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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
1.桜の歌姫
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 放課後になっても、梨音は納得のいかなそうな表情だった。

「やっぱり明日の朝にでも直接会って直談判よ、直談判!」

 そう主張した梨音だったが、奏介は何とかそれを宥めてとりあえず部長に相談しよう、という方向で妥協点を見いだした。

 部室から、扉越しにパンクな16ビートが聞こえてくる。重い防音扉を開けると、びりびりとした空気の振動が全身の皮膚から伝わってきた。

「おおう、来たな!」

「部長! 話すときぐらいはその熱いビートを止めましょー!」

「今盛り上がってきていいところだったんだがな! まあ仕方ない!」

 そう言って、ジェロムはタムとクラッシュシンバル、バスドラムの乱打で締めくくる。しばらく残った余韻の中で、恍惚の表情を浮かべるジェロム。その額からは汗がにじみ出ている。

「ふう、待たせたな」

 ジェロムはタオルで汗を拭いながら、1.5リットルのコーラをラッパ飲みした。ちなみに今日は上裸ではなくサマソニのTシャツを着ているが、鍛えられすぎた筋肉でパツパツになっている。まだ4月だというのに、さっきから実に暑苦しい光景が続いている。

「やはり無心になって叩いた後のコーラは最高だ。これだけでバイヴスがアガる」

 バイヴス、の部分がやたら流暢なネイティブ発音のせいか、暑苦しさにウザさが3割増しくらいで上乗せされていた。奏介は一瞬帰りたくなった気持ちを抑え、さっさと本題に入る。

「昨日俺が話した女の子の件ですけど、誰だかわかりました。遠野彼方っていう、うちのクラスの女子です」

「ほう……それで彼女は今どこに?」

「それが、その子って去年からずっと不登校みたいで。だからあたしは同じクラスでも顔すら見たことないし、わかんないです」

「でも奏介は今日も見かけたのか?」

「今日もいましたよ。大堀川の河原に」

「なるほどな」

 2人の話を聞きながら、ジェロムはコーラをぐびぐびと飲み続けている。

「それよりも聞いてくださいよ部長! その子ひどいんですよ! あたしたちの音楽を侮辱したんですよ!」

「まあまあ落ち着きたまえベリオンよ。あ、俺のコーラ飲むか?」

「の、み、ま、せ、ん! あとベリオンって言うな!」

「じゃあベリアルにするか? そのほうが中2心をくすぐられるだろう?」

「誰が中2だ! 原型留めてないし!」

 一応ざっくり説明すると、ベリアルというのは新約聖書に出てくる悪魔の名前である。微妙にいいセンスを感じるあたり、余計にタチが悪い。

「あのー……とりあえず本題に戻りませんか?」

「うむ、そうだな。失礼した。それじゃ話を聞こうか」

 脱線しかけた話題をどうにか軌道修正して、奏介は今朝の出来事について話した。彼女が音楽を嫌っていること。それ以上に、軽音部で遊び半分に音楽をやっている人間を嫌いだと言ったこと。奏介は全てジェロムに話した。

 そして、全てを聞いたジェロムは一言つぶやいた。

「なんだ、そんなことか」

 本当にたった、その一言だけだった。余裕の態度でコーラを飲み続け、最後には大きなげっぷを一発。それに対して真っ先に反論した梨音。

「ちょっ、それだけ!? あたし達バカにされたんですよ!?」

 食ってかかる梨音に、ジェロムはVサインにした右手を突きつける。

「いいか、ポイントは2つだ。そのポイントに論点を絞れば、問題は実にシンプルになる」

「な、何よそれ……」

 真剣に議論しようとする時のジェロムには、異様な説得力がある。それに押された梨音の勢いもすっかり失速した。

「まず聞こう。お前らは認めるか? 自分の音楽が遊び半分だって、認めるのか?」

「それは、認めないです」

「あたしだって認めませんよ!」

「OK、それで第1ポイントはクリアだ」

 ジェロムは満足そうに口角を上げ、突き出していた右手の中指を畳む。

「それってどういうことですか?」

「簡単なことだ。相手に何を言われようと、それを自分が認めなければいい。ベリーイージーだろ?」

「で、でもっ」

 まだ不満の残っているらしい梨音が口を開いた。

「だからって、そんなこと言われてそのままじゃあたしは納得いかない!」

「まあ、お前の性格ならそうだろう。そこで、第2のポイントだ。ようは相手に遊び半分ではないと認めさせればいい」

「認めさせるって……簡単に言うけど俺らはどうすればいいんです?」

「なに、実際簡単なことだから簡単に言っているわけだ。とりあえずこれについての下準備は俺が何とかしておくから、奏介と梨音は俺が戻ってくるまで2人で練習だ。いいな?」

 そう言ってコーラを飲み干し空のペットボトルを片手で握りつぶすと、反論の隙も与えずジェロムはTシャツ姿のまま足早に部室を出ていった。

「あたし、すごくイヤな予感がするんだけど……気のせいかな?」

「奇遇だな、俺もだ」


「戻ったぞ」

 それから30分後、ジェロムは部室に戻ってきた。

 ぐったりした制服の女の子、遠野彼方を軽々と肩に担いだ状態で。

 後にこの出来事は『岸田ジェロム女子高生誘拐事件』として、武勇伝の新たな1ページに刻まれることとなる。


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