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「今日はまた随分と打ちのめされたオーラが出てるけど、ソウってば大丈夫?」
「大丈夫じゃないなー……」
どうにか学校までは無事にたどり着いたものの、奏介の心は立ち直れずに満身創痍のままだった。自分の席に座って、そのままばたっと机の上に突っ伏す。
「もしかして、また例の歌上手い女の子の話?」
「……ああ」
「アタックしてフられた的なやつ?」
「お前は何をそんなに嬉しそうにしてんだ?」
きっと他人の不幸は蜜の味ってことだろう。梨音の表情からにじみ出るニヤニヤ。
「……そいつのこと、軽音部に誘ってみた」
「へぇー、ソウにしては随分思い切ったね」
「ま、その思い切りが裏目に出たんだろうな」
思い切りというか見切り発車だったけどな、と奏介は心の中でぼやく。
「なるほど、断られたわけねー」
「しかし、納得いかない」
「自分が断られたことに?」
「いつから俺がそんな自信家になったよ?」
確かにー、と言って梨音はケタケタと笑う。やっぱりこいつ、面白がっている。
「そいつ、めちゃめちゃ歌が上手いのに音楽が嫌いだ、って言うんだよ。河原で堂々と歌ってて、ギターのピックだって持ってたくせに。どう考えたっておかしくないか?」
「そうね、その話を聞いた限りだと何だかちぐはぐかも。ってかその人の名前は聞いたの? そこ大事じゃない?」
「ああ、一応聞いた。トオノカナタ、って名前らしい」
「トオノカナタ……あれ?」
梨音が何か引っかかる、という表情を浮かべていたところで、隣の席の鈴木がやってきた。
「おはよっすー、朝から遠野の話?」
「鈴木、お前知ってんの?」
「知ってるも何も、そこの去年から不登校のやつやんか」
鈴木が教室の一点を指さす。顔を見たことなんて一度もなかった、空白の席。
遠野彼方。
まさか、まさかこんな近くて遠いところにいたなんて。
「鈴木、あいつのこと他に何か知らないか?」
思わず奏介が席から身を乗り出して問いつめる。
「いやいや、別に去年も同じクラスだっただけで何も……ってか、あいつは去年だって一度も学校に来てないんだよ。逆に俺がどんなやつなのか聞きたいぐらいだわ」
「一度も来てない……?」
思わぬところからの新しい情報。しかし、その手がかりがさらに新しい謎を呼ぶ。
途中から不登校になったならわかるが、入学当初から来ていないのはおかしい。
そもそも、彼方が不登校になった理由とは、一体何だったのだろうか。
不登校なのになぜあの河原に制服姿でいたのか。ただ単に、よくある学校へ行く振りをしてのサボりなのだろうか。
いくつも疑問は残るが、結局鈴木からはそれ以上の情報は引き出せそうになかった。重要なヒントを掴めたのに、奏介の中では逆に掴みどころのないわだかまりが残る。
『音楽が嫌いだから』
『遊び半分の音楽をやっているやつは、もっと嫌いだから』
それに便乗するかのように、奏介の脳裏には今朝のショッキングな言葉がよぎった。ため息をついて、頭を抱える。
「でも、とりあえず大きな手がかりは見つかってよかった……ってやっぱりソウは浮かない顔してるね、まだ何かあった?」
「いや、遠野が何者なのかよくわからなくてモヤモヤしてるだけだよ」
「ウソだねー」
「痛てっ」
梨音のぺしっと軽いデコピンで奏介の額が弾かれた。
「絶対それだけじゃないでしょ。そんな適当なウソで騙せるとでも? あたしら何年のつき合いだと思ってんのさ?」
奏介と梨音は、絵に描いたような幼なじみだった。
家はご近所で、学校は小中高と同じ。同じクラスになったことも、一度や二度ではない。数えたら片手では収まらない。
そんな間柄だから、ごまかそうとした奏介の気持ちを梨音が見抜いたのはごく自然なことなのかもしれなかった。
「さーさー、お姉さんに正直に話してごらんなさいなー」
これを冗談として受け流すこともできたかもしれない。だけど、奏介は正直に話すことにした。
「そいつ、音楽が嫌いだって言った後で、軽音部で遊び半分の音楽やっているやつはもっと嫌いだ、って言って」
「はぁー!? 何よその言い方!?」
食い気味にキレる梨音。奏介は呆気に取られた。
「ソウ、もしその言葉を気にしてるんだったらそれは間違いだから! ソウの音楽をそんな風にディスるやつは絶対に許さない!」
すると、梨音は怒りのオーラを纏ったまま立ち上がる。
「ソウ、行くよ」
「行くって、どこに?」
「そいつがいるとこ。大堀川の河原でしょ、案内して」
「いやいやいや、今から行ったら遅刻になるだろ!」
「そんなの知らない! あたしのハリボテでも何でも用意しとけばいいでしょ!」
「どこにお前のハリボテなんてあるんだよ!?」
「おいおいお前ら今度は朝から夫婦喧嘩かー?」
「「鈴木は黙れ!」」
「す、すんません……」
それから、この場はどうにか奏介が暴走モードの梨音をなだめて事なきを得た。まさか、当事者の奏介よりも梨音の方がキレるとは、誰が予想しただろうか。
だけど、そのおかげで奏介の沈んでいた心は、いくらか軽くなっていた。
自分の代わりに梨音が怒ってくれたことが、奏介は少し嬉しかった。




