6.【秘密を知る者は殺される?】
人付き合いの悪い私ではあるが、最近では同業者と話をする事もある。
私を含めた個人経営の代筆屋は何とか責任は回避したものの、運送ギルドの手紙の盗難の片棒を担がされた件を反省せざるを得なかった。
いずれもコミュ障気味ながらも、今後犯罪まがいに関わらない為にも連絡を取り合う事にしたのだ。
その内の1人がやはり手紙の複製に関わっていた人で、食事がてらの情報交換の際に私のトラブルの多さを笑い、
「そりゃ、2級相当でありながら3級でいるからだろう。安い金で高度な事を頼めるなら、欲深い連中が集まるさ」
高度な公的書類ではなかったら外国語でも古語でも引き受ける代筆屋は、この街では本当に私だけらしい。
交易で訪れた者達の利便性を考えると続けた方が良いのだろうが、あまりに変な者達が集まるのであれば、身を守る為にも私も考えなくてはいけないだろう。
先日殺された貴族に私が出した領収書の明細を持ってきた神殿関係者を名乗る男性を前にして、私はまさしく今後の身の振り方を考えていた。
「この手紙に……エメライア姫の事は書かれていなかったか?」
皺ばかりの明細書を差し出した神殿関係者が労働者とは違う貴族的な綺麗な指で差しているのは、殺された貴族が自身で見つけたと発表した『聖女の手紙』の部分だった。
私が領主の家紋を少し移動させると関係者はチラリと見たが、それ以上の反応はなく私の回答を待っていた。
相手のこの態度をどう考えるべきか、私は表情を変えずに迷った。
「……先日亡くなった方の依頼ですね?」
「そうだ」
神殿関係者は出入り口を振り返り、扉をじっと見つめながら、
「ここだけの話……あの方は我々が手紙を買い取りたいと申し出た所、燃やして灰も暖炉の灰に混ぜたので、『復元』も難しく……」
『復元』とはスキルの一種で、物を元通りにする事が出来る。
レベルが高ければ灰になっても元通りに出来る筈だが、『復元』する為の条件が色々厳しく、関係者の言ったように他の物と混ぜられた場合はほぼ不可能となる。
それにしても復元出来なくする程に、そんな必死に隠す必要のある内容の手紙だっただろうか?
思い返してもあの手紙に書いてあった事は既に解決済みの内容だった。
重要なのは送った相手に正確に届いたかどうかと、手紙が実際に解決に貢献したのかどうか、その辺りぐらいだろう。
「原本も複製も『復元』も出来ない形で処分されたと?」
「そうだ。そこまでしたのだから、手紙にはかなり重要な話が書かれていたのではないかと我々は見ている」
その状況なら疑う気持ちは私にも分かる。
だが、私が恐ろしいのは依頼人は殺されている事だ。
しばらく私が何も答えずにじっといると、ようやく自分が警戒されていると気付いた神殿関係者がちょっと慌てだした。
「あ……! いやいや! 私は神殿所属の研究者の1人で、ネーレイアと言う者で……怪しい者では全くない! 我々はあの方の殺人事件にも無関係だ!」
かなり遅まきながら、タイミング的に非常に怪しい行動を取っていたと理解したネーレイアと名乗る神殿関係者は、私が向けている疑念を晴らそうと必死なくらいの様子で説明を始めた。
「えーと……私達は犯人ではあり得なく、あくまでも研究者で……うーん、いや、本当に今はここだけの話なのだが……あの方を殺した人間については騎士団の方ですでに目星がついているそうだ。我々の事は全く関係がない!」
「へー。私はここの騎士団と付き合いがありますが、そのような話は聞いた事がありませんね」
「それは別の領都で起きた事件だからだろう。ここの領地の騎士団が知らないのはそれ程おかしい事ではあるまい」
言われてみれば、新聞にはざっくりと自宅で殺されたとだけあり、何処に自宅があるかまでは書いてなかった気もする。
この世界の新聞は発達途中で、こうした情報の不備や不足は度々ある。
「つまり、犯人はもう目星がついていると仰るのですか?」
またネーレイアの視線は扉に戻った。
どうやら誰か来て話を聞かれる事を恐れているみたいだが、聞き手の私からするとそこまで警戒するほどの内容とは思えないので、ネーレイアの性格的なものかもしれない。
「……ああ。どうやら手紙のコレクターが、あの方と手紙の買い取り金額で揉めていたらしいと言う事だ」
最近ずっと変な問題の切っ掛けになり続けている手紙コレクターは、もう全員捕まえた方がいい気もした。
ここまで来ると趣味ではなく、確実に世の中の害悪だろう。
そう言えば、手紙を盗んで小金を稼いでいた運送ギルドの元責任者は、ギルドの業務を責任者の身分で混乱させたと莫大な金額を請求される事になったらしい。
何というか、見知らぬ他人の手紙で人生を狂わすなんて私には永久に理解出来そうにない。
「それで、複製を作った私の所に来た訳ですね」
「遠回りになったが、そう言う事だ。君が『読書家』の絶対スキルを持っているなら、正確に内容を記憶しているのではないかと我々は思っているのだが、どうだ?」
私は所持スキルを隠蔽していないので、鑑定系のスキルを持っていたら簡単に見抜けるだろう。
しかし、普通は他人のスキルなど許可なく覗くものではなく、いくら神殿の関係者とは言え非常に失礼な事だった。
「……記憶していません。いくら何でもいちいち仕事で頼まれたものをスキルを使って全部記憶するなんてあり得ませんよ」
