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梨音は携帯を見た。
メッセージが1件。
奏介からだった。
それを見た梨音は、弾丸のように家を飛び出した。
道中、走りながら奏介に電話をかけた。繰り返されるコール音。しかし、何度かけても奏介の声が聞こえることはなかった。
しばらく旅に出ます。
このことは、周りには内緒にしてもらえると助かる。
バンドの話は、その後でよろしく。
急でごめん。でも、今までありがとう。
それが、奏介から送られてきた文面の全てだった。
まるで、これから戦場に向かうみたいな文章じゃないか。書いている内容もそうだし、その字体1文字1文字からにじみ出てくる覚悟の雰囲気もそうだった。
そして、それだけの覚悟を奏介に決めさせることのできる人間は、悔しいけれど、きっとこの世で1人しかいない。
「彼方……っ!」
きっと奏介は、彼方の行方にまつわる手がかりを見つけたのかもしれない。不可解な点はいくつもある。奏介の言っていた夏風邪だって、今考えてみれば本当かどうか疑わしい話だと思う。でも、今はじっくり考えている場合じゃない。
梨音は走った。とにかく走った。望み薄でも、奏介の家へ。家が近所とはいえずっと全力疾走だった梨音は、すっかり息が上がっていた。
でも、もうすぐ奏介の家に着く。そこに、何か手がかりがあるかもしれない。
機関車公園を抜けて、奏介の家が見えてきた。
一緒に、玄関前に立つ男が見えた。
感じる、ただならぬ気配。梨音は、とっさに公園の木に身体を寄せた。こっそり身を隠し、様子を伺う。
男は大柄で、黒いスーツを着ていた。奏介の家を眺めながら携帯で誰かと電話をしている。
その後で、家の脇から出てきたもう1人の男。同じ格好をしている。背丈も同じくらい。大柄だ。
梨音は幼なじみだから、昔から奏介の家とは家族ぐるみの付き合いをしている。だけど、あんな胡散臭い人が出入りしているのは見たことがない。
やがて、電話中の男が通話を終えると、2人は家の前から立ち去った。それでも、梨音は奏介の家を見つめたまま、しばらく動けなかった。
「何なの、あいつら」
自分の知らないところで、事態は大きく動こうとしている。それはきっと、彼方に関する何か重要なこと。自分1人の力では、おそらく手に負えないこと。
奏介の家には、もう怖くて近寄れなかった。為す術のない梨音は、携帯を手に取る。電話をかけた。望み薄でも、ジェロムの携帯へ。
『おかけになった番号は、現在使われておりません。電話番号をもう一度ご確認の上、おかけ直しください』
切れた。
全身から力が抜けそうになる。腕はだらんと垂れ下がって、持っていた携帯はするりと抜け落ちた。
最初に彼方がいなくなった。それからすぐにジェロムも消えた。そしてついに、「俺はいなくならない」と言ってくれたはずの奏介まで。
自分は、もう1人ぼっちだ。
それでも、梨音は現実を受け入れられなくて、動き出す。携帯を乱暴に拾い上げ、走り出す。
手がかりは、何もない。
それでも、探すしかない。
いつの間にか、梨音の頭上には曇天が広がっていた。
一雨来そうな空模様だった。




