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結論から言うと、奏介は何もできなかった。
外でベンチに座りギターを練習する彼方に、奏介は話かけることもできなかった。数メートル離れた物陰から、見届けるだけ。
正直、話しかけられそうな雰囲気ではなかった。
頬のあたりで光り、したたる汗。
練習用のタブ譜をじっと見つめる、見開いた瞳。
一心不乱にギターを掻き鳴らす両の手。
まるで何かに取りつかれたかのような鬼気迫るその練習風景は、ただただ衝撃的だった。
思えば彼方が個人練習をしているところを、今まで奏介は見たことがなかった。
きっと、彼方があの歌声を手に入れることができたのも、この集中力の賜物だ。ひたむきに、という言葉すら生温い、痛々しいほどに愚直な努力を一人で積み上げてきたからだ。
正直に、奏介はすごいと思う。しかし、その一方で不安を感じずにはいられなかった。
じゃあ、その不安の正体は?
「彼方って、真面目よね」
唐突に、奏介の後ろから声がかかった。梨音だった。
「真面目で、正直で、すごくいい子。だけど、それが行きすぎてるから人に誤解されるし、時々危うい。その危うさがボーカリストとしての味を出してるのかもしれないけど……」
「それは、全面的に同意だな」
彼方のギターリフに、ノイズが混じる。もう一度押さえるコードを確認して、弾き直す。時々こうしてつまづきはするものの、それなりに弾けるようになっている。驚異的な成長率だと思う。
「彼方は、いろんな可能性を持ってる。それは部長の言う通りだと、あたしは思う。きっとギターボーカルとしても、すぐに大成できる。たぶん、教えればすぐにベースだって弾けるようになる。でも、このままじゃだめだとも思う」
相変わらず、彼方が2人に気づく様子はない。1人きりの世界で、音楽と向き合っている。そんな彼方を見て、今の梨音の言葉を反芻して、奏介はふと気づいた。
不安の正体は、これかもしれない。
「今の彼方、音楽を楽しめてるのか……?」
もし、彼方がジェロムズの音楽でも自分を追いこんでしまうようなことがあったら、また音楽を嫌いになってしまうんじゃないか。
「あたしも、正直言って今のまま彼方にギターボーカルをやらせるのは、どっちかって言うと反対。でも、ちょっと揺らいじゃったのよ。ジェロムズのギターボーカルとして彼方が活躍したらどうなるか。すごく、期待させられた。だからあたし、未だに強く反対できない」
「それは……」
「ソウも、同じ気持ち?」
「同じかもしれないし、ちょっと違う気もする」
「何それ?」
自分でも、よくわからない。
だけど、奏介はそれ以上うまく答えることができなかった。
五月晴れの太陽光線が、彼方のきめ細かな肌を輝かせる。白く、眩しく照り返す。
好きなアーティストを「神様」と称する人がいる。いわゆる「信者」と呼ばれる人種で、奏介達が嫌うようなタイプのそれ。
だけど、日差しで煌めく彼方を視界の真ん中に留めたその瞬間だけ、奏介は信者になる人間の気持ちが少しわかった気がした。
「あたし達も一旦戻ろっか。部長が待ってるし、今はあたし達こそ作曲に打ち込まないと! 彼方の頑張りには、負けてらんないよ!」
「……そうだな」
梨音に促され、後ろ髪を引かれる思いで奏介は部室へと戻った。
その直前、振り向きざまに見た彼方の足下。持ち出していた2リットルペットボトルの水が、半分まで減っているのに気がついた。
次に外に出るときは、コーラを1本差し入れてあげよう。




