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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
3.ライブハウスの歌姫
42/177

 翌日。

放課後の部活にて。

「新曲を作ろう」

 ジェロムは部室に上がり込むなりそう宣言した。

「……何よ、いきなり」

 唐突なジェロムの提案に対して、梨音は露骨に顔をしかめた。そして、奏介は何も言わずひっそりと戦局を伺う。このあたりの流れは、もはやお約束である。

 昨日MiXの話題で動揺した彼方にも、あれからは特に変わった様子はない。今も、部室に来る前に買ってきたらしい缶のコーラをくぴくぴと飲んでいる。すっかり元気なコーラジャンキー2号。

「遠野君が加わって新体制になったジェロムズだ、このタイミングで新曲を作らずにいつ作るというのだ! なあ、そうは思わんかね遠野君!」

「…………む?」

 突然話を振られ、コーラの缶を口につけたまま固まる彼方。

「グレイト! 遠野君のそのコーラの飲みっぷり、賞賛に値する。我らコーラ部は将来安泰だな!」

「ちょっと待てあたしらいつからコーラ部になった!?」

「ならもうちょっと範囲を広げて炭酸飲料部にするか?」

「そういう問題じゃないから!」

 今日も梨音のツッコミは絶好調。なかなかの切れ味を見せている。

「でも、俺らは本番まで2週間ないんですよ。それなのに作曲する時間なんて……」

「ザッツライト!」

「むっ?」

 ジェロムの大声で、再びくぴくぴとコーラを飲み続けていた彼方が固まる。

「その通り、奏介の意見はもっともである! しかしだ、我々にはそんな状況を逆転させるとっておきの方法があるんだ? 奏介はわからんか?」

「……わからないですね」

「うん、わからないしすごく嫌な予感がするのはあたしの気のせい?」

 彼方は最後の一口らしいコーラの缶をぐいっと仰ぐ。同時にジェロムは非の打ち所のないドヤ顔で言った。

「合宿だ! 俺達は合宿をやるぞ! 1泊2日の作曲合宿! これでジェロムズは最強となる!」

「…………は?」

「…………はあ」

 ジェロムについていけずぽかんとしたところで、「コーラ、おいしかった」という彼方の的外れなコメントだけが残った。

「……遠野君のそのコーラの飲みっぷり、賞賛に値する。我らコーラ部は」

「同じツッコミさせんな!」

 閑話休題。

「……とりあえず、俺からは質問が2つほど」

「おう、なんなりと聞きたまえ」

「まず合宿をするとしても場所はどこでやるのかっていうことと、それから合宿の費用はどこから出すのか、って話なんですけど――」

「それなら心配いらん!」

 ジェロムはかぶせ気味に答えた。

「いいか奏介。俺は合宿を開くとは言ったが、合宿で遠くに出かけるとは言っていない。もしかしたら海沿いの民宿とか、山の中のロッジとかでする合宿を想像したのかもしれない。だとしたらソーリー、残念ながらその期待には答えられそうにない」

「え、違うんですか?」

「ああ、合宿は……ここでやる! そうすれば予算の心配はいらん、そうだろう?」

「ここって……部室で?」

「そうだ、他にどこがある?」

「ちょっと待ちなさいよ、そもそも部室って24時間使えるとこじゃないでしょ?」

 梨音の言う通りだった。部室の夜間使用は禁止されているし、放課後に見回りが来た後はがっちりと鍵をかけられる。基本的に、部室棟は泊まりがけで使える場所ではなかった。

「いや、使える。見回りの監視は甘い。その目をかいくぐって、鍵が開く次の日の朝まで外に出なければ夜の部室は俺達のもんだ。実際に試したから間違いない」

「非合法かよ! 本当に手段を選ばないのねあんたは……」

 梨音が呆れる中、奏介は別のところが気になった。

「あの、その前に『実際に試した』ってのは……?」

「言葉の通りだ。先週末からずっと、俺は部室に寝泊まりしている。つまり安全は実証済みだ! ドントウォーリー!」

「マジすか」

「え、じゃあちょっと待って。食事は調達できるからいいとして、お風呂とかシャワーは? ここそんな施設ないでしょ?」

「水は水道があればどうにでもなるし、水道は部室棟の至る所にあるから心配無用だ。ちなみに、俺は身体洗うときは1階の流し台を使ってた」

「もうあたし1階の流し台は死ぬまで使わない!」

 梨音がジェロムの流し台発言に頭を抱えていると、途中で「あっ」と何かに気づいた。

「もしかして最近噂になってた部室棟の幽霊の噂って……!」

「ああ、確か膨らんだ頭の巨人って……あ」

 遅れながら、奏介も気づいた。

 マリモのように膨らんだ立派な頭、のアフロ。

 身長190センチを超える巨体。

 その特徴は、ジェロムのそれと完全に一致していた。

 すると、その話題に興味を示したらしい彼方が奏介に訊く。

「幽霊の正体って、ジェロムなの?」

「うん……たぶんそうみたい」

「すごい……!」

 彼方が驚きと興奮に染まる。そういえば、彼方は幽霊に会ってみたいとか言ってたような。

 そして、幽霊の正体を知った彼方は不意にジェロムに接近すると。

「握手してください……!」

 まるで憧れのアイドルと対峙するファンのようだった。やはり彼方の感性には、まだまだ謎な部分が多い。一方のジェロムは握手に快く応じ、ものすごく満足気にアメリカンな高笑いを飛ばしていた。

「HAHAHA! 今までもサイボーグとかスーパーマンとか言われたことがあったが、ついに人外扱いか! 照れるじゃないか!」

「別にあたしは褒めてないですし、ってか噂になってるってことは普通にバレる一歩手前じゃない!?」

「まあまあそうムキになるなベリオン」

「だからベリオン言うな!」

 そして、当然のように梨音はそんなジェロムに真っ向から対立する。いつものジェロムVS梨音の構図である。

「とにかく、あたしは反対。あたしら3人だけならまだしも、今回は彼方もいるのよ? 彼方に入部早々こういう荒事は向かないだろうし今回は――」

「やらないの?」

 ん?

 奏介も梨音も、一瞬どこからの反論なのかわからなかった。しかし、その澄んだ声の主は1人しか考えられない。

「面白そうなのに、やらないの?」

 他でもない、彼方だった。一応、奏介は訊いてみる。

「彼方は部長の言う合宿、やってみたいの?」

「やってみたい」

 即答だった。好奇心に染まった瞳の奥がきらきらしている彼方。一方で露骨にひきつった表情の梨音。そして、その様子を見て勢いづくのは当然ながらジェロムのほうである。

「パーフェクト! 流石はこの俺が見込んだ大物ルーキーだ遠野君! さあどうだねベリオン、もう反対する理由はないんじゃないかね?」

「ぐぬぬ……」

 彼方がジェロム側についたことで一気に弱くなった梨音は反論の糸口を掴めず、軽音部は来週末に非公式のフェス直前合宿を決行する流れとなった。

「ねえ、ソウ」

 ぼそっと、奏介の耳元で梨音がつぶやく。

「彼方……思ってた以上に軽音部に毒されてない?」

「奇遇だな……俺もそう思ってた」

 2人の視線の先には、ジェロムに言われるがまま2杯目のコーラを勧められ、くぴくぴと飲み始めた彼方がいた。


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