41【家族は他人の寄せ集めの如く】
議場の扉は閉められた。
ただ聖女が聖女であるかどうかの確認の場であり、何かを決める場所ではないと再度議長役の神官の言葉で以て締めくくられた。
最後の神官の言葉は特別議論される事もなく、終わった。
その四日後、私はルディウスとガゼボでお茶を飲んでいた。
その場所が好みだからと言うより、使用人を始めとした人間の目が直ぐに届くので寧ろあれこれ言われる事が少ないからに他ならない。
通りすがりの王族が私達に生ぬるい視線を向けて来たりする迷惑な現象だけ目を瞑れば、王城で一番気楽な場所であった。
「それで? 一応聞くけど、何か分かったの?」
「現状についてはいくつか。あまり有益なものではなく、参考程度の話だな」
神殿内部の事はよく知らないが、ルディウスに情報を流しているのは聖女に敬意を持つ親聖女派の神官達だそうだ。表向き不行跡により幽閉とされたミルディリアについても、神々を奉る神殿として秘匿したい部分以外は教えてくれたらしい。
「やはりスキルが腐った場合、当人にどう影響するのかについては未知数らしい」
腐ったのか腐らせたのか原因も不明で、分かっているのは外への影響だけだった。
聖女になる為に旅立ったミルディリアが最終的には研究対象のモルモットになるとは、私も人生何があるか分からないなと思った。
「じゃあ、やっぱり姉の名前が言えなかったのも?」
「その影響ではないとは断言出来ない。少し聞いた限り、無意識に嫌われる行動を取ろうとする傾向があるそうだ。その一環だった可能性は否定出来ない」
「……うーん、単純に無神経だからとか、そう言う事ではなく?」
「微量にスキルの発動した場合と同じ魔力の流れが感知されたらしい。何処に作用しているか分からないから、その可能性もあるという話だがな」
ミルディリアはなかなか面倒な状態のようだ。
ただスキルが腐った影響が何かしらあったとしても、日を置いて冷静になった頭で改めて考えてみれば、両親もかなりアレな感じだったので、あのミルディリアはやはり素に近い状態だったと思うのだ。
「こう言ってはなんだけど、時間をかけて調べて分かるものなのかしら」
「どの道スキルは神々の領域だからな。ある程度調べはするが、奇跡を腐らせる奇跡だからな。正常な状態に治す術がないそうだ。基本的には隔離だけになるとか」
「この話はこれ以上は止めた方が良いにしても、毎回なんでそう上手い事を言うのよ……」
当分私は「奇跡を腐らせる奇跡」を丁度良い現実逃避に使える気がした。
ミルディリアの問題が今度こそ私から離れたとしても、他の問題は次から次へと起こっている。
そう、今まさに私も宰相様達も予想しなかった問題が起こっていた。
「やあ、二人とも仲が良いね。婚約する予定があるって聞いたけど、本当?」
「そのような予定は一切ございません。そのような突拍子もない噂話を真に受けるなど、王族として如何なものでしょう」
ガゼボの外からの声を私は間髪入れず否定しましたが、発言した本人は拒絶を意に介する事もなく人懐っこい笑みを浮かべ、
「噂って言っても気になるだろ。生き別れた『妹』の事なんだから」
領地でお過ごしの領主様。
いつまでも過去にとらわれる王家に揺さぶりをかける為に私は『エメライア姫の孫』と一時的になる事を了承しましたが、その所為で思わぬ大物が釣れてしまいました。私はどうしたら良いのでしょうか?
聖女の確認の場で最後に発言した神官でもある本物のエメライア姫の孫は、美しいエメラルドの瞳を楽しげに煌めかせ、偽者の孫である私を見つめていた。
国王の執務室ではエメライア姫の問題についての会議が行われていた。
もう一人の『エメライア姫の孫』の存在は王家だけでなく当人も公にする予定はなかった。今の所、問題は私的な段階と言えたので、今回の会議の参加者は国王以外だと宰相と王太后しかいなかった。
一応、国王の弟と妹であるソルフェ公爵とラスター公爵夫人にも連絡を入れていたのだが、『国王が出した結論以外認めないなら話し合う必要はない』と出席を拒否されていた。
王太后は客用のソファに座り、紅茶を飲んでいた。
先日のクラリスも参加してのお茶会以降、王太后と国王の関係は険悪なものとなっていて、国王とは顔も目も合わせる事はない。
「エメライア姫が見つかりましたね。良かったですね」
全然良かったとも思っていない宰相の言葉は、棒読みのように平坦だった。
見つかった事自体は宰相にとっても喜ばしい事である。だが、エメライア姫が逃げ出した当時の問題を先送りにしてきた面倒臭い性格の国王にとっては素直に喜べないもので、それに付き合わせられる宰相が不機嫌になるのは仕方ない事だった。
「エメライア……今になって」
国王は机の上にあるエメライア姫からの手紙を睨め付けていた。
勝手に雲隠れした事を謝る事もなく、今更家族に伝えるべき話はないと言わんばかりに、
