5.【手紙の仕事は事件を運ぶ】
再びの予定外時間……申し訳ありません。
ルディウス達が一日かけて辿り着いたその日、領都は奇妙にざわついていた。
巡回の騎士に向ける住民の目が冷ややかで、いたたまれない顔をした騎士達は住民がコソコソ話している姿から逃げるように足早に去って行く。
以前別の場所でもルディウスは同様の光景を見た事があった。
「どうやら領都の騎士が女性を殺しかけたそうですよ……」
軽く軽食を取った際、従者は店の者に聞いてきた話をルディウスに小声で伝えた。
様子がおかしい理由が予想通りだった事に、ルディウスともう1人の従者が顔を顰めた。
「酷いものだな。痴情のもつれか?」
「そうではなく、どうも気に入らない事を言われた騎士が殴りかかったみたいです」
「そちらの方が最低だろう……」
騎士達に侮蔑の目を向ける住人の様子から、余程はっきりと騎士の方に非があったのだろう。
ルディウスは心底呆れた。
大の男、それも魔導具での身体強化の許可も持っている騎士が女性を殴ろうとした場合、そこに至る経緯がどのようなものであったとしても、殺人を犯そうとしたと見なされる。
それが、過ぎたる力を持つ騎士に課せられた制約だ。
「女性は無事だったのか?」
「相手の女性は防御系の魔導具で寧ろ吹き飛ばしたくらいだったそうで。まあ、だからこんな程度で済んでいるのでしょうね」
住民と騎士の衝突は起きてはいない。
静かに距離を取り、ただただ観察されているだけ。
近くの席に座っていた男が、
「付き合ってもない女性にツケを無理矢理払わせようとしたんだよ。素晴らしい騎士様達だよ!」
その声で店には笑い声が響く。
広い街ではあるが、商人達が多く情報を重視している為に正確な情報が回るのが早かった。
これでは女性に言い返されても反撃されても、完全なる騎士の過失だろう。
「最低だな!」
「全くな!」
従者が合わせると、男は上機嫌になって酒をあおった。
他のテーブルでも似たようなもので、普段は威張っている騎士がヒモ男同然だった事は笑い話だった上に、
「その騎士、偽の婚姻届を出そうとして捕まったんだってな!」
「ばっかじゃないか!」
「女にもてない男はやる事が違うな!」
そこまで聞くと、ルディウスも従者達も表情が固まった。
領都内で治安維持をする筈の騎士が詐欺行為に手を染めようとして笑い物にされている事は、誰の恥となっているかというのが問題だった。
これは領主の機嫌は最悪となっているだろう。
この状況下で調べ物をしていたら、タイミング的に領主から失態を探りに来たと思われ、逆鱗に触れる可能性が高かった。
ルディウスが周囲を目だけで確認すると、平民とは少し違う雰囲気の者が何人かこちらを静かに見ていた。
恐らく街に入った瞬間から監視をされていただろう。余計な動きをさせない為にも。
「……どうしましょうか?」
「予定通り買い物をして帰ろう」
口にした言葉とは違い、実際には予定変更である。
折角来たのにルディウスとしては悔しいが、領主である侯爵家と自分の家が下手に揉める材料にはなりたくなかった。
取り敢えず、今回は出直すしかない。
聞こえてくる事件が起きたのが昨日の夕方であったと聞いて、もっと早く訪れていたらとルディウスは後悔した。
食事代を給仕の者に渡して店の外に出たルディウス達は、貴族向けの商品を扱っている店に向かった。
その横を他の通行人に紛れて通り過ぎるのは、領主に呼び出されたクラリス。
本格的に2人が出会うのは、まだ先の事だ。
呼び出しの理由を聞いた時、頭が非常に痛かった。
「婚姻届って当人の署名がなくても出せるんですね」
「出すだけなら何でも出せるが、明確な不備がある場合は受理されない」
私を迎えに来た領主直属の騎士も頭が痛そうにしていたが、先代侯爵は自分の雇った騎士の考えの浅い行動に、もういっそ遠い目をしていた。
まさか役所には元騎士に協力する筈だった人間がいたなんて、私も信じられない思いだ。
先日の役所の人間の大幅な人事異動と入れ替えがなければ、知らない内に私は結婚していたかも知れないという。
まあ、書類上一旦結婚したとしても、直ぐに領主権限で元に戻して貰えるだろうが、勝手に既婚者にされるのは何とも気持ちの悪い事である。
