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「いやはや、まさか私のいないうちにここまでやってくれるとは」
目の前に立つのは、河合だった。相変わらず隙のなさそうな佇まい。さらに今回は1人の男を従えている。黒スーツと細いサングラスを身につけた、ジェロムに負けず劣らずの大男だった。河合のボディーガードだろうか。
「お前が河合だな」
歩み寄ろうとする河合に、ジェロムが銃を構える。それに対抗して同じく銃を構えるボディーガード。
「あなたはジェロムズのリーダー、岸田ジェロムですね?」
「……そうだ」
「なるほど……私はあなたを見くびっていたようだ。多田さんの交友関係は可能な範囲で調べましたが、あなたの過去の情報だけはどうしても出てこなかった。不思議には思ってましたが、もっと警戒しておくべきでした」
「HAHAHA、随分と詰めが甘いじゃないか。そのマフィアもどきのファッションは見かけ倒しか?」
「それを言うならあなたの構える銃こそ、見かけ倒しではありませんか?」
再び河合が歩み寄る。
「大柄なあなたが銃を構えれば、なるほど様になっている。しかし、その銃は果たして本物でしょうか?」
「9ミリ口径のグロック。本物だ。試してみるか?」
「試してみる、ですか……」
河合が怯む様子はなかった。むしろ、鼻で笑っている。
「何がおかしい?」
「試してみるのは大いに結構。しかし、仮に実弾だったとして、あなたは本当に撃てますか?」
河合は歩みを止めない。
「岸田ジェロム。あなたは体格にも恵まれ、肝も据わっている上に人間性と知的センスもある。ならば、その賢い頭で考えてみなさい。今ここで、銃弾を放ったと仮定して立場が弱くなるのはあなただ。近隣には機動隊の施設もある。不利になるのは目に見えているはずでしょう?」
「有利か不利かは、意外とやってみないとわからないもんだぜ? お前らこそ、なるべく銃は撃たないで穏便に事を済ませたいんだろう?」
張りつめた空気の中で、河合VSジェロムの牽制が続く。その間に奏介は視点だけを動かして脱出できる隙を探した。しかし、進むべき出口の方向に河合とボディーガードが立っている以上、今の膠着状態の中では動けそうに――
「奏介! 鍵を開けろ!」
唐突に、ジェロムが大声で叫んだ。
そこから数秒の間に、ドミノ倒しのように連鎖して戦況が動いた。
まず、河合とボディーガードの注意が一瞬、奏介に向いた。
その一瞬を、ジェロムは見逃さなかった。
一気にボディガードとの距離を詰めた。相手はやはり、なるべく撃たない形で事態を収拾したかったのだろう。とっさの判断で撃てなかった敵の拳銃は、懐に飛び込んだジェロムに弾き飛ばされた。
しかし、相手もプロである。続くジェロムの拳をいなすと、カウンターの一撃でジェロムの手元からも銃が離れた。
ジェロムとボディーガードが肉弾戦へと移行したその隙に、今度は奏介が彼方の手を引き出口に向かって駆け抜けた。
「待て!」
2人が突破を図る。そこをまだ動ける河合が追いかける。
その動きを察したジェロムがボディーガードを突き放した。
「させるかぁ!」
ジェロムはボディーガードに背を向ける。大きなストライドで河合に迫り、河合を捕らえた。
「部長!」
「構うな!」
一瞬だけジェロムと目が合った。
ジェロムは、笑っていた。
そして、その奥の光景も奏介は目の当たりにした。
ジェロムの背後から、銃を取り戻し構えようとする大男の姿を。
この時すでに、ジェロムは覚悟を決めていたのだろう。
「GO!」
ジェロムのその一言に弾かれるようにして、奏介と彼方は前に進んだ。
悔しかった。
だけど、この悔しさを無駄にしてはいけなかった。
逃げてやる。
世界の果てまで、逃げてやる。
彼方を、あいつらに明け渡してやるものか。
施設を飛び出すと、蒸した真夏の空気が2人を迎え入れた。
長い、長い夏が始まった。