「本当に?」
「お疑いのようですが、私が持っているのは記憶系のスキルではなく、あくまで読む事に特化したスキルなんですよ」
絶対スキルとは、一見一つしかスキルを持っていないにも関わらず、それに関連する複数のスキルが使える、とても珍しい特殊スキルである。
私は『読書家』の絶対スキルを持っている事で、読書に必要な読解スキル、翻訳スキル、判別スキルなど、複数のスキルを使う事が出来ている。
その中で私が使える記憶系のスキルはそこまで強いものではなく、何故か変則的に読んだ言語を書く事が出来る能力は付随していた。
まあ、そこまでいちいち説明はしないが。
「……何が書いてあったまるっきり覚えていないか?」
「私が見た限りでは、既に現在では解決済みの神殿の不正の告発文でしたよ」
私達代筆屋は、仕事を受ける際には厳密に何を漏らしていけないのか最初に依頼人と契約するのだが、殺された依頼人は金をケチってほとんど守秘義務を課さなかったので、私もあっさり答える。
「告発文? ん? 解決済みと言ったな」
「神殿改革前の神殿の祭事費用の一部が高位神官達の遊行費に当てられているというだけの話でした」
私をネーレイアは見るが、私もネーレイアをじっと見返す。
本当にそれだけの内容だったのだから、疑われても困るというものだ。
しばらくして私が真実を言っていると理解したネーレイアは、首を緩く振って酷く疲れたため息をついた。
「そんな今更な内容で殺された? 意味が分からん」
「他人のプライベートを覗くだけに大金を払う人達ですから、私達にはどの道意味が分かりませんよ」
聖女の手紙を発見したと発表された時の新聞には、依頼人だった貴族の研究者が「世紀の大発見」とまで満面の笑みで豪語していた事が、よく似せた絵姿付きで書かれていた。
あの依頼人が結局古語で書かれた内容を何処まで読み解いていたのか、それは手紙の買い取りの申し出に激怒して燃やした事から大体察する事が出来る。
原本も複製も失われた今、手紙の内容が何だったのかという真実は、私と、私から話を聞いたネーレイアしか知らないし、知りようもないだろう。
殺されてしまったが、依頼人は手紙を全て消してしまった事で最早世紀の発見ではなかったと謗りを受ける事はなくなった。
言い換えれば、依頼人は自分の名誉を守りきったと言えよう。
納得は出来ないものの納得するしかないと言いながら、ネーレイアは口止め料としてそれなりに高い金額を払って帰って行った。
しばらくして私は厳密に何処まで秘密にするのか聞いていなかったと気付いて慌てて飛び出したものの、通行人の多い通りにネーレイアの影は見つける事が出来なかった。
「あああ……」
面倒だとか意味が分からないだとか、そんな事ばかり考えていて、大事な事を無視してしまった。
全部? 全部で良いの?
かなりの高額を払ったと言う事は、恐らくそう言う事なのだろう。
私は肩を落とした。
大きな失敗ではないが、黙っているべき内容がはっきりしない時点で失敗だった。
クラウディアだった頃の私は自分1人ならもっと上手く生きられると思っていたが、1人で生きるというのは考えていたよりも遙かに難しい事だった。
以後気をつけよう……。
そう思うしかなく、私はメイドがいる筈の店に戻ったのだが、
「クラリス・ウェリアだな」
ほんの少し留守にしていただけの店には、領都を守る騎士団とは違う制服を着た者達が待ち構えていた。
強引に閉められた扉の前にも立ち塞がり、外へ逃げ出せぬよう悲鳴も阻む強力な結界が張られると、私にはどうする事も出来なかった。
「誰?」
「……我々は神殿所属の騎士だ。神殿の権威と秘密を守る為に存在する」
その存在の噂は私も都市伝説の一部のように聞いた事があった。
殺生を嫌う神殿に所属していながら、所謂殺し屋的な事を担当する者達がいると。
それを聞いた時、私は前世の漫画のようだと笑ってしまったが、今目の前に立っている彼らの異様に剣呑な雰囲気に、図太いと評される私も何も言えず顔だけが引きつった。
「これは秘密保持である」
「神の名において、秘密を守れ」
取り囲まれて困惑する私に反論も許さず、騎士達は一斉に剣を抜くと、
「その死は秘密をもたらすものなり」
彼らの剣は私を切りかかった。
彼らの神に誓った剣で、私を殺そうとした。
大魔法も弾く防御の魔導具を持っていても、突きつけられた死の恐ろしさのあまり咄嗟に身をかがめて目を閉じた。
だから、次に何が起きたのか、私には分からない。
「!?」
何かの砕ける音と共に、気配が全て消えた。
身を縮めていた私はしばらく待っても何も起きないので、恐る恐る目を開けて周囲を確認すると、恐ろしくも無慈悲な騎士達の姿は何処にもなかった。
まるで幻覚だったかのように。
不思議な事に結界も綺麗に失せていて、私が扉に手をかけて少し開けると、外の賑やかな声が飛び込んで来た。
「! あの子は!?」
奥にメイドが残っていた事を思い出した私は、無事を確かめる為に居住空間に走った。
あの騎士達が立っていた場所に砕けたガラス片のようなものが散らばっている事に気付くのは、店を閉める準備をし始めた時であった。
何があったのか。
彼らが消失した謎と共に、そもそもネーレイアが何度も扉を確認していた理由が彼らだったと私が知るのは、ネーレイアが次に来た時である。




