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しばらく青空と夏草の感触を堪能した3人は、起き上がると草原の奥へと進んだ。そこには、簡素だがしっかりとした作りのステージがある。白い外壁に三角の屋根。舞台は頑丈そうな石造り。
「ここは祭りとかのイベントでよく使われるステージなんすけど、普段は誰にも使われないでこんな感じっす。だから、暇があるときはここまで来てギターの練習してるんす」
海渡は案内しながら、軽やかな足取りでステージの上へ。普段から足を運んでいるせいか、ステージに立つ海渡の姿は不思議としっくりきていた。
「2人もステージに上がって大丈夫っすよ。別に誰も文句言う人いないんで」
「……お邪魔します」
彼方がまるで初めて訪問する家の玄関みたいにぎこちなく上がると、最後に奏介が続く。
上がって、振り返って見た草原は、もう一回り広く見えた。オーディションやミューサンのステージよりも、函館駅前の路上よりも、ずっと大きく感じた。
「オレ、夢があるんす」
「夢? 東京でミュージシャンになるって話?」
「さらにその先、ミュージシャンになった後の夢っす。ミュージシャンになって成功したら、オレ、ここで凱旋ライブをしたいっす!」
奏介は、凱旋ライブをする海渡の姿を想像する。そこにはきっと、海渡の雄姿を見届ける何百人もの観衆がいる。海渡の両親はもちろん、昔から応援していた地元の友人達がこぞって集まるに違いない。遠くから遠征に来るファンだっているだろう。
「もしその夢が叶ったら、奏介さんも彼方姐さんも招待しますよ! 場所はもちろん最前列の特等席で、どうっすか?」
「いや、それは丁重にお断りさせてもらう」
「どうしてっすか⁉︎」
奏介の躊躇ない断りに、海渡は目を丸くする。別に見たくないわけじゃない。でも、一観客として海渡の演奏を見るくらいなら。
「その時は俺が、バックで演奏するよ。そんなの1人より2人のほうが、絶対楽しいに決まってる」
その答えを聞いた海渡は、目をきらきらと輝かせ、満面の笑みで言葉にならない叫びを上げた。両手の拳を歓喜で突き上げる。その姿に、凱旋ライブを成功させる海渡の姿が重なった。決して遠くはないかもしれない、海渡の未来の姿だ。
「やりましょうそれ、絶対やりましょう! そんなの最高に楽しいじゃないっすか!」
「まだ道のりは遠いけど、やるときは絶対にそうしよう」
「待って」
と、盛り上がっていた2人に待ったをかけたのは、彼方だった。
もしかして、勝手に話を進めて盛り上がってしまったのがまずかっただろうか。
「その前に、私にギターを教えて」
彼方は言った。
「ギターができれば、私も海渡と一緒に演奏できるから」
今度は、海渡だけでなく奏介も一緒にきらきらとした笑みを見せた。
「だったら今日からでも始めよう彼方! あ、ギターは2つしかないのか……」
「大丈夫っす! うちに帰れば昔オレが使ってた初心者用のアコギが余ってるっす! まだチューニングすれば使えるはずだからそれ貸すんで全く問題ないっす! なんなら今から取りに戻るっす!」
「え、今から持って来んの?」
「全速力の10分で戻って来るんで大丈夫っす! 任せてくださいここはオレの庭っすから!」
そう言い残すと、ドヒュン! という効果音がつきそうな勢いでその場を立ち去る海渡。
「海渡って、何というか一直線だよな。これと決めたらぶつかるまで突っ走る、みたいな」
「でも、それがいい」
「わかる」
奏介も、彼方も、だんだん喜多見海渡というキャラクターがどういう人物かわかってきた。理解できたからこそ、彼に対する好感度が上がっている自分がいる。
海渡はこれからミュージシャンとして成功しても、このままの海渡でいてほしい。その真っ直ぐな心は忘れないでいてほしい。奏介はそう切に願った。
「どうする?」
手持ち無沙汰になりだした頃、彼方が唐突に訊いた。ギターがあり、ステージがあり、そこに2人は立っている。だったら、やることは1つしかないわけで。
「海渡には悪いけど、先に歌ってるか」
「賛成」
そして、2人の歌声はカモメ島の空へと高らかに響いた。