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島に近づくと、戦争の気配はぐっと薄れた。案内する海渡の声にも張りが戻っている。
「あそこにあるのが、幕末期に徳川幕府の軍艦として活躍した開陽丸のレプリカっす。中にも入れて、有料ですけど記念館としていろいろゆかりのある遺品が展示されてるっす。まあオレも学校の社会科見学ぐらいでしか入ったことないんすけどねー」
海渡の案内は、まるでさっきまでの分を取り返すかのように生き生きとしていた。
「あと、島の向かって右側の砂浜が『前浜』、左側が『えびす浜』って呼ばれてるんすけど、前浜側に今にも崩れそうなアンバランスな岩がありますよね? あれが『瓶子岩』って名前で乙江の漁師を守ってくれる存在として崇められてるっす」
「ほぉー」
「へー」
ガイドを聞く奏介と彼方は、すっかり観光客気分だった。さっきまでの重くなっていた気分も、徐々に軽くなる。
島内に入ると、中はそれなりに遊歩道が整っていた。舗装こそされていなかったものの、険しい斜面には盛り土の階段が、浅瀬には足場のしっかりした桟橋が整備されていて歩けない道ではない。初心者向けのハイキングコースといった具合の遊歩道。
家から歩き始めておよそ15分。気温も上がってきて、流石に汗がじんわりと滲んできた。隣の彼方にも、若干の疲れが見えてきた頃。
「もうちょっとで、島のてっぺんっす!」
やや傾斜の厳しくなった階段を上りながら、海渡が言った。
「これが最後の階段なんで!」
そして海渡に続いて階段を上りきる。ラスト1段を彼方と同時にぐっと踏みしめる。
その瞬間、ぶわっと気持ちいい海風が頬を撫でる。目の前が塗りつぶされた。少しだけ近くなった、広大な空の色に。生い茂る夏草が揺れる、生きた深緑の草原に。
「オレの好きな場所。ここが一番のとっておきっす」
北海道に来て、海渡に出会ってまだ2日。それなのにもう、ひと夏分以上の刺激と感動をもらっているような気がする。
この場所に来てよかった。この景色に出会えてよかった。
絶景に心を撃ち抜かれた奏介は、ギターケースを前に抱えた状態で草原に倒れこんだ。
「どうしたの?」
突然の行動に、隣で少し驚いた様子の彼方が訊いた。
「それ、気持ちいい?」
「すごく気持ちいい」
「じゃあ私も」
すると、彼方も奏介の隣に倒れこんだ。大きく息を吸って、吐いての深呼吸。彼方と一緒に、同じ空気を吸っている。
「気持ちいいだろ?」と奏介が訊く。
「すごく気持ちいい」と彼方が答える。
世界中が、これくらい優しくあればいいと思う。戦争したい独裁国家や宗教国家も、戦争を煽るマスコミやSNSも、すぐそこにある護衛艦も、全てこの青と緑で埋め尽くされてしまえばいいと思う。そうすれば、彼方はもっと自由になれるのだ。いつでもどこでも、誰にも邪魔されずに歌を愛することができるのだ。
「姐さーん、奏介さーん?」
少し先の離れたところから、海渡の声。奏介は右腕だけを起き上がらせて、ふらふらと手を振った。
「ここだよー」
「あ、2人とも寝転がってたんすね。いつの間にか2人とも見当たらなくてびっくりしましたよー」
上から覗き込む仕草の海渡が、奏介の視界に映った。
「でも、寝たくなる気持ちはすげーわかるっす。オレも何回かやってますもん。てなわけで、オレも隣にお邪魔してっと……」
海渡はその身をゆっくりと草原に投げ出すと、奏介と同じようにギターケースを抱えて寝転んだ。彼方、奏介、海渡の3人が並んで横になっている。ふわっと、活き活きとした夏草の香りが強くなった。
「最高っすよね?」と海渡が訊く。
「すごく最高」と奏介が答える。
その隣、彼方は何も言わず、どこまでも続く蒼穹に手をかざしていた。




