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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
4.旅立ちの歌姫
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25

「いやはや、まさか私のいないうちにここまでやってくれるとは」

 目の前に立つのは、河合だった。相変わらず隙のなさそうな佇まい。さらに今回は1人の男を従えている。黒スーツと細いサングラスを身につけた、ジェロムに負けず劣らずの大男だった。河合のボディーガードだろうか。

「お前が河合だな」

 歩み寄ろうとする河合に、ジェロムが銃を構える。それに対抗して同じく銃を構えるボディーガード。

「あなたはジェロムズのリーダー、岸田ジェロムですね?」

「……そうだ」

「なるほど……私はあなたを見くびっていたようだ。多田さんの交友関係は可能な範囲で調べましたが、あなたの過去の情報だけはどうしても出てこなかった。不思議には思ってましたが、もっと警戒しておくべきでした」

「HAHAHA、随分と詰めが甘いじゃないか。そのマフィアもどきのファッションは見かけ倒しか?」

「それを言うならあなたの構える銃こそ、見かけ倒しではありませんか?」

 再び河合が歩み寄る。

「大柄なあなたが銃を構えれば、なるほど様になっている。しかし、その銃は果たして本物でしょうか?」

「9ミリ口径のグロック。本物だ。試してみるか?」

「試してみる、ですか……」

 河合が怯む様子はなかった。むしろ、鼻で笑っている。

「何がおかしい?」

「試してみるのは大いに結構。しかし、仮に実弾だったとして、あなたは本当に撃てますか?」

 河合は歩みを止めない。

「岸田ジェロム。あなたは体格にも恵まれ、肝も据わっている上に人間性と知的センスもある。ならば、その賢い頭で考えてみなさい。今ここで、銃弾を放ったと仮定して立場が弱くなるのはあなただ。近隣には機動隊の施設もある。不利になるのは目に見えているはずでしょう?」

「有利か不利かは、意外とやってみないとわからないもんだぜ? お前らこそ、なるべく銃は撃たないで穏便に事を済ませたいんだろう?」

 張りつめた空気の中で、河合VSジェロムの牽制が続く。その間に奏介は視点だけを動かして脱出できる隙を探した。しかし、進むべき出口の方向に河合とボディーガードが立っている以上、今の膠着状態の中では動けそうに――


「奏介! 鍵を開けろ!」


 唐突に、ジェロムが大声で叫んだ。

 そこから数秒の間に、ドミノ倒しのように連鎖して戦況が動いた。

 まず、河合とボディーガードの注意が一瞬、奏介に向いた。

 その一瞬を、ジェロムは見逃さなかった。

 一気にボディガードとの距離を詰めた。相手はやはり、なるべく撃たない形で事態を収拾したかったのだろう。とっさの判断で撃てなかった敵の拳銃は、懐に飛び込んだジェロムに弾き飛ばされた。

 しかし、相手もプロである。続くジェロムの拳をいなすと、カウンターの一撃でジェロムの手元からも銃が離れた。

 ジェロムとボディーガードが肉弾戦へと移行したその隙に、今度は奏介が彼方の手を引き出口に向かって駆け抜けた。

「待て!」

 2人が突破を図る。そこをまだ動ける河合が追いかける。

 その動きを察したジェロムがボディーガードを突き放した。

「させるかぁ!」

 ジェロムはボディーガードに背を向ける。大きなストライドで河合に迫り、河合を捕らえた。

「部長!」

「構うな!」

 一瞬だけジェロムと目が合った。

 ジェロムは、笑っていた。

 そして、その奥の光景も奏介は目の当たりにした。

 ジェロムの背後から、銃を取り戻し構えようとする大男の姿を。

 この時すでに、ジェロムは覚悟を決めていたのだろう。

「GO!」

 ジェロムのその一言に弾かれるようにして、奏介と彼方は前に進んだ。

 悔しかった。

 だけど、この悔しさを無駄にしてはいけなかった。

 逃げてやる。

 世界の果てまで、逃げてやる。

 彼方を、あいつらに明け渡してやるものか。

 施設を飛び出すと、蒸した真夏の空気が2人を迎え入れた。

 長い、長い夏が始まった。

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