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「よーし、テスト返すぞー」
英語教師のよく通る声。すると、まるで一体感のない気だるい反応が飛び交った。やだー。見たくねー。今回絶対悪いわー。窓の外、どんよりとした梅雨空を反映するかのような倦怠感に教室中が満ちていく。
奏介も例外ではなく、漠然とした怠さに襲われる。だけど特に声は出さない。その代わり、虚ろな目でじっと教室のある一点を見つめている。うつ伏せになって、傾いた教室の中で。
少し顔を動かすと、視界が黒く遮られる。重そうに垂れ下がる前髪のせいだ。
ミューサンでのライブから、1ヶ月が過ぎた。その間に梅雨入りの予報が発表され、それからずっと奏介達の頭上には梅雨前線が居座っている。天気予報によると、今年の関東の梅雨は例年よりも長くなるらしい。
髪が重く感じるのはそのせいか。いや、ただ単純に伸び過ぎただけなのかもしれない。それでも、前髪を切る予定はない。
「多田ー、おーい、多田ー?」
「……あ、はい」
気づいたら呼ばれていた。慌てて答案を取りに行く。
「前より随分成績良くなったな、大したもんだ」
点数を見る。まさかの86点。高校に入ってからの自己最高点だった。
でも、どこか味気ない。こんな薄っぺらな紙に書かれたハイスコアなんて、求めていない。
「これからも頑張れよ」
「……はい」
淡々と席について、真っ先に食いついてきたのは鈴木だ。
「多田ー? お前テスト何点やった? どうせそんなぼけっとしてる様子だといつも通り大した点数じゃ……って高っか! もう一度言うぞ高っか!」
「毎度のことだけど、うるせえわ鈴木」
「いやいやいやそんなこと言われましてもですねえ! いつも平均点以下が通常運転の多田にこんな点数取られちゃうるさくなるってもんですよ!」
そんな割と一方的なコミュニケーションを奏介と鈴木が交わしている間に、梨音が答案を受け取って戻ってきた。
「ねーねー渡部の姐さん聞いてくださいよー、多田のやついきなりこんな点数……ってもしかして、あんたもまさかハイスコア叩き出しちゃってたり?」
「一応……自己最高点」
かく言う梨音が苦笑いを浮かべつつ見せた答案は、驚きの90点越え。あと3、4問正解していれば満点という次元だった。
「ほおおおおおおおおお!?」
謎の寄声を上げてムンク状態になる鈴木。それっきり、鈴木は石化して動かなくなった。その隙に鈴木の答案をチラ見したら、28点。ああ、ご愁傷様。
「しかし梨音すげえな……」
「何言ってんの、ソウだってめっちゃいい点じゃない」
「まあ俺はテスト勉強以外何もやることなかったし……」
奏介が何気なく発した一言。
それで、見て見ぬ振りをしていた事実を思い出してしまった。言ってしまった後では遅かった。梨音の物憂げな視線が、奏介の机の上に滑り落ちた。
自分達にはもう、何もやることがないのだ。
「そうだね……あたしも暇してたから、いつも以上に頑張っちゃった」
「何か、ごめん」
「何でソウが謝ってんのよ! 変なの!」
「はは、だよな」
中途半端な、奏介の返事。無理矢理に励ます梨音の空元気に、それ以上返す言葉は見当たらなかった。感づかれないように、長くなった前髪を前に寄せる。梨音の表情が隠れた。それでいい。
だけど、どんなに前髪で目に見える世界を隠しても、視界の外に追いやれないものがあった。
さっきまで見つめていた教室のとある一点。
それは、主を失って空白に塗りつぶされた机と椅子。
そこは、かつて遠野彼方が座っていた席。
彼女は今、この教室にいない。




