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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
1.桜の歌姫
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10

「あんた繊細な女子になんてことしてんのよ!」

「一番手っとり早い方法を選んだつもりなんだが、ダメだったか?」

「ダメに決まってんでしょ!」

「そうか……まあ次は気をつけよう!」

「もう次はねえ!」

 まずジェロムは梨音に説教された。梨音はもうカンカンだった。一方のジェロムは、潔いくらいの開き直りっぷりだった。

 そして、奏介はというとなし崩し的に弱っていた彼方の慰め役というポジションに落ち着いている。

「何なのあの人……」

「えーと、軽音部の部長で、生ける伝説」

「意味がわからない……」

 確かに意味不明かもしれないが、そう説明するのが一番単純明快なんだから仕方ない。

「とりあえず、何か飲む? と言ってもウーロン茶ぐらいしかないけど」

「それでいい」

 新入生歓迎用に買い置きしていたウーロン茶を初めて開封して、紙コップに注ぐ。それを出すと彼方はくぴくぴと飲んで、多少気持ちは落ち着いたようだった。

「とりあえず……うちの部長が、なんかごめん」

「それは、もういい」

 そうは言いながらも、彼方はつんつんしている。とはいえここまでの流れで緊張を解いてくれ、と言う方が無理な話だ。

「用件を話したら、すぐに帰して」

「それは遠野君次第だな!」

「っ!?」

 いきなり飛んできた部長の声に彼方は背筋をこわばらせた。完全に警戒されている。

「聞いたところによると、君は我々軽音部の音楽を遊び半分と評して見下していたようじゃないか。だから俺はその発言についての撤回を求めるべく、是非聴いてもらおうと思う」

「聴いてもらう……?」

「そんなの決まっているだろう? 俺達の音楽をだよ」

「は……?」

 口を開けたまま奏介の顔が固まった。そんなのこっちが聞いてない。

「え、ちょっと、それってあたしらがここで演奏するってこと!?」

「オフコース。相手に遊び半分ではないと認めさせるには、直接実力を見せつけるのが最善であり、最強だ」

 確かに。その理屈に反論の余地はない。

「別にいつも練習でやっていることだ、何も慌てることはあるまい。そのために俺が戻ってくるまで練習しておけ、と言ったわけだ」

「確かに言ってたけど! だけど演奏するってとこまで聞いてないし話が急過ぎます!」

「じゃあなんだ? お前はこのちびっ子にバカにされたままでいいのか?」

「ぐっ……」

「……ちびっ子?」

 梨音が黙ったと思ったら、今度は彼方が反応した。表情はそんなに変わらないが、どうやら『ちびっ子』というキーワードが気に入らなかったらしい。

「帰る。そもそも、私がここに残ってる理由はない」

「逃げるのか?」

 立ち上がりドアノブに触れたまま彼方が固まった。

「もしかして俺達軽音部に負けを認めるのか? 負けを認めたとみなしていいんだな?」

「意味不明。そんなの暴論」

「うむ、間違いない。確かに暴論だ」

 ジェロムはあっさりと認めた。相変わらずの堂々とした潔さ。

「だからこんな暴論、遠野君が認めたくないならそれはそれで大いに結構! だが、俺は勝手に思いこむだろうな。遠野君はこの時、自分の歌が俺達に負けると思って逃げたんだと。別に君をどうこうするつもりはない。ただ俺が『勝手に』思いこむ。それだけのことだ」

力技な理屈である。横で聞いていた梨音は半ば呆れたような表情で、「それ、うざいわー」と小さくつぶやいた。

 彼方は扉の前で動かない。背を向けていて表情が見えなくても、悔しそうなのは目に見えてわかった。そして、こうなったらおそらくジェロムの勝ちだ。

「……わかった。聴く」

「よし、決まりだな」

 彼方が振り返ったその瞬間、奏介は一瞬ジェロムが絵に描いたような悪役の笑みを見せたのを見逃さなかった。この策士め。

 しかし、こうなったからにはやることは一つだ。

「梨音、奏介、準備しろ。今からここはライブハウスだ」

 ジェロムの鶴の一声で、そこからスタンバイ完了するまでは早かった。最初は渋々と動いていた梨音も、準備しているうちに真剣そのものな目つきに変わっていった。完全にライブモードである。

 サウンドチェックで放たれた音が散発的に響く。ベースの重くずっしりと震える音。ドラムのシンバルから弾ける乾いた音。それから、奏介の白いレスポールから突き抜けて刺さるような鋭い音。

 そして、聴き手側の彼方はというと。

 ソファーを寄せて折り畳み式のテーブルを小さくして、場所を広く取った即席の観客スペース。その真ん中に置いたパイプ椅子にちょこんと座って、まるでオーディションライブの審査員のような目でじーっと3人の挙動を見つめていた。別に今からそんなに気合い入れてなくてもいいのに。

「部長、演る曲は何にします?」

「これでいこうと思う」

 奏介が訊くと、ジェロムはチラシの裏にマジックで書いたセットリストを奏介と梨音に見せた。全部で3曲。どれも自分達のライブでは定番のキラーチューンだった。

「別に異論はないけど、なんか意外かも」

 そう言ったのは梨音だった。

「部長なら、もっと意外性のあるチョイスをしてくるかと思った」

「初めて聴く人間に意外性を見せつけてどうするよ。最初は正攻法でやってみるに限る。こうみえて一応そこらへんまで考えてるんだぜ?」

「なるほど」

 確かに、その理屈は一理ある。

「で、わかってるとは思うがMCはなしでノンストップで3曲やりきる。スタートダッシュが肝心だ。隣りの音を聴きながら調和して、勢いを殺さずに走りきるぞ、いいな?」

「わかりました」

「了解!」

「オーケー、それでこそ我が軽音部よ。お前らを信じてる!」

 さっきとは違う、自信に溢れた笑顔を見せるジェロム。何だかんだで締めるところはきっちり締める。やはり彼がこの学校である種のカリスマ的存在であるのは、そういうリーダーとしての素養も認められてのことなんだと思う。

 それぞれのポジションに立つ。聴き手は一人。それでも胸を張って。届けたい音は、いつだって、誰だって、どこにいたって同じだ。ぴりっとした空気が流れる。この瞬間がたまらない。

 アイコンタクト。一瞬の静寂の後。ジェロムの頭上、スティックが交差する。カウントを刻む。

 1、2、3、4。

 爆発的なジェロムのドラムのビート。いきなり大きくうねる梨音のベースライン。その中心を突き抜けて交わる奏介のギターリフ。音の波に乗ってイントロからのスタートダッシュは完璧。3人がシンクロして1つになる感覚。そこに奏介の歌で言葉を乗せる。

 彼方に届くだろうか。

 届けばいいな。

 いや、違う。届けるんだ。

 いつものライブ並に、いや、もしかしたらそれ以上に熱のこもった歌声。

 その熱気が、部室で膨れ上がった空気に火をつける。

 かつて、偉大な芸術家は「芸術は爆発だ」と言った。

 だったら、音楽だって爆発だ。

 否、爆発という言葉すら生温い。現在進行形で起きているのは、ロックのビッグバンだ。

 そして、そこから生まれるのはライブハウスの熱狂。ジェロムの言った通り、今ここはまさしくライブハウスだった。

 だけど、それだけじゃまだ足りない。

 じっと見つめる、彼方の瞳の奥。闇のように深いその中心に、絶対に消えない火を灯してやるんだ。

 さあ聴け。

 これがロックだ。

 俺達の全身全霊の、音楽だ。

 そして、3人は彼方を連れて怒濤の15分間を駆け抜けた。

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