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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
2.ウィークエンドの歌姫
30/177

16

「まさかこんなに取れちゃうとはねー」

 そう言う梨音の手元には、チュッパチャップスやチロルチョコがぎっしり詰まった袋があった。

 結果として、200円でお互い1回ずつ挑戦したお菓子のクレーンゲームは大当たりだった。特にコツを掴んだらしい彼方の活躍は目覚ましく、1回のプレイで元が取れそうなくらいのお菓子をゲットしていた。だから、彼方の袋は梨音のそれよりももっとパンパンに膨れ上がっていた。

「しばらく、お菓子には困らないかも」

「あたしも同じく!」

 そんな感じでほくほくになっていた2人は、ゲーセンからほど近くにあるスンドゥブチゲのお店「ポジャンマチャ」で昼ご飯を食べることにした。元々梨音が知っていた店で、名物はコンテストでの受賞歴もあるチゲラーメン定食。これがめちゃめちゃ美味いのである。

「おまたせしましたー、チゲラーメンですー」

 もちろん2人が頼んだのはまさにそのチゲラーメン。熱を閉じこめた丼の中で、まだグツグツと煮えている。スパイシーな香りと熱気を漂わせて。

「おいしそう……」

「実際めちゃめちゃ美味しいから、冷める前にいただきましょ!」

 チゲのスープを絡め、ふーふーと冷ましながら熱々の麺をすする。

「あつっ、熱いっ、けど……んまいっ!」

 刺激的な赤い色合いに反して、つるつるとした麺になじみ、口の中にじゅわっと広がる味わいはとってもまろやか。ラーメンに合わせてアレンジされたスープのコクと深み。そこにピリッとした辛さがアクセントとして効いて、余韻を残していく。その後味にやられて、次の一口がすぐにでも欲しくなる。やめられない、止まらない。それはまさにこういう感覚だと思う。ゲーセンの空調のせいで少し冷えていた身体が、芯のほうから温まっていく。

 しばし夢中になって食べた後で、梨音は彼方の様子を伺う。きっと自分と同じように夢中になって食べているに違いない、と思いきや。

 涙目になっていた。

「あつい」

「……もしかして彼方って、猫舌?」

 彼方は潤んだ目を拭いつつ、こくこくとうなずく。そんな様子を見ていた梨音は、思わず吹き出してしまった。

「あはははは! 彼方面白い! 彼方って意外と最高に面白い!」

「そんなに笑わなくても……」

「いいじゃんいいじゃん! あたしこう見えて褒めてるんだよ、彼方のこと!」

「……褒められてる気がしない」

 しばらくその熱さに苦戦している彼方だったが、少し時間が経って冷めてくると彼方は黙々とラーメンをすすり始めた。

「熱いけど……おいしい」

 やっぱりおいしいことには変わりないらしい。

 この短い時間の中で、梨音はいろんな彼方を見てきた。そのいろんな彼方の表情を知れば知るほど、人として面白いと感じる。

 今では、ちょっと不思議なくらいだ。原因に心当たりがあるとはいえ、どうしてあんなに彼方をことを毛嫌いしていたのか。

 結局、2人は10分もかからないうちにラーメンを食べ終えてしまった。

「おいしかった」

「うん、ごちそうさまでした」

 ふー、と一息ついた。そこで、梨音の緊張の糸が完全にぷつりと切れた。

 5秒。

 10秒。

 20秒。

 どうしよう。

 何話そう。

 緊張の糸と一緒に話題が切れてしまったことに、梨音はようやく気づく。

 ここまでの梨音は、何かと話題作りに意識を向けて気を張っていたところがあった。しかも、クレーンゲームとかチゲラーメンとか、共有できる話題のきっかけもあった。

 しかし、いざその両方がなくなると話のネタがまるでなかった。いや、話のネタはあるはずだった。だけど、それをどう切り出していいのかがわからなかった。その間に、店員が空になった食器を下げていく。今の2人を象徴するかのように、ドリンクのグラスを残してテーブルの上には何もなくなった。

 苦し紛れに、水滴を着飾ったグラスに手を伸ばす。まだ冷たいウーロン茶。これを飲み干してドリンクバーに飲み物を取りに行こう。そこで体制を立て直そう。

 そう梨音は頭の中で作戦を練っていると、彼方はおもむろにポシェットを開けた。そこから出てきたのは、さっきゲットしたカシワニストラップ。それを手につまんだまま、じっと眺めている。それが、今の梨音と彼方を繋ぐきっかけになった。