「私はその騎士だった男性は、本当に全く知らない人なんですよ?」
「君が知っているかどうかではなく、向こうにとって都合が良い女性なら何でも良かったらしい。つくづく愚かしい者達だ」
私の周囲のあちらこちらにある雇い主である領主の影が全く目に入らない時点でも、その元騎士と仲間達は愚かしいを超えてどうかしている気がした。
ある種なかなかお目にかかれないタイプの人間だったかも知れない。
「何にせよ、書類の不備を理解しながら不正に通してきた悪質な職員がいた事も分かった。彼らは昨夜の内に家族ごと街から追い出したから、もう大丈夫だろう」
街からの追放は、前世の世界の視点であればそんなに重い処罰に感じないかも知れないが、この世界では事実上の死刑と言える。
魔物や魔獣、盗賊も現れる為に他の街に辿り着ける可能性は恐ろしく低く、例え辿り着いたとしても身分証を失っているので入る事は出来ない。
「家族もですか……」
「役所の職員が詐欺に加担し続けていたなど、ちょっとやそっとの処分で他の住民が納得する筈もないからな。騎士のツケに至ってはそもそも家族が払うべきところだったんだ。無関係とはしづらい」
平民や平民の身分に近い者であれば早くから自立する為に、罪を犯しても家族が連座するなど通常はほとんどあり得ない世界で、先代侯爵の判断に私は驚いていたが、説明を聞くと過剰に重い処分とは言えないと理解した。
何件も、恐らく仲間内の騎士達も私のように都合が良さそうに見えた女性と勝手に婚姻関係となって、ツケを始めとした借金を払わせてきたのだろう。
怖いのは治安維持を生業とする騎士が主犯である事で、これまで被害に遭ってきた女性が訴えていたとしても握り潰されてきた事は想像に難くない。
「何事もないように領主の関係者だと知らしめた筈だったのにな……」
私も先代侯爵も、いっそ笑うしかなかった。
彼らは一番自分達に都合が悪い私に目をつけたのだから、最早騎士としてではなく人間としても節穴だったとしか言い様がない。
世の中は思いもよらぬ事ばかりが起きるものだと、私はつくづく欲に目が眩んだ者の愚かしさを知った。
これで再び、一応の平和を取り戻し、私は地味に代筆屋の仕事に戻った。
派手な仕事ではないのだから、地味地味なのは当たり前ではある。
ただ、前世でも二度あることは三度あると言うように、予期せぬトラブルとは続くものである。
今は使われていない古語で書かれた文書が研究者により持ち込まれた。
全体的に紙質が悪い時代の物で、これらの保存と研究の為に複製を依頼された私が一点一点状態を確認している時、ふと気付いてしまった。
「あ、これって聖女様の手紙ですね」
今現在活躍中の聖女ではなく、亡くなって久しい聖女の手紙だった。
それも割と現代でも人気の高い聖女の手紙だったので、私は思わず依頼人に声をかけた。
「はあ? そんなものあるわけないだろう。さっさと写せ」
研究者と貴族、二つの身分を鼻にかけている年配の男性貴族は、指摘した私を馬鹿にするような目で見てきた。
こういった妙にプライドの高い相手と話すのは労力の無駄なので、私は黙って写す事に専念した。
報酬的に割の良い仕事だったと言う事もある。
後日、その貴族が自分が高名な聖女の手紙を見つけたと発表しても、殊更腹が立たない程度には、金払いは非常に良かった。
「あれは神殿の不正の告発文だったのだけどね……」
懸念という程ではないが、私はちょっとだけ気になっていた。
手紙の内容は現在では解決済みなので公開されても大丈夫だろうが、問題は依頼者の貴族は古語が読めず内容が分かっていなかった事だ。
数日もしない内に依頼人だった貴族男性は殺され、手紙のオリジナルは行方不明となった。
そのニュースを数日遅れで買った新聞で知った私は、これまでの経験からとても嫌な予感しかしなかった。
中身が問題ないとかそう言うものは第三者には関係ないので、面倒に巻き込まれない為にも今後は絶対に手紙の仕事は引き受けない。
そう思っても、代筆屋の仕事のメインの一つが手紙関係であるので、現実は非常に難しい。
その上、今回の手紙の一件は、ほとんど読める人がいない古語であった事が更に予想外の話に繋がっていった。
「この手紙に……エメライア姫の事は書かれていなかったか?」




