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幸い、奏介は施設を出てすぐにタクシーを拾うことができた。道中、追っ手の姿は見当たらない。もしかしたら、ジェロムが上手いこと立ち回ってくれたのかもしれない。あれから銃声は聞こえなかったから、きっとそうに決まっている。そう考えなければ、やってられないと思った。どうか、最悪のシナリオだけは避けてくれ。そう心の中で何度も祈りながら、タクシーの後部座席に座った奏介は無言だった。隣の彼方は、ずっと車窓を眺めていた。
機関車公園でタクシーを降りると、まず向かったのは奏介の自宅。正直、音構の人間が来る可能性を考えると、かなりの博打だったと思う。しかし、それらしき人物に見つかることなく2人で家に上がることができた。
家の中は薄暗かった。両親は案の定、まだ仕事から帰ってきていない。自室のある2階まで、彼方の手を引いて誘導する。外や1階で彼方を一人きりにするのは危ない。
そういえば、彼方を自分の家まで連れてくるのは初めてだった。でも、気恥ずかしいとか思っている余裕は、今の奏介にはない。
「彼方、俺は荷造りするから、ここで待ってて。もし誰かが呼び鈴を鳴らしても彼方は出ないで居留守するんだ。いい?」
彼方は、黙ってうなずいた。それから奏介は部屋に入ると、通学用のスポーツバッグに思いつく限りの生活用品を乱雑に詰め込んだ。着替え、アメニティ用品、雨具、それからいざというときの護身用に、カッターナイフ。ギターももちろんケースに入れて持っていく。最近はもっぱら練習用だったアコースティックギターだが、外で弾くならこれが一番いい。
まだ帰っていない親には書き置きを残した。「部活の合宿でしばらく家を空けます」とだけ書いて、部屋の扉に貼っておく。比較的放任主義な我が家なら、当分の間はこれで何とかなるだろう。
詰め終えたバッグを肩から下げて、ギターケースを背負って、最後に机の上へ置いたままだった携帯をポケットにしまう。
「奏介、携帯は持っていかないほうがいい」
「どうして?」
「もしかしたら、GPSで場所が割れる」
言われてみれば、充分にあり得る話だった。だとすると、今ここにいるのもバレている可能性がある。
「携帯は置いて、急いだ方がいい」
またしても最悪のシナリオが頭をよぎる。家を囲む、武装した黒スーツの大男達。正確無比な彼らの照準が窓を貫通して奏介の眉間に狙いを定め、発砲。
その瞬間、想像上の自分は死んだ。
同時に、不思議と身体が軽くなったような気がした。とうとう張りつめすぎた緊張の糸が切れてやけっぱちになったのか、はたまた想像の中で殺されたのは臆病な自分だったのか。奏介は一周回って穏やかな気持ちになった。
「……奏介?」
「彼方、もう少し待っててもらっていい?」
相手を諭すような柔らかな口調で、奏介は言った。
「最後に、メッセージを残しておかないと」