「そんなに嬉しい? カシワニ獲れたの」

「すごく、嬉しい」

 満足そうに、口元を少し緩めて彼方は言った。梨音はふと、一昨日のことを思い出す。梨音のケースにぶら下がっていたカシワニに釘付けになっていた彼方。それから、その時に彼方が梨音に言ってくれた言葉も。

「一昨日の話だけど、彼方はあたしのこときっと好きになれる気がする、って言ってたじゃない?」

「うん」

「彼方がそう思ったきっかけの1つとしてカシワニがある、ってのはその後の会話の流れで何となくわかったんだけど、どうも自分の中で結びつかない、というかピンと来なくて……だからその根拠、詳しく聞かせて」

 カシワニを眺めていた彼方の視点が切り替わる。梨音をじっと見つめる。でも、その眼差しには血の通った温かさを感じた。

「私も、カシワニは好きだったし、かわいいキャラクターとか、好きで。だから、梨音もそういうの、好きなのかな、って」

「要するに、自分と趣味が合いそうだと」

「そういうこと」

 なるほど、そういうことか。梨音はシンプルに納得することができた。

「あたし好きだよ、こういうカシワニとか。カシワニに限らず、こういうゆるキャラとか、かわいいマスコットって結構好きなんだよね」

「じゃあ、私と一緒?」

「そうねー。でも正直、そう言う趣味については周りに隠してるし、彼方が羨ましいよ」

「どうして?」

「だってあたし、そういうの似合うガラじゃないもん。部長にも言われたことあるし。まあ蹴り飛ばしたけど!」

 梨音は軽く笑い飛ばしながら言う、ちょっとしたコンプレックス。でも今はもう慣れっこだから言える、自虐的ジョーク。

 だけどちょっとだけ、黒い自分が背骨の裏側あたりから首をもたげる。

「彼方だって、ぶっちゃけそう思うでしょ? あたしには似合わないって、変だって」

 きっとそれは、しばらく鳴りを潜めていた嫉妬心。言葉の端々に、ささくれのような棘が見え隠れ。だけど言った後で我に返った梨音は、それを心の奥底に押し込める。

「ごめん……なんか意地悪な質問だったよね」

 もしこのまま、本音をぶちまけていたらなんて言ったんだろう、自分は。奏介を返せ、とでも言ったんだろうか。いや、そもそもいつからあいつが自分のものになった? ああもう、わけわかんない。自分のことが、わからない。

「変じゃない」

 すると、沈んだ梨音の心を引き上げる言葉があった。

「似合わない、なんてことはない。梨音がかわいいもの好きなのは、とても素敵なこと」

 もし、今の言葉が彼方以外の誰かから言われたとしたら、それはただのお世辞だと受け取っただろう。

 でも、それを言ったのは彼方だ。あの空気が読めなくて、お世辞社交辞令リップサービスの類は全く使いこなせない彼方だ。だからこそ、響いた。

「私は、むしろ見てみたい。もっとかわいい梨音も、見てみたいなって、思う」

「ほ、本当に?」

「本当。こんなところで、嘘言わない」

 彼方の言葉で、梨音は肩のあたりが少し軽くなったような気がする。今なら何でもできそう。この喜びを、どう表現しよう。

「ねえ、彼方」

「ん?」

「キスしていい?」

「……………………へっ?」

 目を丸くした彼方の頬のあたりが、ポッと赤くなった。

「冗談だよ」

 すると彼方は口を尖らせ、拗ねた口振りで言った。

「梨音、いじわる」

「ははっ、でもあたしはそれくらい嬉しいってこと」

 やっぱり、何だかんだ言っても彼方のほうがかわいいと思う。わずかな変化でもいろいろな表情を見せるようになった彼方には、感情をくすぐられる。しかし、そこにもうさっきまでのような嫉妬心はない。それは、梨音の純粋な憧れ。

「ありがとうね、彼方」

 自然と、口をついて出た感謝の気持ち。だけど、彼方はそれをちゃんと聞き取れなかったようで。

「……うん?」

 今度はきょとんとした表情で首をかしげた。

「いいや、何でもないよ」

 梨音と彼方。2人は現在進行形で、化学反応を起こしている。

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