彷徨い続けた元神官は、日が暮れて肌寒くなってきたのを少しだけ凌げる場所を探して森の中へ歩き出した。
その周囲には、血の匂いに引きつけられた魔獣や魔物が集まり始めていた事に気付かず。
その後、遺体が見つかる事はなかった。
翌朝6:00の更新はありません。
今後はなるべく夕方辺りの更新を目指していきます。




