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河合が北海道に向かった日から、話は1週間ほど遡る。
つまり、彼方と奏介が音構から抜け出した次の日。
「これから、どうする?」
「どうしようか……」
無事に北海道の函館に上陸した2人は、少し遅めの朝食を食べていた。
彼方はサーモン丼。奏介は海鮮丼。なるべく食費くらいは抑えようと考えていた奏介だったが、初めての北海道ということもあって早くも誘惑に負けた形だ。ちなみに前日には、乗船前に彼方用の服やアメニティの類を買っていたりする。想定よりもお金を使っている感じは否めない。
「……サーモン丼、おいしい?」
「おいしい」
そう答えてから、彼方は少し考えて。
「食べてみる?」
「いや、俺は大丈夫」
「私は奏介の、食べたい」
「あ、そう……」
気恥ずかしさを感じながらも、奏介はどんぶりを交換して一口だけいただくことにする。
「ん……うまい」
脂の乗ったサーモンの肉厚な食感が、強すぎないわさびの辛味とマッチして、口の中に余韻を残しながらとろけていく。北海道に来てよかった。自分の立場も忘れてそんな感慨に浸れるくらいの美味さだった。
「こっちも、おいしい」
彼方も海鮮丼に舌鼓を打ちご満悦な様子。取り替えたどんぶりを元に戻した2人は、それから米1粒残さずに贅沢な朝ご飯を平らげた。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
ふー、と一息ついて、話題は振り出しに戻る。
「これから、どうする?」
「どうしようかなー?」
考えているうちに店員さんがどんぶりを下げ、温かいお茶を出してくれた。
しばらく旅をするには困らないだけの金はある。しかし、それだっていつかは底をつく。少なくなってから慌てていては遅い。できれば今のうちから対策を立てておきたい。まだ音構の人間も北海道まで来てはいないだろうから、思い切り動くなら今のうちだ。
ざっくりそんな内容のことを奏介は話した。すると、彼方から返ってきた答えは。
「だったら、歌でお金を稼げばいい」
簡単なことだと言わんばかりの表情で、彼方は言った。
「いや、でもCDとかMiXみたいに――」
「奏介、NGワード」
「あ、ごめん」
音構から逃げている間、『MiX』の名前は口にしない。それが2人で約束したルールだった。
「とにかく、すぐにCD出せるわけじゃないのに、どうする気だ?」
「路上ライブで、お金を集める」
「要するに、投げ銭?」
「たぶんそれ」
いやいやいや。
いくら彼方でも、それは厳しいだろう。今時路上ライブの投げ銭で稼ぐ人なんて、聞いたことない。
確かにそういう手段はあるけど、CDを売って稼ぐのとはわけが違うよ。柏でも投げ銭やってる人なんて聞いたことないのに、北海道でそれをやるのはもっと難しいと思うよ。
奏介はなるべく優しく諭した。しかし、彼方に折れる気配は微塵もなかった。
「やってみないとわからない。それに、今は奏介のギターもある。奏介のギターと私の歌があれば、大丈夫」
逆に、奏介が折れた。そんなに頼りにされてしまっては、むげに断るわけにはいかない。
「そこまで言うなら……やってみるか」
早速、店を出た後に駅前で路上ライブをやってみることにした。
「路上ライブ、楽しみ」
そう言って、彼方は柔らかく微笑んだ。
早く奏介と歌いたい。
そんな気持ちが、彼方からにじみ出ていた。
やっぱり、ここは路上ライブが最善の選択なのかもしれない。奏介がそう考え直すまで、さほど時間はかからなかった。