『前の手紙を読んだかしら?』
流麗な文字でそれだけが手紙に記されていた。
「あの子は他国に逃げ延び向こうで結婚して幸せに暮らしているなら、それでいいじゃない。四十年経っているのよ」
「年数なんて関係ありません。あいつは王族として生まれながら、政略結婚から逃げ出したのですよ! 許せる訳もありません」
「貴方もエメライア姫に許されていないでしょうね」
息子を振り返りもしない王太后の言葉に、国王は咄嗟に返す言葉が出て来なかった。
「貴方がエメライアとの結婚を強要しなければ、ヘリオスも生きていたでしょうに」
「違います! エメライアがヘリオスと結婚すれば、何事も起きなかったのです」
王太后はカップをソーサーに戻した。
相変わらず国王を見ないまま、
「そうかしら? もしも結婚していたら、ヘリオスは父親に殺されていたのじゃないかしら?」
「は?」
国王だけが間違えているのだ。
当時一番価値があったのは、ヘリオスでもなければ前々宰相のルーベ侯爵でもなかった。他の誰一人間違えていなかったから、あんな事件が起きたのだと、未だ国王だけが理解出来ていなかった。
宰相も口を挟まず、静かに目を伏せた。
「ルーベ侯爵がそんな事をする筈がない! 母上、いい加減にして下さい!」
「何言っているの。王家の姫と結婚するのは一人で良いのよ? 息子がいなければ自分だって考えるのは、権力欲にとらわれた貴族でもある事よね」
クラリスがエメライア姫の部屋に残されたヘリオスの手紙から読み取ったのは『絶望』だった。
それを知った王太后は改めて、ヘリオスとエメライア姫が警戒したルーベ侯爵の事を考えてみたのだ。
好みの幼い少女で、自分の地位も盤石にしてくれるエメライア姫を、ルーベ侯爵は喉から手が出る程欲しがったに違いない。
「ルーベ侯爵には夫人がいました……」
「貴方、本当に何年王族をやっているの? 離縁すれば良い事でしょう。それに、新しい妻が欲しいから前の妻を殺すって、よくある話でしょう?」
政略結婚を穏便に終わらせる方法として、配偶者を殺したり、殺そうとする事は珍しい話ではない。
当時、ルーベ侯爵夫人も一人息子を産んでから体調を崩し、領地で長らく療養していた。当然それが真実だった可能性もあるが、状況を考えると邪推してしまうのは仕方ない。
「ですが……」
「では、エメライアをルーベ侯爵が絶対に欲しがらなかったって保証出来る?」
国王だけがエメライア姫よりヘリオスの方が価値が高いと思っていた。
その歪さが無用の混乱を招いていた事を、エメライア姫の婚約を決めた母親として王太后は後悔した。
王家の姫の婚約や結婚など軽いものではないと分かっていたのに。
精神的に脆い国王、当時は王太子を支える為だけだった筈だったのに、随分と色々な人間が犠牲になり、命を落としていた。
国王の言う『何も起きなかった』なんて、夢物語だろう。
「でも……」
「貴方の親友のヘリオスはエメライアを逃がす事に協力していたそうよ。少なくともヘリオスの方は自分の父親の危険性には気が付いていたようね」
それでも国王は「しかし……」「それでも……」と繰り返しており、自分が間違っていた事を認められない様子だった。
自分の息子のふがいなさに、王太后は何度目かの失望を感じていた。
付き合いきれない王太后は、国王の机に広げてあったエメライア姫の手紙をさっと回収し、宰相に一言声をかけて二人で国王の執務室から外に出た。
「自分の思い通りに動かなかった事が気に入らない。不幸に落とした事を反省しない。生きている事を喜べない。あの子にとってエメライアって何なのかしらね?」
「陛下のお考えは私のような凡人には到底理解出来ませんので」
「なら私も凡人だったのね。息子の言っている事が全然理解出来ないから」
二人の頭に『国王の退位』という言葉が過ぎった。幸い王太子の方がしっかりしていて文官の混乱も起こさないので、国王を交替する方が現実的だろう。
ただ、時期だ。
不貞関係でシェイシル親子が処分されてから一年も経っておらず、今交替すればシェイシル達と国王の関係を邪推する者が出て来る事は目に見えている。
「面倒な事は一旦保留ね。この手紙をクラリスに渡して頂戴」
国王から奪い取ったに近い手紙を宰相に渡すと、王太后は自分の離宮に戻っていった。
確かにクラリスに読んで貰えば分かる事は多いだろう。
声をかけるかどうか迷った宰相は、結局王太后に何も言わない事にして手紙を持って自分の執務室に向かった。
エメライア姫が手紙を残したのも家族。
エメライア姫が手紙を書いたのも家族。
必死にそうやってエメライア姫が思いを伝えようとしているのに、国王だけでなく王太后も背を向ける。
だから、エメライア姫の手紙に書いてあった『前の手紙』がどれを指しているのかも考える事すらしなかった。




